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復讐しないと魔女の名折れ?
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こぽこぽこぽ――
目の前の大鍋から、何やら軽やかな音が聞こえてくる。
しかし、その中身は決して軽やかなんてものではなく――、毒々しい紫色をした液体が沸点に達し、こぽこぽという音は、液体が沸騰している音のようだ。
その鍋を大きな木べらでかき混ぜながら、あるページを開いたまま宙にふよふよと浮いている本を見やっては、一人の少女は「うーん?」と首を傾げていた。
緩く波打つ黒髪に、緑色の瞳は角度によっては金色の光彩を放つ神秘的なもの。くるぶしまである真っ黒いワンピースを着こみ、難しい顔で大鍋と本を見比べているのは、メリーエル・フォーン、十六歳。
魔女が禁忌であるロマリエ王国で育ち、つい先月に魔女であることがバレて、この、国境付近の深い樹海にぽいっと捨てられ――もとい、追放された、魔女である。
「マンドラゴラがたりないのかなぁ? それとも、紫キャベツもどき? ねぇユリウス、どう思う―?」
「知るか」
読んでいた本から顔をあげ、あきれた表情を浮かべるのは、背中まで届くほどの銀髪に、銀色の目をした、見たものすべてを凍り付かせそうなほどの美しい、背の高い青年だった。
彼の名はユリウスといい、去年から自称メリーエルの保護者を名乗り、彼女に付きまとつている風変りな人物――いや、龍である。
普段はこうして二十歳前後の青年の姿を取っているが、本当の姿は銀色のうろこが美しい、齢百五十年を超えた誇り高き龍族の第五王子である。
去年、メリーエルは魔法薬の材料である「龍の髭」という植物を手に入れるため、常人では入口すらわからないという龍の国ラナドーンへ向かった。
無事、ラナドーンの入口を発見し、ラナドーンへ入ったはいいが、入ったところは右も左もわからない山の奥深く。
不安に思わないでもなかったが、目的である「龍の髭」はどうしてもほしい。幸いなことに、「龍の髭」は深い山の半日蔭に生えていることが多いと聞く。山の中を探していれば、案外あっさり見つかるのではないか――と安易に足を進めていたメリーエルは、うっかり突然現れた沼地に足を取られてしまった。
ずぶすぶと体が沈んでいくのに慌てながら、何とか沼から抜け出そうとあがいているときに、たまたま散歩中だったユリウスに助けられたのである。
以来、なぜかユリウスに「危なっかしすぎて放っておけない」と言われて、両親ともに旅に出たまま帰らないとうっかり教えてしまったがために、彼に保護者として付きまとわれるようになった。
口うるさいユリウスはたまに鬱陶しいが、まあ、とっても強くて便利な使い魔を手に入れたと思うことにして、メリーエルは彼の好きにさせていたのだ。
ユリウスのおかげでいろいろと助かったことも、もはや両手の指では数えられないほどで――結果オーライというやつである。
実際、国境付近の樹海にポイ捨てされたときも、あとから追ってきたユリウスによって、なぜか樹海の中に大きな邸が立てられ――魔法で一瞬だった――、大好きな魔法役の研究も思う存分続けられて、なんだかんだと悠々自適に過ごせている。
そして、何よりメリーエルによってラッキーだったのは、この龍の王子の趣味が、掃除洗濯料理という、なんとも女子力の高いものだったことだ。
自慢ではないが、メリーエルは掃除も洗濯も料理だって不得手である。
むしろ歩く端から散らかるので、両親が旅に出てユリウスと出会うまでの間、ゴミだめのような中で、パンだけをかじって生活していた。
それが、ユリウスと出会ってから、部屋はきれいだし、毎日洗濯された気持ちのいい服が着られるし、そしてなにより、ご飯が美味しい!
(考えてみれば、いい拾い物をしたわよね)
まるで捨てられていた犬を拾って飼ったところ、たいそうな忠犬になったくらいのお得感だ。いや――、ユリウスは忠犬ではないから、番犬くらいにしておくか? メリーエルはどうでもいいことで考え込み、動かしていた木べらをおく。
(でも、番犬よりはもう少し便利よね。うーん、なにかしら?)
「おい」
(でもいちいち口うるさいのよね。小姑みたい。犬も吠えるからやっぱり犬みたいなもんかしら?)
「おい!」
(でも犬に料理なんてできないものねー。昨日のムニエルは美味しかったわ)
「メリーエル!」
「うきゃい!」
耳元で怒鳴られて、メリーエルは飛び上がった。
その拍子にふよふよと浮いていた本がばさっと床に落ちる。
自慢ではないが、魔女メリーエルは、魔法薬を作ること以外の魔女としての能力――つまり、魔力は、からきしだ。
火の玉一つ産むだけで疲れてしまう。箒に乗って飛ぶなんて絶対無理。むしろ清々しいくらいのダメダメっぷりだ。
しかし、神様も無慈悲ではない。
魔力が少なすぎるという魔女としての欠陥が気にならないほど――と、メリーエルは思っている――、メリーエルは魔法薬を作ることにかけては天才的だった。
今も新しい魔法薬を試している最中だ。
「焦げてるぞ」
「え?」
メリーエルはハッと大鍋の中を見やり、さーっと顔を青くした。
「ま、まずい!」
「あ?」
「ばぁーくぅーはぁーつぅーするぅ―――ッ!」
「ああー?」
メリーエルが急いで大鍋から離れた瞬間――
ボオォォン!
