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魔女はお節介な生き物です

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「メリーエル……」

 ぽたぽたと前髪から紅茶を滴らせて、ユリウスが低く唸る。

「あ、あはは、だって驚いたんだもの」

 ユリウスの顔面に向かって紅茶を吹き出したメリーエルは、笑いながらポケットからハンカチを取り出してユリウスに手渡した。

 顔を拭きながら、ユリウスはやれやれと嘆息だ。

「でも……」

 メリーエルは改めて真剣な表情を浮かべているシュバリエに向きなおる。ちなみにメリーエルのすぐ隣では、アロウンが腹を抱えて笑っているが、これは綺麗に無視しておく。

 太っている女性が好きだとカミングアウトしてくれた第三王子に冗談を言っている様子は微塵もなく、本当に切羽詰まっているようなのだからメリーエルもどうしていいのかわからない。

(太った女の人が好きって……、だから惚れ薬って、意味不明)

 人の好みは人ぞれぞれだが、だからと言って惚れ薬を使って無理やりに結婚相手を好きになろうとすると言うのも――なんというか、強引すぎる。

 国同士の結婚なので政略的なものだろうが、そこまでしなくてはいけないものだろうか。

「その……、王子は、太っていない女性は愛せないって、そういうこと?」

 愛せなくとも、結婚して一緒にいることすら苦痛だと言うことだろうか。

 シュバリエは残った紅茶を飲み干すと、ゆっくり首を振った。

「愛せないというより――、愛せないかもしれないことが怖い」

「どういうこと?」

「マリアベル姫は、本当に優しい手紙をくれる姫なんだ。会ったことはないが、そんな姫を、できることなら好きになりたい。政略結婚とはいえ、互いに愛せない関係だとつらいだけだろう? でも、俺のこの極端な好みのせいで、もし彼女を愛せなかったら? 彼女も俺も、つらいだけだ」

「だから、確実に愛せるように惚れ薬がほしい、と?」

「そうだ」

 メリーエルは頭痛を覚えてこめかみをおさえた。

 王子は勘違いしているが、惚れ薬を飲んだからと言って、相手を愛せるようになるわけではない。一時的に感情がマヒするだけだ。結局薬が切れれば元通りで、相手を「愛せる」状態になるのではないのだ。

 それを伝えれば、シュバリエは神妙な顔で「わかっている」と答える。

(わかっているって、まさかこの人、永遠に惚れ薬を飲み続けるつもり? そこまでする?)

 そこまでしなければ不安なのならば、政略とはいえ結婚拒否はできないのだろうか。あまりにもかわいそうだ。

「惚れ薬を飲むよりも確実な方法があるじゃないか」

 それまでケタケタ笑っていたアロウンが口を開いた。

 メリーエルとシュバリエがアロウンに視線を向ける中、アロウンが何を言おうとしているのか気がついた様子のユリウスがため息をついて席を立つ。新しく紅茶を煎れなおしてくれるらしい。

 アロウンはにっこりと微笑んで、

「太った相手がいいなら、相手の女を太らせればいいだろう」

 と宣った。

 メリーエルは「ああ!」とぽんっと手を打ったが、ティーポットに湯を注ぎながら、ユリウスに「馬鹿か」と言われてしまう。

「そっちの方が迷惑だろう。相手の外見を自分の好みに合わせて変えようなんてどうかしている」

 ユリウスがもっともらしく言えば、

「そうか? 私はメリーエルと結婚した暁には、もう少し、こう、このあたりをふくよかに――」

「結婚しないわよ! ……胸を大きくしてくれると言うなら、大きくしてほしいけど」

 このあたり、と視線を向けられた胸元に、メリーエルがついついぼそりと本音を漏らすが、またしても「そう都合よくいくか馬鹿」とユリウスに突っ込まれてしょんぼりとうなだれた。

 シュバリエは微苦笑を浮かべた。

「そこの彼の言う通りだよ。俺の都合を押し付けるわけにはいかない」

「でも、だからってねぇ、惚れ薬は……」

「そこを何とか譲ってくれないか」

 メリーエルは眉を寄せて「うーん」と唸る。

 ろくなことにならないのは目に見えているので渡すわけにはいかないが、なかなか素直に引き下がってくれそうもない。

(さすがにあれは、改良しようがないのよね)

 クレームが出てすべての薬を回収した苦い過去があるメリーエルだが、改良したら売れるかもしれないと考えたことがないわけではなかった。

 しかし、いくら改良しようとも、薬の持続時間が調整できたくらいで、薬の効き自体はまったく変わらず、結局お蔵入りになったのだ。

 どうやってわかってもらおうかとメリーエルが悩んでいると、シュバリエが窓の外を見て、「今日のところはそろそろ帰らないと」と席を立った。

 離れたところに馬車を待たせているらしい。遅くなると探しに来られるだろうというので、メリーエルにとっても非常にまずい。

 また明日改めてくると言ったシュバリエは、まったく諦めていないようで、メリーエルは玄関で彼を見送りながら、さてどうしたものかと頭を悩ませた。
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