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王子様の憂鬱

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 暖炉の炎が赤々と燃える室内は、真冬だというのに少し暑すぎるほどだった。

 風呂上がりに裸の上にガウンだけをまとった彼は、小さな灯りだけを灯してベッドにもぐりこもうとして、思い直したように立ち上がると、窓際のライティングデスクの引き出しを開け、一枚の肖像画を取り出した。

 ぼんやりとした明かりが、彼の彫の深い横顔を照らし出す。

 短めの黒髪に、精悍な顔つき。背は高く、適度についた筋肉はしなやかだ。目元は母親に似てやや柔らかい。

 ロマリエ王国第三王子、シュバリエ。

 今年二十二歳になった彼は、一月後に隣国ルノディック国の姫との結婚が決まっていた。

 ルノディック国には世継ぎの王子はおらず、姫ばかりで、シュバリエはそのうちの第一王女と婚約している。

 もともと親交の深い二つの国は、ルノディック国の王に男児が生まれないとわかると、話し合いの末ロマリエ王国から王子を婿入りさせることにした。そして白羽の矢が立ったのは、文武ともに秀で、当時まだ婚約もしていなかったシュバリエだった。

 つまり――、このままルノディック王のもとに男児が生まれなければ、次期国王にはシュバリエが立つ。

 そう、これは、政治的な結婚だ。

「わかっているんだけどねぇ」

 シュバリエは肖像画を見つめて、ため息をつく。

 肖像画は、椅子に座るルノディックの第一王女の全身が描かれていた。

 まだ一度もあったことのない婚約者マリアベル姫は、肖像画の中で穏やかに微笑んでシュバリエを見つめている。

 ほっそりとした顎のライン。カモシカのような肢体。色の薄いブラウンの髪はまっすぐで、優しさの中に知性を兼ね備えた瞳は髪よりもほんの少しだけ濃い目の茶色。細い首に細い腰。袖から覗く腕も細く、風に飛ばされるのではないかと心配になるほど華奢。

 シュバリエは再びため息をついた。

 美しい姫だ。ほっそりとした体つきは男の庇護欲を駆り立てるだろう。肖像画は、実際よりも美しく描かれることが多いと聞くが、しかしながらかけ離れていることはない。

 つまり、マリアベル姫は間違いなく美しい姫だろうと想像できる。

 シュバリエのもとに贈られてきた肖像画は全部で十枚ほどあるが、どれも彼女の美しさが丁寧に描かれており、そのまま額縁に入れて飾ってもいいほどの出来だった。

 ――本当に美しい姫君で。殿下は幸せ者ですね。

 彼女の肖像画を目にしたことのあるものは、口をそろえて言う。

 そうかもしれない。美しい姫を娶り、将来は国王の座が用意されていて、何も知らないものが見れば、シュバリエはなかなかにないほどの幸運に恵まれた男だろう。

 しかし――

「……細い」

 シュバリエの口から、絶望に似た言葉が零れ落ちる。

 丸くない。太っていない。腰は折れそうで、つまめる肉すらなさそうだ。

 シュバリエは顔を覆った。

「細すぎる……!」

 パチパチと薪の爆ぜる音に交じって、押し殺したようなシュバリエの悲鳴が部屋の中に響き渡る。

 この絶望を、どうすればみんなにわかってもらえるのだろう。

 ふわふわと触り心地のいい二の腕、いつまでも指先でつつきたくなるような、マシュマロのような頬や顎。ぷにぷにと極上の腹回りに、抱きしめたときに重厚感のある体!

 彼女はそのどれも持っていない。

「ああ……」

 結婚式まであとひと月と迫ったシュバリエは絶望する。

 見目麗しく、知性豊かで武芸にも精通しており、今やだれもが羨望する第三王子シュバリエ。

 ――彼は、デブ専だった。
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