上 下
73 / 137
離宮の夜は大混乱!?

淋しそうな誘拐犯 2

しおりを挟む
「どういうことだ!?」

 シヴァの機嫌は恐ろしく悪かった。

 シヴァの、怒りを押し殺しきれない地を這うような低い声に、ジェイルはすくみ上がる。

 部屋の隅に控えているゼノまで真っ青になっており、ジェイルの隣に腰を下ろしているリリアはすでに泣きそうになっていた。

「それが、その……、僕にも正直、よくわからな……」

「はあ?」

 シヴァが片眉を跳ね上げると、ジェイルは「ひっ」と口の中で小さな悲鳴を上げた。まずい。本当に、まずい。魔王シヴァが本気で怒っている。

 この中で一番八つ当たりされやすいジェイルは、何とかシヴァの機嫌を直す方法を考えるが、どれだけ頭を悩ませても、そんな妙案は絞り出せなかった。

 無理もない。なぜならジェイルにも、狐につままれたように、さっぱり状況が理解できないからだ。

 シヴァはゼノに視線を投げた。

「沙良がいなくなったのはいつからだ」

 ゼノは青い顔をしたまま答えた。

「昼……、前でしょうか。エルザの部屋にポタージュを持っていくとおっしゃられて、エルザの部屋に入ったところまではメイドたちも覚えているそうです。けれども、そのまま、部屋から出てくる気配がなく、それならばとエルザの部屋に沙良様の分の昼食も持って部屋に入ったときには、もう、部屋の中には誰もいなかったそうです。沙良様も、エルザも……」

 けれど、見張りもかねて部屋の扉の前にいたメイドは、部屋の扉があくのは見ていない、とゼノが言えば、シヴァの眉間にしわが寄った。

 エルザを軟禁していた部屋は二階で、窓からは出られないようにしてあった。部屋から出るには廊下へ続く扉を使うしか方法はなく、その扉の前には常にメイドかゼノがいて、エルザが出て行けないようにしていた。

「……どういうことだ」

 シヴァは小さく舌打ちする。

 エルザはともかく、沙良までいなくなったというのが府に落ちない。というか、シヴァにとってエルザがいなくなろうがどうしようがどうだっていい。問題は沙良がいなくなったということだ。

 シヴァはジロリとジェイルを睨んだ。

「探したんだろうな?」

「部屋も地下も、周囲の森もすべて探しました。でも、どこにもいないんです……」

「役立たずめ!」

 シヴァは吐き捨てると、大股で部屋を横切って扉を開けた。

「シヴァ様、どちらへ……?」

 リリアが小さな声で訊ねる。

 シヴァは肩越しに振り返り、

「エルザを閉じ込めていた部屋だ。沙良を最後に見たのはあの部屋なんだろう?」

 そのまま、三人を無視して部屋を出て行く。

 慌ててジェイルたちもシヴァを追いかけて、エルザを軟禁していた部屋へと入る。

 部屋の中は、ゼノがあえて物を動かさないようにと指示を出していたので、沙良とエルザがいなくなったことに気がついた時のままだった。

 テーブルの上にティーカップがおいてある。焼き菓子の乗った皿、鍵のかかった窓、からのスープ皿――

 一見したところ、特におかしなところはどこにもない。

 シヴァは部屋の中を歩き回ると、ふとソファの手前で足を止めた。体をかがめて、ソファの足の下に転がっていたものを拾い上げる。

 それは、小さなガラスの小瓶だった。

「……これは?」

 小瓶の蓋はなく、中身は空っぽだ。

 ジェイルが近寄ってシヴァの手元を見、小さく首を振る。

「なんですかね。僕にはよくわかりませんが……」

 シヴァはおもむろに小瓶を鼻に近づけると匂いを嗅ぎ、首をひねる。

「甘いにおいがするな。だが、砂糖や蜂蜜などの類じゃない……。花のようだが、香水でもない……」

「少し、見せていただけませんか?」

 リリアはシヴァの手から小瓶を受け取ると、しばらくそれを見つめたのち、「やっぱり」とつぶやいた。

「シヴァ様、これ、バードの屋敷にあったものを似ています。彼はこういう小瓶を何個か持っていて、本棚に並べていましたから……。入っているのは薬だって聞いたことがあります。詳しいことは知りませんけど……」

「バードか……」

 シヴァはリリアの手から小瓶と取り戻すと、中を見やって息をついた。

「微かに中身が残っている。先に、この中に入ったものが何だったのかを調べた方がいいな。ジェイル、お前はもうしばらくこの近辺を捜索しろ」

「はい」

 シヴァは夜の闇に覆われている窓の外を見やって、ぐっと小瓶を握りしめた。

「……沙良」
 半日とはいえ、沙良を一人にするのではなかった。

(沙良に何かあったら……、許さないからな、エルザ)

 そんなシヴァを嘲笑あざわらうかのように、遠くからふくろうの鳴き声が聞こえてきた――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...