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離宮の夜は大混乱!?
淋しそうな誘拐犯 2
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「どういうことだ!?」
シヴァの機嫌は恐ろしく悪かった。
シヴァの、怒りを押し殺しきれない地を這うような低い声に、ジェイルはすくみ上がる。
部屋の隅に控えているゼノまで真っ青になっており、ジェイルの隣に腰を下ろしているリリアはすでに泣きそうになっていた。
「それが、その……、僕にも正直、よくわからな……」
「はあ?」
シヴァが片眉を跳ね上げると、ジェイルは「ひっ」と口の中で小さな悲鳴を上げた。まずい。本当に、まずい。魔王シヴァが本気で怒っている。
この中で一番八つ当たりされやすいジェイルは、何とかシヴァの機嫌を直す方法を考えるが、どれだけ頭を悩ませても、そんな妙案は絞り出せなかった。
無理もない。なぜならジェイルにも、狐につままれたように、さっぱり状況が理解できないからだ。
シヴァはゼノに視線を投げた。
「沙良がいなくなったのはいつからだ」
ゼノは青い顔をしたまま答えた。
「昼……、前でしょうか。エルザの部屋にポタージュを持っていくとおっしゃられて、エルザの部屋に入ったところまではメイドたちも覚えているそうです。けれども、そのまま、部屋から出てくる気配がなく、それならばとエルザの部屋に沙良様の分の昼食も持って部屋に入ったときには、もう、部屋の中には誰もいなかったそうです。沙良様も、エルザも……」
けれど、見張りもかねて部屋の扉の前にいたメイドは、部屋の扉があくのは見ていない、とゼノが言えば、シヴァの眉間にしわが寄った。
エルザを軟禁していた部屋は二階で、窓からは出られないようにしてあった。部屋から出るには廊下へ続く扉を使うしか方法はなく、その扉の前には常にメイドかゼノがいて、エルザが出て行けないようにしていた。
「……どういうことだ」
シヴァは小さく舌打ちする。
エルザはともかく、沙良までいなくなったというのが府に落ちない。というか、シヴァにとってエルザがいなくなろうがどうしようがどうだっていい。問題は沙良がいなくなったということだ。
シヴァはジロリとジェイルを睨んだ。
「探したんだろうな?」
「部屋も地下も、周囲の森もすべて探しました。でも、どこにもいないんです……」
「役立たずめ!」
シヴァは吐き捨てると、大股で部屋を横切って扉を開けた。
「シヴァ様、どちらへ……?」
リリアが小さな声で訊ねる。
シヴァは肩越しに振り返り、
「エルザを閉じ込めていた部屋だ。沙良を最後に見たのはあの部屋なんだろう?」
そのまま、三人を無視して部屋を出て行く。
慌ててジェイルたちもシヴァを追いかけて、エルザを軟禁していた部屋へと入る。
部屋の中は、ゼノがあえて物を動かさないようにと指示を出していたので、沙良とエルザがいなくなったことに気がついた時のままだった。
テーブルの上にティーカップがおいてある。焼き菓子の乗った皿、鍵のかかった窓、からのスープ皿――
一見したところ、特におかしなところはどこにもない。
シヴァは部屋の中を歩き回ると、ふとソファの手前で足を止めた。体をかがめて、ソファの足の下に転がっていたものを拾い上げる。
それは、小さなガラスの小瓶だった。
「……これは?」
小瓶の蓋はなく、中身は空っぽだ。
ジェイルが近寄ってシヴァの手元を見、小さく首を振る。
「なんですかね。僕にはよくわかりませんが……」
シヴァはおもむろに小瓶を鼻に近づけると匂いを嗅ぎ、首をひねる。
「甘いにおいがするな。だが、砂糖や蜂蜜などの類じゃない……。花のようだが、香水でもない……」
「少し、見せていただけませんか?」
リリアはシヴァの手から小瓶を受け取ると、しばらくそれを見つめたのち、「やっぱり」とつぶやいた。
「シヴァ様、これ、バードの屋敷にあったものを似ています。彼はこういう小瓶を何個か持っていて、本棚に並べていましたから……。入っているのは薬だって聞いたことがあります。詳しいことは知りませんけど……」
「バードか……」
シヴァはリリアの手から小瓶と取り戻すと、中を見やって息をついた。
「微かに中身が残っている。先に、この中に入ったものが何だったのかを調べた方がいいな。ジェイル、お前はもうしばらくこの近辺を捜索しろ」
「はい」
シヴァは夜の闇に覆われている窓の外を見やって、ぐっと小瓶を握りしめた。
「……沙良」
半日とはいえ、沙良を一人にするのではなかった。
(沙良に何かあったら……、許さないからな、エルザ)
