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野心と陰謀と
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次の日、暇を持て余したイリアは、城の庭を散歩することにした。
クラヴィスはフェルナーン国王と王太子ウィルフレドと難しい話があるらしい。外交的な話の席にイリアが同席するわけにもいかないので、午後はクラヴィスと別行動をとることになったのだ。
イリアは、用があれば自由に言いつけてくれてかまわないと紹介された侍女を呼び、庭の散歩につきあってほしい旨を伝えた。さすがに一人でうろうろ歩き回るわけにもいかないからだ。
侍女カーミラは快く了承してくれた。彼女はフェルナーンの子爵令嬢で、くりっと大きな目が印象的な女性だった。イリアより一つ年下の十九歳だそうだ。
庭に降りたイリアは、時計回りに庭を一周することにした。旧王都の城は薔薇であふれかえっていたが、この城の庭は品よくまとまってはいるがどこか殺風景な感じがした。それは、庭一面が芝生で覆われており、ほとんど花がないからだろうと思われた。中央のあたりに灌木で作られた迷路が、唯一遊び心のあるものを言えるだろう。あとは庭の奥にある白い屋根の四阿以外、目立ったものは何もなかった。
そのためイリアは、庭の散歩もあまり面白そうではなさそうだと感じた。迷路に入れば面白いかもしれないが、もしも出られなくなれば恥ずかしい。カーミラによれば、この迷路はなかなか精巧にできており、うっかり入ると迷ってしまって出るのに骨が折れるのだそうだ。
イリアは庭を歩きながら、散歩が終われば何をしようかと考えた。しかし他国の城で勝手な真似をするわけにもいかず、できることは限られそうだ。
「かわいらしい狐ですね」
カーミラはイリアのうしろをとことことついてくる白狐ポチを微笑ましそうに見やった。
「ポチって言うのよ」
ポチが褒められて、イリアは自分のことのように嬉しくなった。そう、彼はとってもかわいいのだ。そしてとても頼もしいイリアの小さなナイトなのである。
ポチはしばらくイリアのあとをついて歩いていたが、最近彼女に抱きかかえられて運ばれることに慣れた彼は、歩くのに飽きた様子でイリアの足を前足でかりかりと軽くひっかいて、彼女に抱っこをせがんできた。
イリアは微笑んでポチを抱き上げた。
そしてまた少し行くと、目の前に四阿が見えてきた。イリアはその前でふと足を止めた。四阿には先客がいたからだ。
カーミラは驚いた様子で、エプロンドレスの裾を持ち上げて一礼した。
「ミルフィア王太子妃殿下」
呼ばれて、四阿にぼんやりと座っていた女性が振り返った。緩くウェーブのかかった黒髪の華奢な美女だった。どうやらフェルナーン国では黒やそれに近い髪をもつ人が多いらしい。彼女はカーミラを見ると口元に小さな笑みを浮かべて、それからイリアに気がついた。
「あなたは……?」
「はじめまして。イリア・グランティーノと申します。妃殿下」
どうやら彼女がウィルフレド王太子の妃らしいとわかって、イリアも頭を下げた。ポチを抱いているから淑女の礼は取れなかったが、許してほしい。
ミルフィア王太子妃は、狭量な人柄ではないらしかった。イリアにも微笑みかけると「そう」と小さく頷いた。
「シェロン王太子殿下の婚約者様ね。はじめまして、ミルフィアですわ」
彼女は立ち上がると、楚々とした雰囲気をまといながらイリアのそばまでやってきた。そして、イリアの腕の中のポチに目を止めると、微笑ましそうに目を細めた。
「かわいらしい子。ご主人様に抱っこされて、嬉しそうね」
ポチは顔をあげると、返事をするように「コォン」と鳴いた。
ミルフィアはくすりと鈴が鳴くような笑い声をあげて、「わたくしはそろそろ戻るわ」と城の方へ歩いて行った。
イリアは、彼女の横顔がどこか淋しそうに見えて気になった。
イリアの視線に気がついたのか、カーミラが声を落としてささやいた。
「ここだけの話ですが、ミルフィア妃殿下は、王太子殿下のほかに心に決めた殿方がいらっしゃったそうなんです。でも、彼女の実家の公爵家とのつながりを強くもめられた王太子殿下が、結婚を強行したそうなんですよ」
