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魔女は魔女でも、男です

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 アマルベルダ――リュシオンが向かったのは、ダーネスト山脈からほど近いところにある小さな町、ニーチェだった。

 彼はしばしば食料を調達するときなどにこの町を使うが、今日の目的は食料の調達ではなかった。

 魔女アマルベルダは数少ない魔女たちの中でも一際力を持った魔女である。そのため魔女にはたくさんの使い魔たちがいて、彼らはいつも魔女に様々な情報をもたらした。それはどうでもいいくだらない情報から、一国家の秘密にまでおよび、魔女はその気になればどんなことだって知ることができた。

 そんな魔女の使い魔が、今朝、ある情報をもたらしたのだ。

 それはシェロン国の王太子クラヴィスが、ニーチェの町に向かったというものだった。昼過ぎには到着するだろうと教えられ、魔女は彼がこの町に訪れた理由を瞬時に悟った。

(おおかたイリアの足取りを掴んだんだろうねぇ)

 そうなってくると、アマルベルダの居所が突き止められるのは時間の問題だった。魔女はクラヴィスのことも噂で知っていた。実に頭の切れる男らしい。

 アマルベルダは、王太子にイリアを差し出して、さっさと追い払う方法も考えた。――が、それではいささか面白くないと、すぐにその手段を却下した。最初は少し迷惑していたイリアの存在も、最近では手放したくないほどには気に入っている。彼女は明るくそれでいて変わっていて、見ていて飽きないのだ。

 そのためアマルベルダは、偵察のためにニーチェの町を訪れることにした。彼がどこまで突き止めているのか探るためだ。場合によっては嘘の情報を掴ませて追い払うことも考えていた。
 アマルベルダ――リュシオンは、なじみの店の店主から、野菜を買うふりをして情報を聞きだすことにした。

「いらっしゃい、旦那。今日はなににします?」

「ああ、じゃあ、そこのかぼちゃを一つ――。なんだか今日は、騒がしい雰囲気だね」

「ええ、なんでもお偉いさんが来ているんだとかで」

「お偉いさん?」

 店主は大きなカボチャを麻の紐で持ちやすいように括りながら、声を落とした。

「ええ。なんでも、貴族のお坊ちゃんだとか。こんな辺鄙な町に、何のご用なんだか」

「貴族のお坊ちゃん、ね」

 どうやらその中に王太子がいると言うことは内密にされているらしい。それはそうだろう。こんな小さな町に王太子クラヴィスが来たとなれば、それこそパニックになるに違いない。

「その貴族のお坊ちゃんだけど、誰が来たのか知ってる?」

「確か――、リュベック様とかなんとか」

「へぇ……」

(リュベックか……。確か王太子の従兄で彼の側近だったな)

 なるほど王太子は、側近を伴ってこの町に訪れたようだ。リュシオンはかぼちゃを片手に、店主に礼を言ってふらふらと町の中を歩き回ることにした。

 王太子一行は、探すまでもなく見つかった。

 町の広場に、堂々と馬車と馬が止められていたのだ。その近くには話し込む兵士たちの姿もあり、クラヴィスがこの近くにいるだろうことを推測させた。

(おーおー、目立つところに停めちゃってまぁ。もしこの町にイリアがいたら、一目散に逃げだすに決まってるだろうにねぇ)

 逆に言えば、クラヴィスはこの町にイリアがいないと知っていることになる。聡明な彼がこんな初歩的なミスを犯すはずはないからだ。

 リュシオンは何気なさを装って、兵士の一人に話しかけた。

「なんだかすごいですね。誰か偉い方がいらしてるんですか?」

 すると兵士は、不審そうにリュシオンを見やった。

「お前は……?」

「この町の近くに住んでいるんです。久しぶりに買い物に来たら、なんだか仰々しい雰囲気だったんで気になって。お気に障ったのなら謝ります」

 兵士はふんと鼻を鳴らしたが、ふと何かを思いついた様子でリュシオンに訊ねてきた。

「この辺に住んでいると言ったな。それではお前、魔女の住処を知らないか?」

「魔女?」

 リュシオンは怪訝そうな表情を作った。

 兵士は頷いて、

「このあたりに住んでいるという情報があるんだ。だが、ダーネスト地方も広くてな。山の近くだというところまでは掴んだんだが」

「そうでしたか。でも、すみません。残念ながら……」

「そうか」

 リュシオンは残念そうな表情を浮かべる兵士にぺこりと頭を下げて、踵を返した。

(山の近くね。山の中だとは気づいていないのか。魔女アマルベルダのいる山って、結構噂になってるんだけど、本当に山の中にいるとは思っていないんだろうね)

 これならば、今日のところはそれほど警戒しなくてもいいかもしれない。リュシオンがそう思い、立ち去ろうとしたその時だった。

「待て」

 突然背後から飛び止められて、リュシオンは足を止めた。

 ずいぶんと命令することになれた声だった。威圧的ではないが、逆らい難い独特の響きを持っている。

 リュシオンが振り返ると、一人の男がこちらに向かって歩いてくるところだった。

(銀髪、孔雀石のように深い緑の目……、なるほど)

 スラリと高い長身に、少しばかり神経質そうだが端正な顔立ち。肩よりも短いところで切られた銀髪。背中に羽織っていた紺色のマントを風にはためかせて――、王太子クラヴィスは、リュシオンの目の前で足を止めた。
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