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離宮の夜は大混乱!?

離宮は今日も大騒ぎ 3

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 次の日――

 目が覚めた沙良がシヴァのいる部屋に戻ったとき、シヴァはものすごく機嫌が悪そうだった。

「どうかしたんですか?」

 ジェイルたちなら回れ右をして部屋から出て行きたくなるような様子のシヴァに、沙良は動じることなく声をかける。この世界に来た当初怖くて仕方がなかったシヴァだが、一緒に生活して優しいということを知った沙良は、多少シヴァの機嫌が悪くても気にならなくなった。機嫌が悪くても沙良に向かって当たり散らすようなことはしないからだ。

 沙良がそばによれば、シヴァは心なしか穏やかな表情を作る。それでも深く刻まれている眉間の皺に、沙良は首をひねった。

「疲れているんですか?」

 なんとなくそんな気がしただけなのだが、どうやら当たっていたらしい。シヴァは頷くと、隣に座った沙良の頭をぽんぽんと撫でた。

「寝不足なだけだ」

「寝不足?」

 ジェイルとバードが明け方までシヴァの部屋でプロポーズの作戦を練っていたことなど知らない沙良は、どうして寝不足なんだろうと不思議に思う。さらに、どうしてプロポーズしなかったんだと酔った二人にさんざん絡まれてシヴァの機嫌が最悪なのだが、それも沙良が知るよしのないことだ。

 夜中に見回りに来た時に聞こえ漏れた声でなんとなく事情を知っっているゼノが、シヴァと沙良の目の前に朝食を用意しながら小さく笑った。

「昨夜は災難でございましたね」

 同情していると言うよりは面白そうに言ったゼノに、シヴァは恨みがましい視線を向けた。

「気づいたなら止めてくれ」

「私が口を挟んだところで、昨日のあの様子でしたら止まらなかったと思いますよ」

 確かにそうかもしれない。首を傾げている沙良の横で、シヴァは嘆息する。

 本当ならば、静かに過ごすために離宮を訪れたのだが、とんだ騒動に巻き込まれ、ようやく終わったと思えばジェイルたちに絡まれて、まったく静かにすごせていない。

 プロポーズでもなんでもいいから、さっさとすませて、早くここから出て行ってほしい。

 シヴァの心の声が聞こえたのか、沙良のためにミルクティを入れながら、ゼノが言う。

「残念ながら、もうしばらくかかりそうですよ」

「なに?」

「プロポーズにはシチュエーションが大事だそうです。絶対に頷いていただける最高のプロポーズを探求すると、朝、お二人でお話しされていましたよ」

「……馬鹿じゃないのか」

「それだけ、大切になさりたいのでしょう」

 シヴァはうんざりした。つまりは、あの二人が「最高の」プロポーズのシチュエーションとやらに行きつくまで、いつまでもここに入り浸ると言うことだろうか。地下に住みついているジェイルはともかくとして、四人もここに住みつかれては鬱陶しくてかなわない。

 離宮に来たのは間違いだったか―――、とシヴァが頭痛を覚えた、そのとき。

「ジェイルの、ばかああああああっ!」

 エルザの怒り狂った絶叫が聞こえてきて、沙良は口に入れたイチゴをのどに詰まらせた。

 けほけほとせき込む沙良の背中をさすりながら、シヴァが顔をしかめる。

「なんなんだいったい」

 唖然としていると、エルザに追い立てられたのだろうか、大慌てのジェイルが部屋に飛び込んできた。

「シヴァ様、少しかくまってください!」

 ひっぱたかれたのだろうか。ジェイルの左頬には真っ赤な手形がくっきりと浮かび上がっている。

 ようやくのどに詰まったイチゴが取れた沙良は、涙目でジェイルを見上げた。

「何があったんですか?」

「い、いや、ちょっと誤解が……」

「誤解?」

 何の誤解だろうと考えていると、「ジェイル!」と叫びながらエルザまで部屋に飛び込んできて、ジェイルがシヴァと沙良の座るソファの背もたれのうしろに非難する。

「ジェイル! あんたまた、メイドに血を飲ませてくれって言ったわねっ」

「違う! 誤解だ! 言ってないっ。僕はただ、君の血は美味しそうだって言っただけ……」

「一緒じゃないのっ!」

「う、うわあああああっ」

 エルザに追いかけられて、ジェイルがバタバタと部屋の中を走り回る。

 ぴきぴきっとシヴァのこめかみに青筋が浮かぶのを沙良は見た。

(あーあ……)

 ただでさえ機嫌が悪かったのに、なんて間の悪い。

 シヴァは無言で立ち上がると、走り回るジェイルに足払いをかけて転がすと、カエルがつぶれたような声を上げて顔面から床に突っ伏したジェイルの首根っこを掴んでエルザに向かって放り投げる。

「きゃあああっ」

 長身のジェイルを受け止めきれるはずのないエルザは、飛んできたジェイルもろとも床の上に倒れこんだ。

「エルザさん、大丈夫ですか!?」

 沙良がびっくりしてソファから立ち上がるが、エルザに駆けよるよりも早く、シヴァにひょいッと抱き上げられる。

「ふえ?」

 急に抱きかかえられて目を白黒させる沙良に、シヴァは不機嫌そうな顔のまま告げた。

「もういい。城に帰るぞ」

「え?」

「これ以上、こんな馬鹿騒ぎにつきあいきれるか!」

「ええ!?」

 よほど腹に据えかねたらしい。

 シヴァに抱えられたまま、沙良はおろおろとゼノを見たが、年配の離宮の管理人は、おそらくシヴァの行動は想定の範囲内だったのだろう、目じりに皺を寄せて穏やかに微笑むと、腰を折って頭を下げた。

「また、お待ちしております」

 こうして、沙良は、何が何だかわからないまま、慌ただしく城に帰る羽目になったのだった。
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