そんなシヴァを嘲笑うかのように、遠くから梟の鳴き声が聞こえてきた――
シヴァの機嫌は恐ろしく悪かった。
シヴァの、怒りを押し殺しきれない地を這うような低い声に、ジェイルはすくみ上がる。
部屋の隅に控えているゼノまで真っ青になっており、ジェイルの隣に腰を下ろしているリリアはすでに泣きそうになっていた。
「それが、その……、僕にも正直、よくわからな……」
「はあ?」
シヴァが片眉を跳ね上げると、ジェイルは「ひっ」と口の中で小さな悲鳴を上げた。まずい。本当に、まずい。魔王シヴァが本気で怒っている。
この中で一番八つ当たりされやすいジェイルは、何とかシヴァの機嫌を直す方法を考えるが、どれだけ頭を悩ませても、そんな妙案は絞り出せなかった。
無理もない。なぜならジェイルにも、狐につままれたように、さっぱり状況が理解できないからだ。
シヴァはゼノに視線を投げた。
「沙良がいなくなったのはいつからだ」
ゼノは青い顔をしたまま答えた。
「昼……、前でしょうか。エルザの部屋にポタージュを持っていくとおっしゃられて、エルザの部屋に入ったところまではメイドたちも覚えているそうです。けれども、そのまま、部屋から出てくる気配がなく、それならばとエルザの部屋に沙良様の分の昼食も持って部屋に入ったときには、もう、部屋の中には誰もいなかったそうです。沙良様も、エルザも……」
けれど、見張りもかねて部屋の扉の前にいたメイドは、部屋の扉があくのは見ていない、とゼノが言えば、シヴァの眉間にしわが寄った。
エルザを軟禁していた部屋は二階で、窓からは出られないようにしてあった。部屋から出るには廊下へ続く扉を使うしか方法はなく、その扉の前には常にメイドかゼノがいて、エルザが出て行けないようにしていた。
「……どういうことだ」
シヴァは小さく舌打ちする。
エルザはともかく、沙良までいなくなったというのが府に落ちない。というか、シヴァにとってエルザがいなくなろうがどうしようがどうだっていい。問題は沙良がいなくなったということだ。
シヴァはジロリとジェイルを睨んだ。
「探したんだろうな?」
「部屋も地下も、周囲の森もすべて探しました。でも、どこにもいないんです……」
「役立たずめ!」
シヴァは吐き捨てると、大股で部屋を横切って扉を開けた。
「シヴァ様、どちらへ……?」
リリアが小さな声で訊ねる。
シヴァは肩越しに振り返り、
「エルザを閉じ込めていた部屋だ。沙良を最後に見たのはあの部屋なんだろう?」
そのまま、三人を無視して部屋を出て行く。
慌ててジェイルたちもシヴァを追いかけて、エルザを軟禁していた部屋へと入る。
部屋の中は、ゼノがあえて物を動かさないようにと指示を出していたので、沙良とエルザがいなくなったことに気がついた時のままだった。
テーブルの上にティーカップがおいてある。焼き菓子の乗った皿、鍵のかかった窓、からのスープ皿――
一見したところ、特におかしなところはどこにもない。
シヴァは部屋の中を歩き回ると、ふとソファの手前で足を止めた。体をかがめて、ソファの足の下に転がっていたものを拾い上げる。
それは、小さなガラスの小瓶だった。
「……これは?」
小瓶の蓋はなく、中身は空っぽだ。
ジェイルが近寄ってシヴァの手元を見、小さく首を振る。
「なんですかね。僕にはよくわかりませんが……」
シヴァはおもむろに小瓶を鼻に近づけると匂いを嗅ぎ、首をひねる。
「甘いにおいがするな。だが、砂糖や蜂蜜などの類じゃない……。花のようだが、香水でもない……」
「少し、見せていただけませんか?」
リリアはシヴァの手から小瓶を受け取ると、しばらくそれを見つめたのち、「やっぱり」とつぶやいた。
「シヴァ様、これ、バードの屋敷にあったものを似ています。彼はこういう小瓶を何個か持っていて、本棚に並べていましたから……。入っているのは薬だって聞いたことがあります。詳しいことは知りませんけど……」
「バードか……」
シヴァはリリアの手から小瓶と取り戻すと、中を見やって息をついた。
「微かに中身が残っている。先に、この中に入ったものが何だったのかを調べた方がいいな。ジェイル、お前はもうしばらくこの近辺を捜索しろ」
「はい」
シヴァは夜の闇に覆われている窓の外を見やって、ぐっと小瓶を握りしめた。
「……沙良」
半日とはいえ、沙良を一人にするのではなかった。
(沙良に何かあったら……、許さないからな、エルザ)
そんなシヴァを嘲笑うかのように、遠くから梟の鳴き声が聞こえてきた――
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