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王子様の憂鬱

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 ――惚れ薬はおいているか?

 男の発言から、約十八秒後。

 思いもよらなかった発言に沈黙したメリーエルは、ぱちぱちと目を瞬きながらようやく口を開いた。

「は?」

 メリーエルはまじまじと男の顔を見る。端正な顔立ちに加えて気品があり、背筋の伸びたすらりとした体つきに無駄な肉はない。

(……惚れ薬、何に使うの?)

 正直、惚れ薬を使わなくとも、世の中の女性が放っておかないだろう。ものすごくモテそうだ。

 男は、目深にかぶったフードの下のメリーエルの戸惑った気配を感じ取ったのだろうか、落胆したように肩を落とした。

「さすがにそんな都合のいいものはおいていないよな……」

「えっと……、まあ、そうね」

 惚れ薬自体が存在しないのではない。実際、メリーエルも過去に面白半分で作ったことがある。ただ、あの薬の効き目は異常すぎて、売りさばいた翌日には膨大なクレームが上がってきたため、すぐさま販売を中止して物置の奥におさめこんだ。

 しかし――

 がっかりしている男の顔を見て、メリーエルの好奇心がむくむくと首をあげる。

 いくらでもモテそうなこの男が振り向かせたい女とはいったい誰だろう。人妻だろうか、それともとんでもなく高貴な身分の女性だろうか、それとも――

(なんだか、危険な香りがして面白そう……)

 などどメリーエルが思っていることなど知らない男は、真剣な顔をしてメリーエルに頼み込んだ。

「薬を手に入れる方法はないだろうか? もしもないなら――、魔女、メリーエルの居場所を知らないか?」

「へっ?」

 突然自分の名前が出てきて、メリーエルはびっくりした。

「知らないか? つい数か月前に国から追放されたメリーエル・フォーンだ。彼女は実は魔女だという。本当に魔女なら、惚れ薬を作れるかもしれないだろう?」

 もちろん本当に魔女ですとも――、とはさすがに言わなかったが、メリーエルは大いに慌てた。せっかく人目につかないところでこそこそ店を開いているのに、メリーエルだとばれたら一巻の終わりだ。ここは何としても誤魔化して、この男をさっさと追い返した方がいい。

「メリーエルなんて知らないわ。残念ながら、惚れ薬を手に入れることもできない」

「そうか……」

「お役に立てなくて悪いわね」

 メリーエルがきっぱり告げると、男ははあ、とため息をついたあと、カウンター近くにおいていたメリーエルが山から拾ってきた壺を指さした。

「騒がせて悪かった。お詫びと言っては何だが、それをもらおう」

「……壺?」

 まさか買い手がつくと思わなかったガラクタに、メリーエルはパチパチと目を瞬く。

「ああ。いくらだ?」

「えっと……、じゃあ、このくらい?」

 メリーエルが指を五本立ててみると、男はわかったと頷いてポケットに手を突っ込み、カウンターの上に金をおく。その額を見て、メリーエルは息を呑んだ。

(え? 金貨五枚? うそでしょ!? 銅貨五枚のつもりで言ったのに……)

 ガラクタがとんでもない大金に化けて、メリーエルは茫然とする。

 男はメリーエルが茫然としている間に両手で抱えるほどの壺を軽々と片手で持ち上げると、邪魔をしたなと言って店を出て行った。

 残されたメリーエルは、カウンターの上の金貨と男が出て行った店の木戸を見比べて、ぽつりとつぶやいた。

「変な男……」
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