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エピローグ

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 季節は巡って、春――

「エマ、本当によかったの? 今からでも間に合うよ?」

 馬車に荷物を詰め込んでいると、玄関からユーインが姿を見せた。
 ここはアンヴィル国の王都にあるファルコナー公爵家だ。
 王太子ハミルトンに招かれて城を訪れたエマは、そのままハミルトンの命の恩人として城に滞在することを強く勧められたが、さすがに城での生活は委縮してしまってユーインに泣きついた。
 すると、城よりはまだましだろうからと、ユーインの実家であるファルコナー公爵家に部屋が用意されたのだ。

 エマとしては城も公爵家もどちらも緊張することこの上なかったが、ユーインがいると言うだけでファルコナー公爵家は幾分かましだった。公爵夫妻もユーインの二人の兄たちも親切で、緊張はしたが居心地はよかったと思う。
 そして、肌を刺すような寒さが薄らぎ、春の訪れが感じられるようになった今日、エマはお世話になった公爵家を旅立つことに決めたのだ。
 旅に出ると言うと、公爵夫妻はもとよりハミルトンも止めたが、エマは永遠にここに厄介になるつもりはなかった。さすがにそれは気が引けるし、ロイと、いろんなところを見に行く約束をしたからだ。

 ちなみにこの馬車は、エマの決心が固いと知ったハミルトンが、せめてこのくらいはと言ってくれたものだ。いずれお金をためて馬車を買いたかったエマは、彼の好意をありがたく頂戴することにした。
 馬車のアーチ状になった屋根の上には、馬の食事になる干し草も積んで固定してある。

(馬車があるだけで、旅がとっても楽になるわ)

 宿がない時でも馬車の中で寝起きできるし、何より歩かなくていいのでとても楽だ。
 目的地を置かない旅なので急ぐ必要はどこにもなく、馬車でゆっくりと気が向いた場所に出かけてはあちこちを見て回るつもりである。

「もちろんよ」

 エマは笑って答えた。ユーインのこの質問も、もう何度目だろう。
 ユーインは今からでも遅くないから、ブラットフォード伯爵家を相続する手続きをしたらどうかと言っているのだ。嫌なことはあったけれど、でも大切な思い出の場所だろう、と。
 しかし、人目を避けてずっと邸に閉じこもり、ろくに社交もせずに生きてきたエマが伯爵家を相続できるはずがない。その力がないことはエマも重々承知していた。いずれ能力の高い婿を取って伯爵家を継ぐことは、両親が生きていたころは一応視野には入れていたが、今はもうそんなことは考えていない。
 思い出の場所であると同時に、やっぱりあの場にいたら、嫌なことも思い出してしまうだろうから。
 エマは荷物を積み終わると、「それよりも……」と言いながらユーインを振り返った。

「あなたの方こそ、本当によかったの? あなたはこの国にいないといけない人でしょう?」

 ユーインは公爵家の三男で王太子の友人。ハミルトンが王位についたときには彼を補佐する立場になるはずだ。それなのに――

(わたしの旅についてくるなんて……)

 エマが旅に出ると聞いたとき、ユーインは一緒に行くと言い出したのだ。
 そんなことが許される立場ではないと思ったのに、ユーインの両親も、そしてハミルトンも、ユーインがエマとともに旅に出ることをあっさり認めてしまった。
 唖然としたエマに、ユーインは笑って「一応名目もあるよ」と言い出した。なんでも、将来ハミルトンを支える立場の者として、見聞を広めてくるように、というお達しが、ハミルトン本人から下ったのだと言う。
 こじつけだとエマは思ったが、正直言って、ユーインが一緒にいてくれるのは嬉しい。
 だから口ではあきれたと言いつつも、内心では喜んでいたので、本気で拒否したりはしなかった。
 エマが荷物を詰み終わったのを見て、ユーインが自分の荷物を詰めながら答えた。

「もちろんだよ。女の子の一人旅は危ないし――」
「一人じゃねーよ!」
「僕たちを忘れないで!」

 すかさず馬車の屋根で遊んでいたアーサーとロイが下を覗き込んで文句を垂れた。
 ユーインは馬車の屋根を見上げて苦笑し「そうだったね」と答える。

「はいはい、あんたたち話の邪魔をすんじゃないよ」

 ポリーがそう言ってアーサーとロイをなだめた。
 ユーインがこほんと一つ咳ばらいをして続ける。

「ええっと、だからね……、俺はもう、君と離れ離れになりたくないんだ」
「え? ……な、何を言い出すの急に!」

 目を丸くしたエマは、ユーインの言葉を理解するとみるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
 離れたくないなんて、それではまるで、まるで――

「へ、変なことを言うと、勘違いするでしょ! もう、ユーインは言葉を選ばなくちゃだめよ!」
「勘違いしたっていいよ。勘違いじゃないからね」

 ユーインは少ない荷物を詰め終わると、振り返ってまっすぐにエマを見つめた。

「エマ。俺は君のことが好きだよ」
「――――!」

 ぼんっと頭が沸騰して湯気が出そうだった。
 酸欠の魚よろしく口をパクパクさせていると、ユーインがそっとエマの手を握る。

「そういうことだから、これからよろしくね、エマ」
「~~~~~~~~~~~~っ」

 エマは真っ赤になったまま硬直してしまったのに、ユーインは楽しそうだ。
 そんな二人、アーサーとロイ、ポリーが馬車の屋根の上から見下ろした。

「告白ならもっとロマンチックにすればいいのによ」
「まあ、これも青春さね」
「真っ赤になっちゃって、エマ、可愛い」

 くすくすくすくすと妖精たちの笑い声が青空の下で響き渡る。



 ――エマのにぎやかな旅が、今、はじまろうとしていた。



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