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魔女は根にもつ生き物です

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 ――それは、一か月と三日前に遡る。

 メリーエル・フォーンは田舎にある古い邸の居間のソファで、母がおいて行った魔法書を読んでいた。

 メリーエルの母で、年齢不詳の大魔女カトレアは、メリーエルが十四歳のときに突然「旅に出たいわぁー」と言い出して、メリーエルの父アレクとともに旅に出たまま帰ってこない。

 メリーエルも、魔女である母がどれほど気まぐれな性格をしているかは嫌というほど理解しているので、これは飽きるまで戻ってこないなとあきらめていた。

 最初は淋しかったメリーエルも、両親が出て行って二年もたてば気にならなくなり、ましてや一年ほど前に知り合った龍族の第五王子ユリウスが自称保護者と言って押しかけてきてからは、淋しいと思うこともなくなった。

 片付け上手の父がいなくなって、邸の中が荒れ放題になったが、家事が大好きなユリウスのおかげで、邸の中も元通り――いや、それ以上に綺麗になったし、料理も洗濯も掃除も何もかもユリウスがしてくれるので、むしろ今の方が快適だ。

 今日もメリーエルはユリウスが作ったオムレツを朝食として食べたのち、こうしてのんびりと読書を楽しんでいる。

「ユリウスー、今日のおやつ、なぁにー?」

「プリン」

 居間の窓をせっせと乾拭きしながら、ユリウスが答える。

 ツヤツヤでまっすぐの銀髪を一つに束ね、エプロン姿で窓ふきをする龍族の王子は、あっという間に窓ガラスをピカピカに磨き上げると、次は床掃除をはじめるようだ。

(変な龍よねー)

 片付けるよりも散らかすことの方が得意なメリーエルは、常々そう思うのだが、下手なことを言って逆鱗に触れると、長々と説教を食らう羽目になるのはわかっているので何も言わない。

 ユリウスが掃除を終え、プリンがテーブルの上におかれるまで、メリーエルはおとなしく読書タイムだ。

 先月、貧乳の悩みを解決するべく、胸を大きくする薬の開発に成功したが、結局飲んで三日で効力がきれるという残念な結果に終わってしまった。開発した薬はいい儲けになったので不満はないが、せめて三か月は効果が持続するものはできないものか――、と思って母が残した本をあさっているのだけれど、今のところ何のヒントも得られていない。

「メリーエル」

「んー?」

 もうおやつの時間かとメリーエルが本から顔をあげると、ユリウスが何やら難しい顔をして窓の外を見ていた。

「どうかしたの?」

 ユリウスは手に持っていた雑巾を魔法で消し去ると、難しい顔をしたまま答える。

「誰か来た。俺は消える」

「は? 誰かって――」

 ユリウスはメリーエル以外の人間の前に姿を見せたがらない。メリーエルが言い終わる前に、ユリウスは突然目の前から文字通り消えていなくなってしまい、あとに残されたメリーエルは茫然とした。

「……だから、誰よ?」

 誰もいない空間に思わず突っ込んでから、本を閉じると、面倒くさいわねぇと言いながらソファから立ち上がる。

 メリーエルの住む田舎の邸に客が来ることは、滅多にない。数にすれば年に数回というほどで、父が母とともに出て行ってからは、それこそ誰も来ていなかった。

 近所の人たちは、メリーエルのことを邸に引きこもってばかりの変わった子と思っているようで、近所づきあいもほぼなかった。父だけはぽやーんとしていて愛想がいいので、近所のおばちゃんたちに大人気だったが、父に会いに邸に来るとボンキュッボンなナイスバディの、露出の多いスリップドレスを着た女が気だるそうに出てくるので――母だ――、おばちゃんたちは邸には近寄らなかったし。

 そのため、「アレクさんはとってもいい人だけど、奥さんと娘はなんかヤバい」とみんなに言われていることをメリーエルは知っている。

 そんなメリーエルであるから、誰が何の用事でやってくるのか、不思議で仕方がなかった。

 メリーエルは玄関に向かうと、そろそろ来るころだろうかと扉を開けて外の様子をうかがう。

 すると、むきむきと筋肉質な体の大柄な男たちが数名、馬車を降りてこちらへやってくるのが見えた。

(んん? 誰よ?)

 メリーエルにあんな筋肉がムキムキしている暑苦しい友人はいない。というか、友人と言える人は誰もいない。

 父の知り合いか――と考えてみたが、たぶんきっと違う。そう思ったが、メリーエルは一応、こちらに向かってくる男たちに訊ねてみた。

「あのぅ、何か用事ですか? 父は外出していて、きっとしばらく戻ってこないと思いますけど?」

 すると男たちは、厳めしい顔つきをメリーエルに向けた。

「メリーエル・フォーンだな」

「そうですけど?」

 男は手に持っていた紙をメリーエルの目の前に突きつけた。

「メリーエル・フォーン。お前が魔女だという報告があった。国外追放にせよという王のご命令だ。――捕えよ!」

「はあー?」

 一番偉そうな男の号令で、ほかの男たちがわっとメリーエルに掴みかかる。

「ちょっ、暑苦しい! 離しなさい! どこさわってんのよっ」

「こらっ、おとなしくしろ! うわっ、ひっかくな!」

 筋肉自慢の男たちに掴みかかられたメリーエルは、悲鳴を上げて男の顔に爪を立てた。

「おとなしくできるかっての! いきなりきてふざけんじゃないわよ!」

 メリーエルは咄嗟にワンピースのポケットから小瓶を取り出すと、男たちの顔に向かった中の液体を浴びせかける。

「わああああっ」

「なんだこれ!」

「おいっ、お前の顔が緑になってるぞ!」

「そう言うお前も緑だ! つか、かゆっ!」

 緑だ、体が痒いと大慌てをはじめた男たちを見て、メリーエルはケタケタと笑い転げる。

「あははははは! 見たか! 最新のいたずら魔法薬、『痒い痒い薬!』。薬がかかると肌が緑色になるのがちょっと難点」

「この魔女がーっ」

 メリーエルの大笑いと男の「痒いーっ」という悲鳴が響き渡る。

 ――自分で自分を魔女だと肯定してしまったも同然だとメリーエルが気がついたのは、それからしばらく経ってのことだった。
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