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家出するからよろしくね♡
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クラヴィスは茫然としていた。
リュベックから報告を受けたあと、彼はすぐに国王の執務室に呼ばれた。そしてそこには、難しい顔をした国王と、額に脂汗を浮かべて真っ青な顔をしているグランティーノ公爵の姿があった。
クラヴィスは国王に挨拶をしたあと、座るように言われて、執務室のソファに腰を下ろした。
イリアが家出した。リュベックの報告に、クラヴィスはいまだ実感が伴っていなかったが、魂が抜けるとはこういうことを言うのだろうか、普段聡明な彼も、何をしていいのかもわからず、またどういう反応をしていいのかもわからなかった。
クラヴィスは同じくソファに腰を下ろしている公爵の手に、一枚の紙が握りしめられているのを見つけた。クラヴィスの直感はそれがイリアに関するものであると告げ、彼は静かに公爵に手を伸ばした。
グランティーノ公爵は逡巡したようだったが、諦めたようにクラヴィスに紙を手渡した。
「………。魔女になるから探さないでください。殿下にごめんねって言っておいてね。ばぁーい、イリア♡」
紙に書かれていたことを声に出して読み上げたクラヴィスの思考は停止した。
イリアの字だ。間違いない。しかし、なんだろう、この軽い感じの文章は。「ちょっと買い物に行ってきます」的な軽さだ。クラヴィスは頭痛を覚えた。
これは夢ではないだろうか。
夢でないのなら、何かの冗談だろうか。
それとも、イリアの筆跡を語った第三者の仕業だろうか。
いやいや、第三者が何のためにこんな意味不明な手紙を残すと言うのだ――
結果、クラヴィスの茫然とした思考回路は、「意味不明すぎるから本物」という結論に至った。
クラヴィスは無言で、壊れたブリキ人形のようなぎこちなさで首を動かすと父王を見た。
王は疲れたように額を覆っていた。
「公爵、これはどういうことだろうか?」
王は無理やり絞り出したような声でグランティーノ公爵に問いかけた。どういうこともなにも、イリアが魔女になりたいから家出したという事実以外存在しないだろうが、あえて聞きたい、そんなふうだった。
グランティーノ公爵はだらだらと滝のように流れる汗をハンカチで押さえながら、苦しい言い訳をした。
「む、娘は昨日から体調が悪く、きっと高熱のため頭がおかしくなったのだと――」
そんなわけあるか。クラヴィスは心の中で突っ込みを入れた。
頭がおかしくなって突然魔女になりたがるなんて聞いたこともない。
クラヴィスは深呼吸を繰り返し、やっとのことで少し落ち着きを取り戻すと、公爵に訊ねた。
「どうして、魔女なんでしょうか?」
「え?」
「魔女なんて、今の時代にほとんど存在しないでしょう。僕も噂に聞くくらいで実際に会ったことはありません。どうして彼女は、突然魔女になると言い出したのでしょう」
王太子の疑問はもっともだったが、それがわかっていれば誰も苦労はしない。
グランティーノ公爵はいっそ誰か殺してくれと思った。それほどキリキリと胃が痛く、頭痛と吐き気がして目も回っていて、意識を保っているのがやっとだった。
「……こんな、突拍子もないことを言いだすほど、僕は嫌われていたのか……」
力なく独り言のようにつぶやくクラヴィスに、グランティーノ公爵は慌てた。
「いえ! 娘が殿下のことをその、嫌っているなんてありえません! これはきっと何かの間違いです! そうに違いないのです!」
しかし、グランティーノ公爵の弁解はクラヴィスの耳に入っていなかった。
クラヴィスはシワだらけのイリアの手紙を丁寧に伸ばして四つに折ると、それをもって立ち上がった。
「父上、僕は気分が優れないので失礼させていただきます。この件については国民には伏せておいてください。それでは」
クラヴィスは淡々とそれだけ告げると、王の許可も待たずに執務室をあとにした。
そして、自室に戻るなり、声高にリュベックを呼んだ。
「な、なんですか、そんな大声であなたらしくもない」
慌ててはせ参じたリュベックは目を白黒させたが、クラヴィスは血走った目で彼を見て、こう言った。
「すぐに兵を動かしてイリアを探し出せ! いますぐにだ!」
リュベックは彼の鬼気迫る様子に「わかりました―――!」と叫んで部屋を出て行った。
クラヴィスはイリアの手紙を開くと、もう一度その文面に視線を這わせて、薄く笑った。
