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嫉妬とお仕置きと
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「無茶させるんじゃないよって言ったろう?」
クラヴィスが部屋を出ると、その入り口のすぐそばの壁に寄りかかるようにして、アマルベルダが立っていた。
どうやら魔女は、部屋を出て行ったふりをしてずっとここにいたらしい。狐に邪魔されなくとも、おそらくイリアがギリギリになったところで乱入してくるつもりだったのだろうとわかると、クラヴィスは面白くなさそうに舌打ちした。
「魔女が男だなんて聞いていない」
「本音が駄々洩れになっているよ、王子様」
魔女は真っ赤な唇を弧の形に持ち上げると、ついてきなといって踵を返した。
居間に通されたクラヴィスは、魔女がパチンと指を鳴らすと現れたティーセットに目を丸くした。
「何を驚いているんだい。魔女なんだから、これくらいできて当り前さ」
クラヴィスはアマルベルダに勧められるままにソファに腰を下ろした。
茶請けに出されたクッキーを見て、クラヴィスは既視感を覚えた。するとアマルベルダは笑って言った。
「あの娘が焼こうとしていたクッキーだよ。これを焼こうとしてオーブンに火をつけ、ボヤ騒ぎを起こしたのさ」
まだオーブンに入れていなかったクッキーは無事だったから、アマルベルダが代わりに焼いておいたらしい。
クラヴィスはクッキーを一つ口に入れた。イリアはたまにこうしてクッキーを焼いては城に持ってきていた。特別おいしいわけでもないが、暖かい味のするイリアのクッキーがクラヴィスは好きだった。
アマルベルダはティーカップに口をつけながら、静かにクッキーを食べる王太子を見やった。噂に聞く王太子は、常に冷静沈着で、どこか人間味にかける男だったと思ったが、どうやら違うらしい。
(ま、あの娘のせいだろうけどねぇ)
王族の結婚なんて、政治的価値と、体裁とを整えるだけの儀礼的なものだと思っていたが、少なくともこの王太子もイリアも、お互いを大切に思っているようだ。
(そうじゃなかったら、未来から戻ってこようなんて思わないだろうし、いきなり家を出て王太子を守るために魔女になりたいなんて言い出さなかっただろうから、わかってはいたんだけどねぇ)
実際クラヴィスを目にするまで、アマルベルダはこの王太子のどこがよくてイリアは必死になるのだろうと疑問に思っていた。だが、実際に見たクラヴィスは、びっくりするほど人間臭くて、イリアにぞっこんだ。あきれるくらい彼女が大切らしい。
「なんであんた、無理やり連れて帰ろうと思えば連れて帰れるのに、それをしないんだい?」
クラヴィスがあの部屋で、少々強引なことをしようとしていたことはわかっていた。しかし、そんなことをしなくても、イリアの意思などお構いなしに、命令一つで連れて帰れたはずだ。
クラヴィスは口に残っていたクッキーを飲み下すと、当然のように答えた。
「イリアが帰りたくないと言うのなら、それなりに理由があるんだろう。面白くないが、彼女を引きずってまで連れて帰ろうとは思っていない」
「へえ、じゃあ、あの娘のことはあきらめると?」
「寝ぼけたことを言うな。僕はイリア以外を妻に迎える気はない。連れて帰る意思には変わりはないし、当然そうするつもりでいる。だが、少しくらいも自由にさせてやれないほど、僕は狭量じゃない」
「ふぅん。なかなか物わかりのいい王子だね。自分の大切な婚約者を、別の男と二人きりで住まわせてもいいなんて」
アマルベルダは挑発的に微笑んだ。こんな格好をしていても男であることは、さきほどリュシオンの格好を見たクラヴィスには痛いほどわかっているはずである。
クラヴィスは面白くなさそうに眉を顰めると、しかし次の瞬間、一転して微笑んだ。
「確かに二人きりだな。しかし、ただ住まわせるとは言っていない」
これにはアマルベルダも怪訝がった。
