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家出するからよろしくね♡

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 イリアは過去――いや「未来」に、一度だけ魔女アマルベルダと会ったことがある。

 その時、彼女は放心していて、正常な思考回路になかった。そのため、記憶の中のアマルベルダの顔はほとんど朧気おぼろげで、当然彼女の喉ぼとけの存在なんて記憶にあるはずもないし、おそらくあの時は気づかなかっただろう。

(男、男なのに魔女? え、それっていいの? 魔女よ? 魔男じゃなくて、魔女)

 イリアは軽い混乱状態に陥った。

 そんなイリアを、アマルベルダは面白そうに目を細めて見やった。

「変わった子。あたしの性別を気にしたのはあんたがはじめてだよ。こんなところに会いに来たのも、あんたがはじめてだけどね」

「いや、えっと……、ごめんなさい?」

 とりあえず謝った方がいいのかと、イリアが首を傾げて言えば、突然アマルベルダが笑い出した。

「ぶっ、あははは! ごめんなさいって、あんた、何に謝ってるんだい?」

「えと、なんとなく?」

「ぷ、ぷくく、本当に変わったお嬢ちゃん。貴族のお姫様だろうに、気取ったところもないし、なんだろうねぇ」

 イリアはびっくりした。

 すると魔女は「わからないとでも思ったかい?」と言って、イリアのかぶっていた帽子を取ると、ぽいっと後ろに放り投げた。それを後ろの白狐――ポチが、ぴょんと飛び上がつて口でキャッチする。イリアは思わずパチパチと手を叩いた。

「狐さん、すごーい!」

 ポチはイリアに褒められてまんざらでもなさそうだった。彼は帽子をソファの上に丁寧において、「コンッ」と声高に鳴いた。

「綺麗な金髪だねぇ。手入れも行き届いている。肌にはシミ一つないし。ましてやそんな世間知らずな様子で、その辺の町娘なはずないだろう。それにその緑色の目。その目はこの国の王族によく出る色だろう? 今の王家に姫はいないからね。とすれば、少なからず王家の血を引いている貴族のお嬢さんだ。違うかい?」

 イリアはアマルベルダの推理に感心した。瞬時にイリアの身分に気づくなんて、頭の回転の速い人らしい。

「はい。あ、自己紹介が遅くなってすみません。わたし、イリア・グランティーノといいます」

 すると魔女は目を丸くした。

「グランティーノって言ったら、グランティーノ公爵令嬢かい?」

「はい。よくご存じですね」

「まあ、こんなところに住んでいたって、魔女なんてやってると、いろいろと情報は入るんだよ。それで、王太子の未来の嫁が、いったい何の用だい?」

 イリアは困ったように眉を下げた。

「えと、多分もうすぐ未来の嫁じゃなくなります」

「は?」

「家出してきたんで」

「はあー?」

 今度はアマルベルダが驚く番だった。

「あんた、家出って、ええー?」

「いろいろありまして」

「いろいろって、たとえば王太子の顔が気に入らないとか? なかなかいい男だったと思うけどねぇ」

「はい、クラヴィスはとってもイケメンさんです」

「じゃあなんだい、性格かい?」

「うーん、ちょっとだけひん曲がったところはありますが、基本優しいので、不満はないです」

「だったら、受け入れられない性癖があるとか、浮気されたとか、婚前交渉を求められたとか、――他に好きな男ができたとか?」

「残念ながらどれでもありませんが――、あのぅ、性癖って何ですか?」

 魔女は額をおさえて天井を見上げた。

「もういいよ。で、王太子の嫁になるのに不満がないなら、何だって家出してきたんだい」

 イリアは途端に表情を曇らせると、うつむいた。

「それは……」

「それは?」

 そして、イリアが次に顔をあげたとき、彼女は決意に満ちていた。

「クラヴィスを――、あの人を、守るためです」

 これには、アマルベルダも言葉を失った。
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