「こんなふざけた手紙を残して僕のもとから去ろうなんて、許さないよ。見つけてお仕置きしてやるから覚悟するんだね、僕の可愛いイリア」
リュベックから報告を受けたあと、彼はすぐに国王の執務室に呼ばれた。そしてそこには、難しい顔をした国王と、額に脂汗を浮かべて真っ青な顔をしているグランティーノ公爵の姿があった。
クラヴィスは国王に挨拶をしたあと、座るように言われて、執務室のソファに腰を下ろした。
イリアが家出した。リュベックの報告に、クラヴィスはいまだ実感が伴っていなかったが、魂が抜けるとはこういうことを言うのだろうか、普段聡明な彼も、何をしていいのかもわからず、またどういう反応をしていいのかもわからなかった。
クラヴィスは同じくソファに腰を下ろしている公爵の手に、一枚の紙が握りしめられているのを見つけた。クラヴィスの直感はそれがイリアに関するものであると告げ、彼は静かに公爵に手を伸ばした。
グランティーノ公爵は逡巡したようだったが、諦めたようにクラヴィスに紙を手渡した。
「………。魔女になるから探さないでください。殿下にごめんねって言っておいてね。ばぁーい、イリア♡」
紙に書かれていたことを声に出して読み上げたクラヴィスの思考は停止した。
イリアの字だ。間違いない。しかし、なんだろう、この軽い感じの文章は。「ちょっと買い物に行ってきます」的な軽さだ。クラヴィスは頭痛を覚えた。
これは夢ではないだろうか。
夢でないのなら、何かの冗談だろうか。
それとも、イリアの筆跡を語った第三者の仕業だろうか。
いやいや、第三者が何のためにこんな意味不明な手紙を残すと言うのだ――
結果、クラヴィスの茫然とした思考回路は、「意味不明すぎるから本物」という結論に至った。
クラヴィスは無言で、壊れたブリキ人形のようなぎこちなさで首を動かすと父王を見た。
王は疲れたように額を覆っていた。
「公爵、これはどういうことだろうか?」
王は無理やり絞り出したような声でグランティーノ公爵に問いかけた。どういうこともなにも、イリアが魔女になりたいから家出したという事実以外存在しないだろうが、あえて聞きたい、そんなふうだった。
グランティーノ公爵はだらだらと滝のように流れる汗をハンカチで押さえながら、苦しい言い訳をした。
「む、娘は昨日から体調が悪く、きっと高熱のため頭がおかしくなったのだと――」
そんなわけあるか。クラヴィスは心の中で突っ込みを入れた。
頭がおかしくなって突然魔女になりたがるなんて聞いたこともない。
クラヴィスは深呼吸を繰り返し、やっとのことで少し落ち着きを取り戻すと、公爵に訊ねた。
「どうして、魔女なんでしょうか?」
「え?」
「魔女なんて、今の時代にほとんど存在しないでしょう。僕も噂に聞くくらいで実際に会ったことはありません。どうして彼女は、突然魔女になると言い出したのでしょう」
王太子の疑問はもっともだったが、それがわかっていれば誰も苦労はしない。
グランティーノ公爵はいっそ誰か殺してくれと思った。それほどキリキリと胃が痛く、頭痛と吐き気がして目も回っていて、意識を保っているのがやっとだった。
「……こんな、突拍子もないことを言いだすほど、僕は嫌われていたのか……」
力なく独り言のようにつぶやくクラヴィスに、グランティーノ公爵は慌てた。
「いえ! 娘が殿下のことをその、嫌っているなんてありえません! これはきっと何かの間違いです! そうに違いないのです!」
しかし、グランティーノ公爵の弁解はクラヴィスの耳に入っていなかった。
クラヴィスはシワだらけのイリアの手紙を丁寧に伸ばして四つに折ると、それをもって立ち上がった。
「父上、僕は気分が優れないので失礼させていただきます。この件については国民には伏せておいてください。それでは」
クラヴィスは淡々とそれだけ告げると、王の許可も待たずに執務室をあとにした。
そして、自室に戻るなり、声高にリュベックを呼んだ。
「な、なんですか、そんな大声であなたらしくもない」
慌ててはせ参じたリュベックは目を白黒させたが、クラヴィスは血走った目で彼を見て、こう言った。
「すぐに兵を動かしてイリアを探し出せ! いますぐにだ!」
リュベックは彼の鬼気迫る様子に「わかりました―――!」と叫んで部屋を出て行った。
クラヴィスはイリアの手紙を開くと、もう一度その文面に視線を這わせて、薄く笑った。
「こんなふざけた手紙を残して僕のもとから去ろうなんて、許さないよ。見つけてお仕置きしてやるから覚悟するんだね、僕の可愛いイリア」
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