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脅迫
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叡壮は銅像のように大きな体を二つに折って笑い転げた。
丸い卓子を挟んで真向かいに座っている慧凛は仏頂面で口をとがらせている。
笑っていいのか悪いのか、と微妙な表情を浮かべて窓際の壁に寄りかかっているのは、孫風威だ。南区の自警団の、若き副団長である。
「お前もなぁ、すぐ熱くなりすぎなんだよ」
孫の隣で立ったまま焼き菓子を頬張っているのは飛燕である。
「いやぁ、しかし。新国主の言い分ももっともだよなぁ」
とうとう我慢の限界だったのか、孫がくっと吹き出した。
「どこがもっともなの孫! 団長も笑いすぎですっ」
慧凛は拗ねて横を向き、窓の外を見やった。
朝の白かった日差しが、いつの間にか昼前のそれに変わりつつあった。
翆の歓迎会の次の日のことである。
慧凛は昨夜の翆の顔を思い出して、もやもやする感情を持てあましていた。
翆は、慧凛が今まで出会った人の中で、一番よくわからない人間だった。
笑っていても、本当に笑っているのかどうかもわからない。
何を考えているのかも読めない。
口に出している言葉が、果たして本心であるのかどうかもわからない。――そんな雰囲気だった。
「勝手に都合を押し付けるな、か。言われてみれば、確かにその通りだよなぁ」
「なに納得してるんですか団長」
「俺もそう思うよ、慧凛。確かに、すべてこちらの都合なんだ」
孫も団長に同意するものだから、慧凛は頬を膨らませる。
「じゃあなに? こっちの都合を押し付けたんだから、新国主はなにをしてもいいって言うの?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。ただ、彼には彼の事情があるというだけさ。でも、正直俺たちにはそんな事情なんて知ったことじゃない。都合がいいことを言ってる自覚はあるけど、彼しかいないんだ。そして、彼には『いい』国主になってもらわなくては困る」
孫の言葉に、叡壮はふと笑顔を消して頷いた。
「そうだな、新国主には悪いが、こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだ」
だがなぁと顎を撫でながら、叡壮も昨夜の翆を思い出す。
「ありゃ、相当厄介な部類の男だなぁ」
「厄介でもなんでも、俺たちはただ国を治めてくれればそれでいいんですよ。多くは誰も求めちゃいない。むしろ、必要最低限のことでいい。ただ、馬鹿なことをしなけりゃそれでいい」
飛燕が言えば、慧凛はふんっと鼻を鳴らした。
「とにかく! わたしはあんなやつ嫌いよ! ――そんなことより、孫、調査は進んでるの?」
昨夜の話をして、肝心の本題を話していなかった。今日は、翆の話をしに集まったのではないのだ。
慧凛が話を振れば、三人の表情が引き締まる。
今日は、昨日の李家の次男の水死体について――、次男が持っていた阿片について話すために集まったのだ。
阿片については、あまり大っぴらに動くこともできないため、孫がこっそりと探っている最中だった。
「芥子を栽培しているところには、それとなく聞き込みしてみたんだが、薬の製造、振り分け先ともに厳しく管理をしているようだったし、どこかに穴があるとも思えなかった」
睡竜国では芥子の栽培には許可が必要で、国に許可を取った栽培所のみ栽培することができる。
その栽培所が阿片製造にかかわっている様子はなかったのだ。
「やっぱりなぁ」
飛燕が口の端についた焼き菓子の屑を親指の腹でぬぐった。それをぺろりと舐めて、
「予想しなかったわけじゃないけど、国内の可能性がい低いとすれば……」
「国外から、か」
はぁ、と誰知れずついたため息が部屋の中に響く。
「厄介だなぁ」
輸入される商品は、もちろん管理されている。
その管理をくぐって国外から入ってきたとなれば、その抜け道があるということだ。
