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エイミーが逃げる理由 4
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「で、お前は俺に嫌われていると思って、それから俺を巻き込みたくなくて別れることを決意した、と。そう言うことなんだな?」
しばらく抱きしめあった後で、エイミーはライオネルとベッドに並んで座って、別れを切り出すに至った経緯を説明していた。
エイミーの手はライオネルに握られている。まるで、手を放せば逃亡するのではないかと警戒されているようにエイミーには思えた。
(もう逃げないのに……)
ライオネルと婚約した五歳の時から、エイミーは彼と両想いになりたかった。ライオネルに好きになってほしかった。その願いが叶って、今はちょっとふわふわした落ち着かない気分になっているが、逃げるはずはない。だって、両思いなのだ。
(頭の上からいろいろ落っこちてくる問題はあるけど……でも、せっかく振り向いてもらえたのに、逃げたくないし……)
ライオネルを巻き込んでしまったらどうしようという思いは、もちろんまだある。
でも、両想いになれたのだから、今後どうするにしても、逃げ出した理由をきちんと説明してから考えてもいい気がした。
「どうして俺を巻き込むと思ったんだ?」
「シンシアがそう言ったんです。わたしもそうかもしれないと思いました。犯人の目的はよくわからないけど、わたしが狙われる理由で一番可能性がありそうなのは、わたしが殿下の婚約者だからです。わたし個人に向けられた恨みなのか、それとも、王継承問題の関連でわたしが狙われたのか判断がつきませんでしたけど、わたしが殿下に張り付いていたら殿下にも矛先が向く可能性もゼロではなかったので……」
「シンシア・モリーンか……」
ライオネルは考えるように顎に手を当てて、それから立ち上がると、ウォルターが使っている机の引き出しから紙の束を持って戻って来た。
「実は、お前が嫌がらせを受けていることについてはウォルターに頼んで調べさせていた。これが調査書だ。ええっと、そう、これだ。これは、お前が狙われた場所、日時、頭上から何が降って来たのか、その時の状況、天気に至るまでを細かい表にしたものだが……、お前めがけてものが降ってきたときに、高確率でシンシア・モリーンがそばにいる」
「そうですね。シンシアとはよく一緒にいますから。でもシンシアは犯人じゃないですよ」
ライオネルの言いたいことを先読みして答えると、ライオネルが怪訝そうな顔になった。
「何故断言できる?」
「何故と言われても……。ええっと、わたしは殿下と婚約してから十一年間妃教育を受けています。王太子妃……ひいては王妃になるものとして、不審な人物や自分に敵意のある人物には敏感になるように教育を受けているんです。だからある程度、自分に害意のある人間はわかりますし、安全だと確信できない人とはあまり近しい関係にならないようにしています」
エイミーは親しい友人が少ないが、その背景には、幼いころから受けてきた妃教育があった。信頼を置けるもの、付き合っても問題にならないもの、のちにち敵に回らないもの――エイミーは、相手の家柄、思想、性格、人間関係、すべて調べて問題なしとした相手以外、自分の懐には入れないことにしている。その点で、シンシアはすべて合格しているのだ。そして何よりエイミー自身もシンシアを好ましいと思っている。
ライオネルは驚いたようにぱちぱちと目をしばたたいた。
「お前……意外と考えていたんだな」
「わたしはいつも考えてますー」
ぷうっと頬を膨らませると、ライオネルが面白そうな顔で頬をつついてきた。
「それで、お前の判断ではシンシア・モリーンはシロだと?」
「はい」
「断言できるか?」
「できます。証拠になるかどうかはわかりませんが……、ものが降ってきたとき、周囲に犯人らしい人の気配はありませんでした。だからおそらく時間になって発動する類の魔術か、もしくは対象者が特定の場所に入ると発動する魔術が事前に仕掛けられているのだと思うんですけど、シンシアはその両方とも使えません。……というか、シンシアはその、勘はいいんですけど、スポーツ以外のお勉強が本当にダメで、魔術も……初級結界魔術に苦戦しているくらいなんです」
「はあ⁉ それでよくこの学園の入試がパスできたな⁉」
「補欠入学らしいですよ。運がよかったって笑ってました」
「…………伯爵令嬢だぞ?」
「殿下、いくら優れた家庭教師がついても、苦手なものが克服できない人は大勢いるんですよ」
「なるほど……お前の音痴と同じか」
「わたしは音痴じゃありません!」
何故ライオネルはエイミーを「音痴」というのだろう。音痴じゃないのに!
