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旦那様は魔王様≪最終話≫

記憶 4

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「いやぁーですぅーっ」

 沙良は涙目で叫んだ。

 ぱたぱた、ぱたぱたとシヴァの執務室の中を走り回る。

「嫌じゃない! 今すぐそれを渡すんだ!」

「いやあーっ」

 シヴァが必死の形相で追いかけてくるから、沙良は怖くなって、ひーんと泣きながら執務室を走り、奥の扉を抜けて寝室まで行くと、逃げ場を探してベッドの下に潜り込もうとする。

「そんなところにもぐりこむんじゃない!」

「やだあーっ」

 パチン、とシヴァが指を鳴らしてベッドを消してしまうと、沙良はパニックになって部屋の隅まで逃げた。

「沙良、それを渡すんだ!」

「いやですー!」

 やだやだと首を振って、沙良はその場にうずくまる。

「記憶、元に戻りたいんです!」

「だからってそれを使うのは危険すぎるんだ! 目覚めなくなったらどうする!?」

「大丈夫です!」

「何を根拠にそんなことを言っているんだ!」

「だってシヴァ様だもん!」

 沙良は小瓶を大事に抱え持ってうずくまったまま、顔だけをあげてシヴァを見上げた。

「シヴァ様だから大丈夫だって、……そう思うんだもん」

 本当は半分嘘だった。シヴァだから大丈夫だと心のどこかで思っているのも本当だ。しかし、半分は、もし目覚めなくてもいいと覚悟していた。

 もしも目覚めなくても――、このままシヴァを恐れたまま、シヴァよりも圧倒的に短い一生を終えて、シヴァの目の前から消えてしまうくらいなら、目覚めないかもしれない危険を冒してでも、可能性にかけた方がましだと思った。

(思い出したいんだもん……)

 シヴァのことを思い出したい。きっと記憶をなくす前の自分は、シヴァのことが大好きだった。記憶を失った今でも気になっている。それなのに、よくわからない恐怖が先行してシヴァに近づけないのは、嫌だった。

「それでも……、駄目だ」

 シヴァは沙良と一定の距離を保ったまま、手を差し出す。

「それを渡しなさい」

「……やです」

「沙良」

「やだ!」

 沙良は激しく首を振ると、涙目でシヴァを睨みつけた。

「わたし、思い出したい。思い出して、シヴァ様にちゃんと好きって言いたいもん!」

「―――!」

 シヴァが凍りついたように動きを止める。

 沙良はその隙に、素早く小瓶の蓋を開けた。

「沙良っ」

 シヴァが気づいて慌てて小瓶を取り上げようと手を伸ばしてくる。

 しかし、沙良はそれよりも一歩早く、小瓶の中の液体を飲み干した。

 液体は蜂蜜のように甘かった。

「は、吐き出せ! 沙良!」

 シヴァが沙良の顎を掴んで、無理やり口を開けさせようとする。

 しかし、こくんと液体を嚥下した沙良は、シヴァを見上げてニコリと微笑む。そして――

「沙良っ!」

 シヴァの悲鳴のような声ははじめてきいたなと思いながら、――沙良の意識は、闇に飲まれた。
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