ましてや、個人で買い付けに行って、こっそりと持ち帰る分はまったく監視が入らない。
睡竜国にはそれを監視する法がないのだ。
「入手路を探すのは困難だぞ……」
自警団と言えど、国外から戻ったものの荷物をすべて確認する権利はない。
入手路の目星がつけられたとして、国外の販売元の帳簿を調べる権限はもっとなかった。
「やつの単独で買い付けてたならまだいいんだ。やつは死んだ、これでおさまる。だが……」
叡壮が孫に視線を投げると、孫がゆっくりと頭を振った。
「あいつは李家からまともに金をもらってなかった。一年ほど前から、素行が悪すぎて、親父さんが必要最低限の金しか手渡してなかったらしい。普通に考えて、親父さんからもらってる金で阿片が買えるとは思えない。そんな安いもんじゃないだろうしな。となると、どこかから金を捻出している可能性がある。もっと言えば――、阿片の購入自体が、誰かに頼まれた仕事だった可能性だってある」
孫がちらっと窓の外を見下ろすと、李家の次男とつるんでいた男の一人が、酒瓶を片手にふらふらと横に揺れながら歩いているのが見えた。
「正直、俺は後者だと思っている」
「なぜだ」
孫の視線を追って窓外を見下ろしながら、飛燕が訊ねた。
「最近の金回りについても調べてみたが、数週間前から妙に羽振りがよかったようだった。もしかしたら弟に甘い悠奇がこっそり渡しているのかとも思ったが、弟の素行にはほとほと困っていたようで、金は渡していなかったらしい」
悠奇とは李家の長男のことだ。孫と悠奇は年が同じこともあり仲が良く、たまに悠奇から弟の相談を受けていた。
「となりゃ、阿片で儲けた金か?」
「可能性は十分にあるかと」
「骨折れんなぁ、こりゃ……」
叡壮が天井を仰いで嘆息する。
「俺はこのあと、死ぬ前にやつがどこで何かしていたかを探ります。飛燕と慧凛は最近あいつがつるんでいた連中をこっそり探ってくれ」
「地道にやっていくしかないみたいね」
「んじゃ、三日後、またうちで作戦会議だ。俺も、貿易関係であやしいところがないか、念のため探っとく」
一同は顔を見合わせると、静かに頷いた。
丸い卓子を挟んで真向かいに座っている慧凛は仏頂面で口をとがらせている。
笑っていいのか悪いのか、と微妙な表情を浮かべて窓際の壁に寄りかかっているのは、孫風威だ。南区の自警団の、若き副団長である。
「お前もなぁ、すぐ熱くなりすぎなんだよ」
孫の隣で立ったまま焼き菓子を頬張っているのは飛燕である。
「いやぁ、しかし。新国主の言い分ももっともだよなぁ」
とうとう我慢の限界だったのか、孫がくっと吹き出した。
「どこがもっともなの孫! 団長も笑いすぎですっ」
慧凛は拗ねて横を向き、窓の外を見やった。
朝の白かった日差しが、いつの間にか昼前のそれに変わりつつあった。
翆の歓迎会の次の日のことである。
慧凛は昨夜の翆の顔を思い出して、もやもやする感情を持てあましていた。
翆は、慧凛が今まで出会った人の中で、一番よくわからない人間だった。
笑っていても、本当に笑っているのかどうかもわからない。
何を考えているのかも読めない。
口に出している言葉が、果たして本心であるのかどうかもわからない。――そんな雰囲気だった。
「勝手に都合を押し付けるな、か。言われてみれば、確かにその通りだよなぁ」
「なに納得してるんですか団長」
「俺もそう思うよ、慧凛。確かに、すべてこちらの都合なんだ」
孫も団長に同意するものだから、慧凛は頬を膨らませる。
「じゃあなに? こっちの都合を押し付けたんだから、新国主はなにをしてもいいって言うの?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。ただ、彼には彼の事情があるというだけさ。でも、正直俺たちにはそんな事情なんて知ったことじゃない。都合がいいことを言ってる自覚はあるけど、彼しかいないんだ。そして、彼には『いい』国主になってもらわなくては困る」
孫の言葉に、叡壮はふと笑顔を消して頷いた。