ライオネルは腕を組むと、「ふむ」と頷いてから言った。
「そこまでわかっていて、どうしてお前は犯人捜しをしなかったんだ?」
「え? それは、今のところわたし以外に実害がなかったのでまだいいかなって」
ライオネルが巻き込まれたら別だが、エイミーが離れればライオネルまで巻き込まれないかもしれないと思っていたし、もし巻き込まれそうな気配が出てきた段階で対策を取ればいいと思っていた。
一応すぐに動けるように密かに情報収集はしていたが、大々的に動くと犯人を刺激してしまうかと思い、個人で動ける範囲内での捜査のみなので、犯人を特定するまでには至っていない。
(というか、個人か団体か……それもまだはっきりしていないから、不用意に先生たち聞き込みもできないし)
シンシアが先生たちに報告に行ったときも、ちょっとまずいとは思ったが、言ってしまったから仕方がないとあきらめ、その後の教師たちの動きも一応見張ってはいた。犯人が教師たちの中にいないとも限らなかったからだ。教師とはいえ、貴族だからである。目的が王位継承に関する何かなら、貴族である教師も疑ってかかるべきだからだ。どこでどうつながっているかわからないからである。
「調べられる範囲にはなりますが、わたしやお父様に敵対する派閥、それから王位継承問題で敵対もしくは敵対しそうな派閥、それから直近で何かしらの罪を犯して処罰された貴族の逆恨みなど、このあたりについてはリスト化して、いつでも動けるようにはしてあるんですが……」
何もしなかったわけじゃないよと言い訳すると、ライオネルはがしがしと頭をかいた。
「情報収集だけで自分の身の安全を確保していなかったのなら何もしていないのと同じだ! 大怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」
「た、たぶん大丈夫かなって……」
「たぶん⁉」
これ以上言えば怒り出しそうなので言わないが、エイミーが犯人捜しを急がなかったのはもう一つ理由がある。
エイミーが何もしないと油断させておいた方が、犯人が団体だった場合、捕まえるのに有利になるからだ。トカゲのしっぽ切りのように末端を切られて大元に逃げられては、いずれ方法を変えてまた狙ってくるだろう。ゆえに大元まで捕まえるために、相手を油断させておきたいという気持ちもあったのだ。
(わたしが何もせず、でも相手にとって望んだ結果が得られなかったら、そのうち行動がエスカレートすると思ったし……)
焦れば絶対にぼろを出す。エイミーはそう踏んでいたのである。
ライオネルはエイミーのもう一つのたくらみに気づいたのかいないのか、やれやれと肩をすくめると、エイミーから調査資料を受け取って中を確認しながら言った。
「とにかく、この件はこのままにはしておけない。早急に手を打つ必要がある」
「手を打つにしても、犯人が複数人いた場合、一人を捕まえたら他の人に逃げられちゃいますよ?」
「……なるほどお前は、だから犯人を泳がせていたわけか」
「あ……」
しまった、余計なことを言い過ぎたと、エイミーは自分の口を押えたがもう遅い。
ライオネルはエイミーの両方のほっぺたをつまむと、むにーっと左右に引っ張った。
「ひひゃい!」
「このバカ! 何故相談しない! 一人で突っ走りすぎだ‼」
「ごめんにゃひゃい……」
ライオネルはエイミーの頬から手を放して、紙を丸めてポンポンと肩を叩きながら天井を仰いだ。
「まあいい、個人か複数かは知らんが、だったらこっちも罠を張っておけばいいだけの話だ」
エイミーはライオネルに引っ張られた頬を撫でながら、きょとんと首を横に振った。
「どうするつもりですか?」
ライオネルはニッと笑うと、内緒話をするように声を落とし、エイミーの耳元に何事かを囁いた。
しばらく抱きしめあった後で、エイミーはライオネルとベッドに並んで座って、別れを切り出すに至った経緯を説明していた。
