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 睡竜国からの使者が訪れたのは、今からちょうど一か月前。

 紅国の裕福な商家の当主の弟という身分をいいことに、毎日毎日、自堕落にぐうたらと過ごしていた翆のもとに、前触れもなく突然やってきた彼らは、客が来たというのに長椅子に寝そべったままの失礼極まりない翆に向かって、頭を下げてこう言った。


 ―――どうか、睡竜国の国主になってほしい。

 翆はそれを聞いても眉一つ動かさなかった。

 おのれの出自を把握していることもあっただろうが、後から聞いた話によると、彼らは何度か翆に手紙を出していたらしい。

 それを翆がことごとく無視し続けたために、強引にやってきたというわけだ。

 翆の父親は睡竜国の前国主で、外交で紅国に訪れたときに未亡人だった翆の母親と出会い、翆が生まれたというわけである。

 その翆の父親である前国主が他界したあと、国主は本妻の息子であった翆の異母兄が継いでいたのだが、その異母兄が病で亡くなったらしい。それで、翆に白羽の矢が立ったというわけだ。――が。

 ―――面倒ごとは断る。帰れ。

 富や権力には全く興味がなく、精力的に仕事をしようともしない、とにかく日がな一日ごろごろと怠惰に過ごすことを何よりの幸せと豪語する翆は、当然、話を半分も聞かずに断った。

 しかし使者たちもこの程度で引き下がれるはずもない。

  翆がまともに話を聞かないせいで、説得は一か月近くかかり、ようやく今、こうして船に揺られているのある。
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