カーミラのその声には微かな憐れみがあった。貴族の結婚とはときにままならないものだが、なるほど、彼女もその権力の被害者なのだと思うと、イリアは何とも言えない切なさを覚えるのだった。
クラヴィスはフェルナーン国王と王太子ウィルフレドと難しい話があるらしい。外交的な話の席にイリアが同席するわけにもいかないので、午後はクラヴィスと別行動をとることになったのだ。
イリアは、用があれば自由に言いつけてくれてかまわないと紹介された侍女を呼び、庭の散歩につきあってほしい旨を伝えた。さすがに一人でうろうろ歩き回るわけにもいかないからだ。
侍女カーミラは快く了承してくれた。彼女はフェルナーンの子爵令嬢で、くりっと大きな目が印象的な女性だった。イリアより一つ年下の十九歳だそうだ。
庭に降りたイリアは、時計回りに庭を一周することにした。旧王都の城は薔薇であふれかえっていたが、この城の庭は品よくまとまってはいるがどこか殺風景な感じがした。それは、庭一面が芝生で覆われており、ほとんど花がないからだろうと思われた。中央のあたりに灌木で作られた迷路が、唯一遊び心のあるものを言えるだろう。あとは庭の奥にある白い屋根の四阿以外、目立ったものは何もなかった。
そのためイリアは、庭の散歩もあまり面白そうではなさそうだと感じた。迷路に入れば面白いかもしれないが、もしも出られなくなれば恥ずかしい。カーミラによれば、この迷路はなかなか精巧にできており、うっかり入ると迷ってしまって出るのに骨が折れるのだそうだ。
イリアは庭を歩きながら、散歩が終われば何をしようかと考えた。しかし他国の城で勝手な真似をするわけにもいかず、できることは限られそうだ。
「かわいらしい狐ですね」
カーミラはイリアのうしろをとことことついてくる白狐ポチを微笑ましそうに見やった。
「ポチって言うのよ」
ポチが褒められて、イリアは自分のことのように嬉しくなった。そう、彼はとってもかわいいのだ。そしてとても頼もしいイリアの小さなナイトなのである。
ポチはしばらくイリアのあとをついて歩いていたが、最近彼女に抱きかかえられて運ばれることに慣れた彼は、歩くのに飽きた様子でイリアの足を前足でかりかりと軽くひっかいて、彼女に抱っこをせがんできた。
イリアは微笑んでポチを抱き上げた。
そしてまた少し行くと、目の前に四阿が見えてきた。イリアはその前でふと足を止めた。四阿には先客がいたからだ。
カーミラは驚いた様子で、エプロンドレスの裾を持ち上げて一礼した。
「ミルフィア王太子妃殿下」
呼ばれて、四阿にぼんやりと座っていた女性が振り返った。緩くウェーブのかかった黒髪の華奢な美女だった。どうやらフェルナーン国では黒やそれに近い髪をもつ人が多いらしい。彼女はカーミラを見ると口元に小さな笑みを浮かべて、それからイリアに気がついた。
「あなたは……?」
「はじめまして。イリア・グランティーノと申します。妃殿下」
どうやら彼女がウィルフレド王太子の妃らしいとわかって、イリアも頭を下げた。ポチを抱いているから淑女の礼は取れなかったが、許してほしい。
ミルフィア王太子妃は、狭量な人柄ではないらしかった。イリアにも微笑みかけると「そう」と小さく頷いた。
「シェロン王太子殿下の婚約者様ね。はじめまして、ミルフィアですわ」
彼女は立ち上がると、楚々とした雰囲気をまといながらイリアのそばまでやってきた。そして、イリアの腕の中のポチに目を止めると、微笑ましそうに目を細めた。
「かわいらしい子。ご主人様に抱っこされて、嬉しそうね」
ポチは顔をあげると、返事をするように「コォン」と鳴いた。
ミルフィアはくすりと鈴が鳴くような笑い声をあげて、「わたくしはそろそろ戻るわ」と城の方へ歩いて行った。
イリアは、彼女の横顔がどこか淋しそうに見えて気になった。
イリアの視線に気がついたのか、カーミラが声を落としてささやいた。
「ここだけの話ですが、ミルフィア妃殿下は、王太子殿下のほかに心に決めた殿方がいらっしゃったそうなんです。でも、彼女の実家の公爵家とのつながりを強くもめられた王太子殿下が、結婚を強行したそうなんですよ」
カーミラのその声には微かな憐れみがあった。貴族の結婚とはときにままならないものだが、なるほど、彼女もその権力の被害者なのだと思うと、イリアは何とも言えない切なさを覚えるのだった。
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