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旦那様は魔王様≪最終話≫

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 闇の中に、まるで星が輝くかのように、無数の白い粒が浮かんでいた。

 シヴァはその白い粒の間をゆっくりと歩く。

 奥へ奥へと進んでいけば、突如、大きな扉が目の前に現れる。

 黒い扉は、よく目を凝らして見なければ闇と同化して消えてしまいそうだった。

 ドアノブのところには太い鎖が巻きついていて、開けられることを拒んでいる。

 シヴァは硬質な鎖に触れて、考える。

 おそらく、この奥に沙良の記憶が眠っている。人の心の中に入るのははじめてだったが、直感がそう告げていた。

「沙良……、必ず、連れて戻る」

 息を吐いてから、シヴァは鎖を握りしめる。さほど力は入れなかったが、まるでシヴァを迎え入れるかのように、鎖はパリンという音を立てて砕け散った。

 扉を押せば、簡単に開く。

 扉の奥は、長い廊下が続いていた。廊下の両側の壁には、いくつもの部屋の扉がある。

 先が見えない長い廊下を、シヴァは一歩一歩進んでいく。

 そして、ふと足を止めた。

 右手にある扉の奥から、鳴き声が聞こえたからだ。

 それは、まだ幼い少女の声だった。

(……沙良?)

 シヴァが声のする扉を開けると、そこには五歳にも満たないだろう――、幼いころの沙良が、うずくまって泣いていた。

「沙良?」

 泣いている沙良に近寄って、シヴァは彼女を抱き上げようとするが、その手はするりとすり抜ける。

 茫然としていると、泣いている沙良の背後に、一人の女の影が浮かび上がった。

 見たことがある――、目尻がきつめにつり上がったその女は、沙良を産んだ母親だ。

 ――うるさいわね、いちいち泣かないでくれる?

 自分の娘にかけるとは思えないほど冷たい声で、女は言う。

 ――あれほど部屋から出てこないでって言ったのに、いつになったらわかるのかしら。

 幼い沙良はびくっと肩を揺らして、泣きながら母親を見上げた。

 女はそんな沙良を冷ややかに見下ろしている。

 ――おかあ、さん。

 ――お母さんなんて呼ばないで。産みたくて産んだんじゃないんだから。

 沙良の大きな目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 シヴァはどうしようもない怒りを感じたが、沙良にも、目の前にいる女にも指一本触れることはできなかった。

 ――小林さん、この子のを早く部屋に連れていってちょうだい。それから、勝手に部屋から出ないように、今度はちゃんと見張っていてよね。

 女は、家政婦だろう年配の女にそう告げると、くるりと踵を返す。

 ――おかあさん!

 泣きながら沙良が母親に縋りつこうとするが、その前に沙良は家政婦に抱き上げられて、無理やり連れ出されてしまった。

 ――おかあさん!

 沙良の悲鳴が上がるが、女は振り返りもしない。

 シヴァは家政婦に連れて行かれそうな沙良に、もう一度手を伸ばした。

 しかし、その手は変わらずすり抜けて、――次の瞬間、ふと目の前からすべてが消え失せる。

 残ったのは何もないガランとした部屋だけで、シヴァは茫然と立ち尽くした。
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