大きな音をあげながら、大鍋が火を噴いた。
目の前の大鍋から、何やら軽やかな音が聞こえてくる。
しかし、その中身は決して軽やかなんてものではなく――、毒々しい紫色をした液体が沸点に達し、こぽこぽという音は、液体が沸騰している音のようだ。
その鍋を大きな木べらでかき混ぜながら、あるページを開いたまま宙にふよふよと浮いている本を見やっては、一人の少女は「うーん?」と首を傾げていた。
緩く波打つ黒髪に、緑色の瞳は角度によっては金色の光彩を放つ神秘的なもの。くるぶしまである真っ黒いワンピースを着こみ、難しい顔で大鍋と本を見比べているのは、メリーエル・フォーン、十六歳。
魔女が禁忌であるロマリエ王国で育ち、つい先月に魔女であることがバレて、この、国境付近の深い樹海にぽいっと捨てられ――もとい、追放された、魔女である。
「マンドラゴラがたりないのかなぁ? それとも、紫キャベツもどき? ねぇユリウス、どう思う―?」
「知るか」
読んでいた本から顔をあげ、あきれた表情を浮かべるのは、背中まで届くほどの銀髪に、銀色の目をした、見たものすべてを凍り付かせそうなほどの美しい、背の高い青年だった。
彼の名はユリウスといい、去年から自称メリーエルの保護者を名乗り、彼女に付きまとつている風変りな人物――いや、龍である。
普段はこうして二十歳前後の青年の姿を取っているが、本当の姿は銀色のうろこが美しい、齢百五十年を超えた誇り高き龍族の第五王子である。
去年、メリーエルは魔法薬の材料である「龍の髭」という植物を手に入れるため、常人では入口すらわからないという龍の国ラナドーンへ向かった。
無事、ラナドーンの入口を発見し、ラナドーンへ入ったはいいが、入ったところは右も左もわからない山の奥深く。
不安に思わないでもなかったが、目的である「龍の髭」はどうしてもほしい。幸いなことに、「龍の髭」は深い山の半日蔭に生えていることが多いと聞く。山の中を探していれば、案外あっさり見つかるのではないか――と安易に足を進めていたメリーエルは、うっかり突然現れた沼地に足を取られてしまった。
ずぶすぶと体が沈んでいくのに慌てながら、何とか沼から抜け出そうとあがいているときに、たまたま散歩中だったユリウスに助けられたのである。
以来、なぜかユリウスに「危なっかしすぎて放っておけない」と言われて、両親ともに旅に出たまま帰らないとうっかり教えてしまったがために、彼に保護者として付きまとわれるようになった。
口うるさいユリウスはたまに鬱陶しいが、まあ、とっても強くて便利な使い魔を手に入れたと思うことにして、メリーエルは彼の好きにさせていたのだ。
ユリウスのおかげでいろいろと助かったことも、もはや両手の指では数えられないほどで――結果オーライというやつである。
実際、国境付近の樹海にポイ捨てされたときも、あとから追ってきたユリウスによって、なぜか樹海の中に大きな邸が立てられ――魔法で一瞬だった――、大好きな魔法役の研究も思う存分続けられて、なんだかんだと悠々自適に過ごせている。
そして、何よりメリーエルによってラッキーだったのは、この龍の王子の趣味が、掃除洗濯料理という、なんとも女子力の高いものだったことだ。
自慢ではないが、メリーエルは掃除も洗濯も料理だって不得手である。
むしろ歩く端から散らかるので、両親が旅に出てユリウスと出会うまでの間、ゴミだめのような中で、パンだけをかじって生活していた。
それが、ユリウスと出会ってから、部屋はきれいだし、毎日洗濯された気持ちのいい服が着られるし、そしてなにより、ご飯が美味しい!
(考えてみれば、いい拾い物をしたわよね)
まるで捨てられていた犬を拾って飼ったところ、たいそうな忠犬になったくらいのお得感だ。いや――、ユリウスは忠犬ではないから、番犬くらいにしておくか? メリーエルはどうでもいいことで考え込み、動かしていた木べらをおく。
(でも、番犬よりはもう少し便利よね。うーん、なにかしら?)
「おい」
(でもいちいち口うるさいのよね。小姑みたい。犬も吠えるからやっぱり犬みたいなもんかしら?)
「おい!」
(でも犬に料理なんてできないものねー。昨日のムニエルは美味しかったわ)
「メリーエル!」
「うきゃい!」
耳元で怒鳴られて、メリーエルは飛び上がった。
その拍子にふよふよと浮いていた本がばさっと床に落ちる。
自慢ではないが、魔女メリーエルは、魔法薬を作ること以外の魔女としての能力――つまり、魔力は、からきしだ。
火の玉一つ産むだけで疲れてしまう。箒に乗って飛ぶなんて絶対無理。むしろ清々しいくらいのダメダメっぷりだ。
しかし、神様も無慈悲ではない。
魔力が少なすぎるという魔女としての欠陥が気にならないほど――と、メリーエルは思っている――、メリーエルは魔法薬を作ることにかけては天才的だった。
今も新しい魔法薬を試している最中だ。
「焦げてるぞ」
「え?」
メリーエルはハッと大鍋の中を見やり、さーっと顔を青くした。
「ま、まずい!」
「あ?」
「ばぁーくぅーはぁーつぅーするぅ―――ッ!」
「ああー?」
メリーエルが急いで大鍋から離れた瞬間――
ボオォォン!
大きな音をあげながら、大鍋が火を噴いた。
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