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魔女は根にもつ生き物です

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 王都にあるキャロット亭は、近衛隊の兵士たちが贔屓にしている飲み屋だった。

 近衛隊は王やその家族の身辺警護が主な仕事で、それゆえに城に寝泊まりする部屋が用意されている。

 キャロット亭は城からほど近い場所にあって、美味い酒と食事、何より給仕の女が美人ぞろいなので、自然と近衛隊の兵士が集まり、今ではすっかり彼らの憩いの場になっていたのだ。

「はーい、お待ちどうさま! 豚バラのピリ辛炒めと腸詰の燻製ね」

 丸い木のテーブルを囲んで酒を片手に盛り上がっている兵士たちの元へ、大きな皿を両手に抱えてよたよたと運んでいくのは、大きな丸い伊達眼鏡をかけ、長い黒髪を一つの三つ編みにして背に流した小柄な少女である。

 くりっと大きな目は角度によっては金色の光彩を放つ、まるでアベンチュリンのような不思議な緑色。小さな顔にややぷっくりとした艶々な唇をしたなかなか可愛らしい少女だが、残念なのはその小柄な体が、前か後かもわからないほどに、ぺったりとした体型であるということだ。

 しかし、小動物のようにちょこちょこと危なげに動き回る姿は、兵士たちのささくれ立った心を癒すらしい。

「お嬢ちゃん、新入りか? 名前は?」

「メリ……、メ、メリー! そう! わたしはメリーよ!」

 大皿をどんっとテーブルの真ん中においた少女は、やや顔を引きつらせながら答えた。

(――あんの、馬鹿。最初からなにやってるんだか……)

 少女の姿を遠目に見つつ、額をおさえてこっそりと嘆息するのは、目深に帽子をかぶった銀髪の男だ。

(ったく、いきなりバイトするなんて言ったと思えばこれだ……)

 大丈夫なのか――と心配でいてもたってもいられずに、少女のあとをこっそりとつけてきた銀髪の男は、ユリウスである。

 そう、さっきから今にも皿を落としそうな危なっかしさで給仕を続けている少女は、丸い黒ぶちメガネで変装した、メリーエルなのだ。

(ああっ、あんな持ち方をしたら酒がこぼれる……!)

 メリーエルを見やって、はらはらしながら、ユリウスはつい三日前のことを思い出していた。
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