「そうだな、新国主には悪いが、こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだ」
だがなぁと顎を撫でながら、叡壮も昨夜の翆を思い出す。
「ありゃ、相当厄介な部類の男だなぁ」
「厄介でもなんでも、俺たちはただ国を治めてくれればそれでいいんですよ。多くは誰も求めちゃいない。むしろ、必要最低限のことでいい。ただ、馬鹿なことをしなけりゃそれでいい」
飛燕が言えば、慧凛はふんっと鼻を鳴らした。
「とにかく! わたしはあんなやつ嫌いよ! ――そんなことより、孫、調査は進んでるの?」
昨夜の話をして、肝心の本題を話していなかった。今日は、翆の話をしに集まったのではないのだ。
慧凛が話を振れば、三人の表情が引き締まる。
今日は、昨日の李家の次男の水死体について――、次男が持っていた阿片について話すために集まったのだ。
阿片については、あまり大っぴらに動くこともできないため、孫がこっそりと探っている最中だった。
「芥子を栽培しているところには、それとなく聞き込みしてみたんだが、薬の製造、振り分け先ともに厳しく管理をしているようだったし、どこかに穴があるとも思えなかった」
睡竜国では芥子の栽培には許可が必要で、国に許可を取った栽培所のみ栽培することができる。
その栽培所が阿片製造にかかわっている様子はなかったのだ。
「やっぱりなぁ」
飛燕が口の端についた焼き菓子の屑を親指の腹でぬぐった。それをぺろりと舐めて、
「予想しなかったわけじゃないけど、国内の可能性がい低いとすれば……」
「国外から、か」
はぁ、と誰知れずついたため息が部屋の中に響く。
「厄介だなぁ」
輸入される商品は、もちろん管理されている。
その管理をくぐって国外から入ってきたとなれば、その抜け道があるということだ。
ましてや、個人で買い付けに行って、こっそりと持ち帰る分はまったく監視が入らない。
睡竜国にはそれを監視する法がないのだ。
「入手路を探すのは困難だぞ……」
自警団と言えど、国外から戻ったものの荷物をすべて確認する権利はない。
入手路の目星がつけられたとして、国外の販売元の帳簿を調べる権限はもっとなかった。
「やつの単独で買い付けてたならまだいいんだ。やつは死んだ、これでおさまる。だが……」
叡壮が孫に視線を投げると、孫がゆっくりと頭を振った。
「あいつは李家からまともに金をもらってなかった。一年ほど前から、素行が悪すぎて、親父さんが必要最低限の金しか手渡してなかったらしい。普通に考えて、親父さんからもらってる金で阿片が買えるとは思えない。そんな安いもんじゃないだろうしな。となると、どこかから金を捻出している可能性がある。もっと言えば――、阿片の購入自体が、誰かに頼まれた仕事だった可能性だってある」
孫がちらっと窓の外を見下ろすと、李家の次男とつるんでいた男の一人が、酒瓶を片手にふらふらと横に揺れながら歩いているのが見えた。
「正直、俺は後者だと思っている」
「なぜだ」
孫の視線を追って窓外を見下ろしながら、飛燕が訊ねた。
「最近の金回りについても調べてみたが、数週間前から妙に羽振りがよかったようだった。もしかしたら弟に甘い悠奇がこっそり渡しているのかとも思ったが、弟の素行にはほとほと困っていたようで、金は渡していなかったらしい」
悠奇とは李家の長男のことだ。孫と悠奇は年が同じこともあり仲が良く、たまに悠奇から弟の相談を受けていた。
「となりゃ、阿片で儲けた金か?」
「可能性は十分にあるかと」
「骨折れんなぁ、こりゃ……」
叡壮が天井を仰いで嘆息する。
「俺はこのあと、死ぬ前にやつがどこで何かしていたかを探ります。飛燕と慧凛は最近あいつがつるんでいた連中をこっそり探ってくれ」
「地道にやっていくしかないみたいね」
「んじゃ、三日後、またうちで作戦会議だ。俺も、貿易関係であやしいところがないか、念のため探っとく」
一同は顔を見合わせると、静かに頷いた。
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