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(もう逃げないのに……)
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ライオネルを巻き込んでしまったらどうしようという思いは、もちろんまだある。
でも、両想いになれたのだから、今後どうするにしても、逃げ出した理由をきちんと説明してから考えてもいい気がした。
「どうして俺を巻き込むと思ったんだ?」
「シンシアがそう言ったんです。わたしもそうかもしれないと思いました。犯人の目的はよくわからないけど、わたしが狙われる理由で一番可能性がありそうなのは、わたしが殿下の婚約者だからです。わたし個人に向けられた恨みなのか、それとも、王継承問題の関連でわたしが狙われたのか判断がつきませんでしたけど、わたしが殿下に張り付いていたら殿下にも矛先が向く可能性もゼロではなかったので……」
「シンシア・モリーンか……」
ライオネルは考えるように顎に手を当てて、それから立ち上がると、ウォルターが使っている机の引き出しから紙の束を持って戻って来た。
「実は、お前が嫌がらせを受けていることについてはウォルターに頼んで調べさせていた。これが調査書だ。ええっと、そう、これだ。これは、お前が狙われた場所、日時、頭上から何が降って来たのか、その時の状況、天気に至るまでを細かい表にしたものだが……、お前めがけてものが降ってきたときに、高確率でシンシア・モリーンがそばにいる」
「そうですね。シンシアとはよく一緒にいますから。でもシンシアは犯人じゃないですよ」
ライオネルの言いたいことを先読みして答えると、ライオネルが怪訝そうな顔になった。
「何故断言できる?」
「何故と言われても……。ええっと、わたしは殿下と婚約してから十一年間妃教育を受けています。王太子妃……ひいては王妃になるものとして、不審な人物や自分に敵意のある人物には敏感になるように教育を受けているんです。だからある程度、自分に害意のある人間はわかりますし、安全だと確信できない人とはあまり近しい関係にならないようにしています」
エイミーは親しい友人が少ないが、その背景には、幼いころから受けてきた妃教育があった。信頼を置けるもの、付き合っても問題にならないもの、のちにち敵に回らないもの――エイミーは、相手の家柄、思想、性格、人間関係、すべて調べて問題なしとした相手以外、自分の懐には入れないことにしている。その点で、シンシアはすべて合格しているのだ。そして何よりエイミー自身もシンシアを好ましいと思っている。
ライオネルは驚いたようにぱちぱちと目をしばたたいた。
「お前……意外と考えていたんだな」
「わたしはいつも考えてますー」
ぷうっと頬を膨らませると、ライオネルが面白そうな顔で頬をつついてきた。
「それで、お前の判断ではシンシア・モリーンはシロだと?」
「はい」
「断言できるか?」
「できます。証拠になるかどうかはわかりませんが……、ものが降ってきたとき、周囲に犯人らしい人の気配はありませんでした。だからおそらく時間になって発動する類の魔術か、もしくは対象者が特定の場所に入ると発動する魔術が事前に仕掛けられているのだと思うんですけど、シンシアはその両方とも使えません。……というか、シンシアはその、勘はいいんですけど、スポーツ以外のお勉強が本当にダメで、魔術も……初級結界魔術に苦戦しているくらいなんです」
「はあ⁉ それでよくこの学園の入試がパスできたな⁉」
「補欠入学らしいですよ。運がよかったって笑ってました」
「…………伯爵令嬢だぞ?」
「殿下、いくら優れた家庭教師がついても、苦手なものが克服できない人は大勢いるんですよ」
「なるほど……お前の音痴と同じか」
「わたしは音痴じゃありません!」
何故ライオネルはエイミーを「音痴」というのだろう。音痴じゃないのに!
