王子様を落とし穴に落としたら婚約者になりました ~迷惑がられているみたいですが、私あきらめませんから!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破

文字の大きさ
上 下
20 / 43

モモンガの欠席 6

しおりを挟む
「モモンガのくせに風邪を引いただと?」

 いつも騒がしくまとわりつくエイミーの姿が見えなくて気になったライオネルは、昼休みに隣のクラスのシンシアに訊ねたところ、休みだという回答が帰ってきて目を丸くした。
 シンシアはあきれ顔を浮かべて頷く。

「エイミーは人間ですから風邪くらい引きますよ」

 わざわざ「人間」を強調された気がして、ライオネルはちょっとムッとしたが顔には出さずに、シンシアに礼を言って教室を出ようとした。
 けれども「殿下」とシンシアに呼び止められて足を止める。

「少しよろしいでしょうか」
「なんだ」

 シンシアがちらりと廊下に視線を向けたので、教室ではしにくい話なのかとライオネルは廊下へ足を向ける。
 廊下を少し歩いて、角まで行くと、シンシアは足を止めた。

「不躾な質問になってしまいますけど、殿下はエイミーのことをどう思っていらっしゃるんですか?」
「は?」
「だから、エイミーへの気持ちです」
「……それは、モリーン伯爵令嬢、君に関係のあることか?」
「関係あります。わたしはエイミーの友達ですから。……今のままだったら、エイミーがあんまりにも可哀想です」
「可哀想?」

 何を言われたのか理解できずに、ライオネルはぱちぱちと目をしばたたいた。
 シンシアはまっすぐにライオネルを見つめた。

「中途半端に優しくしないでくださいって言っているんです。わたしから見ると、殿下はエイミーを邪険にしてばかりです。嫌いなら嫌いだと、はっきりと態度で示してあげないと、エイミーがいつまでたっても殿下を追いかけ続けるじゃないですか。もしくは、婚約者なら表面的でもいいから優しくしてあげてください。殿下はエイミーをどうしたいんですか」

 ライオネルがエイミーをどうしたいか。彼女とどういう関係になりたいか。それは公で口にできることではない。
 ライオネルはエイミーとの婚約の解消を狙っているが、そんなことを口に出せば周囲が混乱するだけだからだ。

「これは俺とあいつの問題だ」
「本当にそうですか? 殿下は本当にその問題に向き合っていますか?」
「しつこいぞ」

 向き合っている。向き合っているからこそ、ライオネルは婚約を解消する方法を模索しているのだ。自分から無理だからエイミーから持ち掛けさせようと、どうすればエイミーがその気になるのか、ライオネルはいつだって考えている。――考えているはずだ。

「このまま結婚するおつもりなら、結婚相手としてエイミーを尊重してあげてください。そのつもりがないのなら……いい加減、エイミーを解放してあげてくれませんか」
(解放? 解放されたいのは俺の方だ。何故あのモモンガを俺が縛り付けているみたいな言い方をする。望まない婚約で縛り付けられているのは俺の方だ!)

 そう叫べたらどんなにいいだろうか。
 ライオネルは頭痛を我慢するようにこめかみを押さえて、くるりと踵を返した。

「すまないが無駄話に付き合っている暇はない。失礼する」

 ライオネルはこれから食事を取りに行くのだ。シンシアの意味不明な話に付き合っていたらくいっぱぐれてしまう。
 シンシアはライオネルを止めなかったが、背後から大きなため息が聞こえてきて、ライオネルはムカムカしてきた。

(なんなんだ、ケビンと言い、モリーン伯爵令嬢と言い! 俺は被害者だぞ⁉)

 何故、みんなあの珍獣の心を考えろと言う。
 何故、あのモモンガが可愛そうなのだ。

 ライオネルは昼食を取りにカフェテリアに向かっていた足を止めて、医務室へ方向転換した。
 医務室ではウォルターが昼食代わりのパンを食べていて、入って来たライオネルを見て首をひねる。

「どうしました、そんな情けない顔をして」
「……うるさい。情けない顔なんてしていない」

 ライオネルがむすっと言い換えしてソファに座ると、ウォルターが苦笑して、袋の中からパンを一つ取り出して目の前に置いてくれる。

「この時間ならどうせ食べていないんでしょう。一つ分けてあげますから、ほら、何があったのか話してください」

 ライオネルが子供のころから侍従を務めているウォルター相手にはごまかしはきかない。
 ライオネルはパンを一口かじって「モモンガは休みだそうだ」と言った。
 すると、ウォルターが声を出して笑う。

「はっはあ? つまり殿下はエイミー様が心配だと」
「違う!」
「じゃあなんです?」

 ライオネルはもそもそとパンを食べて少し時間稼ぎをした後で、渋々答える。

「ケビンのやつが意味のわからんことを言っていた。エイミーはモモンガでなくて人間なのだと。それから先ほど、エイミーの友人からエイミーを解放しろと言われた。二人とも、何が言いたいのかわけがわからん」
「……そうですか」

 ウォルターは笑うのをやめて、パンの袋を持ってライオネルの対面のソファに異動した。

「殿下。これは殿下が向き合わなければならない問題なので、私からは答えは差し上げられません。でもね、一つだけヒントを差し上げます。以前私は、殿下がエイミー様に嫌われたいのなら、エイミー様に『嫌い』だと言い続けるしかないと言いましたよね。実行して見ましたか?」
「した」
「そのとき、どんな気持ちになりましたか?」
「……普通だ」
「本当に?」
「本当に普通だ! 第一そんなこといつも言っているんだ! 何も変わらないだろうが!」

 変わらないはずだ。いつもと同じだ。ただいつもより強めに言っただけで、エイミーに「嫌い」と告げるのは珍しいことではない。「嫌い」だと言ったところで、あの言葉の通じないモモンガはいつもへらへらして――

 ライオネルはハッとした。

 ウォルターはライオネルの前にもう一つパンを置いて、繰り返した。

「本当に?」

 ライオネルは答えられなかった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...