クラヴィスは人の悪い笑みを浮かべると、アマルベルダにある条件を突きつけた。
クラヴィスが部屋を出ると、その入り口のすぐそばの壁に寄りかかるようにして、アマルベルダが立っていた。
どうやら魔女は、部屋を出て行ったふりをしてずっとここにいたらしい。狐に邪魔されなくとも、おそらくイリアがギリギリになったところで乱入してくるつもりだったのだろうとわかると、クラヴィスは面白くなさそうに舌打ちした。
「魔女が男だなんて聞いていない」
「本音が駄々洩れになっているよ、王子様」
魔女は真っ赤な唇を弧の形に持ち上げると、ついてきなといって踵を返した。
居間に通されたクラヴィスは、魔女がパチンと指を鳴らすと現れたティーセットに目を丸くした。
「何を驚いているんだい。魔女なんだから、これくらいできて当り前さ」
クラヴィスはアマルベルダに勧められるままにソファに腰を下ろした。
茶請けに出されたクッキーを見て、クラヴィスは既視感を覚えた。するとアマルベルダは笑って言った。
「あの娘が焼こうとしていたクッキーだよ。これを焼こうとしてオーブンに火をつけ、ボヤ騒ぎを起こしたのさ」
まだオーブンに入れていなかったクッキーは無事だったから、アマルベルダが代わりに焼いておいたらしい。
クラヴィスはクッキーを一つ口に入れた。イリアはたまにこうしてクッキーを焼いては城に持ってきていた。特別おいしいわけでもないが、暖かい味のするイリアのクッキーがクラヴィスは好きだった。
アマルベルダはティーカップに口をつけながら、静かにクッキーを食べる王太子を見やった。噂に聞く王太子は、常に冷静沈着で、どこか人間味にかける男だったと思ったが、どうやら違うらしい。
(ま、あの娘のせいだろうけどねぇ)
王族の結婚なんて、政治的価値と、体裁とを整えるだけの儀礼的なものだと思っていたが、少なくともこの王太子もイリアも、お互いを大切に思っているようだ。
(そうじゃなかったら、未来から戻ってこようなんて思わないだろうし、いきなり家を出て王太子を守るために魔女になりたいなんて言い出さなかっただろうから、わかってはいたんだけどねぇ)
実際クラヴィスを目にするまで、アマルベルダはこの王太子のどこがよくてイリアは必死になるのだろうと疑問に思っていた。だが、実際に見たクラヴィスは、びっくりするほど人間臭くて、イリアにぞっこんだ。あきれるくらい彼女が大切らしい。
「なんであんた、無理やり連れて帰ろうと思えば連れて帰れるのに、それをしないんだい?」
クラヴィスがあの部屋で、少々強引なことをしようとしていたことはわかっていた。しかし、そんなことをしなくても、イリアの意思などお構いなしに、命令一つで連れて帰れたはずだ。
クラヴィスは口に残っていたクッキーを飲み下すと、当然のように答えた。
「イリアが帰りたくないと言うのなら、それなりに理由があるんだろう。面白くないが、彼女を引きずってまで連れて帰ろうとは思っていない」
「へえ、じゃあ、あの娘のことはあきらめると?」
「寝ぼけたことを言うな。僕はイリア以外を妻に迎える気はない。連れて帰る意思には変わりはないし、当然そうするつもりでいる。だが、少しくらいも自由にさせてやれないほど、僕は狭量じゃない」
「ふぅん。なかなか物わかりのいい王子だね。自分の大切な婚約者を、別の男と二人きりで住まわせてもいいなんて」
アマルベルダは挑発的に微笑んだ。こんな格好をしていても男であることは、さきほどリュシオンの格好を見たクラヴィスには痛いほどわかっているはずである。
クラヴィスは面白くなさそうに眉を顰めると、しかし次の瞬間、一転して微笑んだ。
「確かに二人きりだな。しかし、ただ住まわせるとは言っていない」
これにはアマルベルダも怪訝がった。
クラヴィスは人の悪い笑みを浮かべると、アマルベルダにある条件を突きつけた。
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