ライオネルは腕を組むと、「ふむ」と頷いてから言った。
「そこまでわかっていて、どうしてお前は犯人捜しをしなかったんだ?」
「え? それは、今のところわたし以外に実害がなかったのでまだいいかなって」
ライオネルが巻き込まれたら別だが、エイミーが離れればライオネルまで巻き込まれないかもしれないと思っていたし、もし巻き込まれそうな気配が出てきた段階で対策を取ればいいと思っていた。
一応すぐに動けるように密かに情報収集はしていたが、大々的に動くと犯人を刺激してしまうかと思い、個人で動ける範囲内での捜査のみなので、犯人を特定するまでには至っていない。
(というか、個人か団体か……それもまだはっきりしていないから、不用意に先生たち聞き込みもできないし)
シンシアが先生たちに報告に行ったときも、ちょっとまずいとは思ったが、言ってしまったから仕方がないとあきらめ、その後の教師たちの動きも一応見張ってはいた。犯人が教師たちの中にいないとも限らなかったからだ。教師とはいえ、貴族だからである。目的が王位継承に関する何かなら、貴族である教師も疑ってかかるべきだからだ。どこでどうつながっているかわからないからである。
「調べられる範囲にはなりますが、わたしやお父様に敵対する派閥、それから王位継承問題で敵対もしくは敵対しそうな派閥、それから直近で何かしらの罪を犯して処罰された貴族の逆恨みなど、このあたりについてはリスト化して、いつでも動けるようにはしてあるんですが……」
何もしなかったわけじゃないよと言い訳すると、ライオネルはがしがしと頭をかいた。
「情報収集だけで自分の身の安全を確保していなかったのなら何もしていないのと同じだ! 大怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」
「た、たぶん大丈夫かなって……」
「たぶん⁉」
これ以上言えば怒り出しそうなので言わないが、エイミーが犯人捜しを急がなかったのはもう一つ理由がある。
エイミーが何もしないと油断させておいた方が、犯人が団体だった場合、捕まえるのに有利になるからだ。トカゲのしっぽ切りのように末端を切られて大元に逃げられては、いずれ方法を変えてまた狙ってくるだろう。ゆえに大元まで捕まえるために、相手を油断させておきたいという気持ちもあったのだ。
(わたしが何もせず、でも相手にとって望んだ結果が得られなかったら、そのうち行動がエスカレートすると思ったし……)
焦れば絶対にぼろを出す。エイミーはそう踏んでいたのである。
ライオネルはエイミーのもう一つのたくらみに気づいたのかいないのか、やれやれと肩をすくめると、エイミーから調査資料を受け取って中を確認しながら言った。
「とにかく、この件はこのままにはしておけない。早急に手を打つ必要がある」
「手を打つにしても、犯人が複数人いた場合、一人を捕まえたら他の人に逃げられちゃいますよ?」
「……なるほどお前は、だから犯人を泳がせていたわけか」
「あ……」
しまった、余計なことを言い過ぎたと、エイミーは自分の口を押えたがもう遅い。
ライオネルはエイミーの両方のほっぺたをつまむと、むにーっと左右に引っ張った。
「ひひゃい!」
「このバカ! 何故相談しない! 一人で突っ走りすぎだ‼」
「ごめんにゃひゃい……」
ライオネルはエイミーの頬から手を放して、紙を丸めてポンポンと肩を叩きながら天井を仰いだ。
「まあいい、個人か複数かは知らんが、だったらこっちも罠を張っておけばいいだけの話だ」
エイミーはライオネルに引っ張られた頬を撫でながら、きょとんと首を横に振った。
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