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婚約していないのに婚約破棄された私
帰還とデート 5
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「いつも可愛いけど、今日のアドリーヌはまた雰囲気が違うね。その髪型、とても似合っているよ」
フェヴァン様が馬車の背もたれにぐったりと体を預けているわたしを見ながら、くすくすと笑った。
どうやら、慣れない支度にわたしが疲れていると受け取ったらしい。
フェヴァン様がふわふわに巻かれたわたしの髪を一房手に取って、そっとその毛先に口づける。突然の行動にわたしはぶわっと顔が熱くなった。
「おしゃれをしてくれて嬉しいよ」
さっきは世の中の女性はしたたかだと怖くなったものが、世の中の男性も、デートでこんな風に女性を褒めるのだろうかと恐ろしくなった。
あわあわしていると、きゅっと手が繋がれる。
「昼食にはまだ早いし、先に行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「は、はい……」
まだ出かけの馬車の中なのにすでにいっぱいいっぱいだ。
火照る頬を自覚しながら頷けば、フェヴァン様が御者に行き先を告げた。どこかのお店の名前のようだが、わたしはあまり買い物をしないのでよくわからない。
貴族街を抜け、王都に引き入れられている運河の橋を渡れば、商店が立ち並ぶエリアに出る。
石造りの背の高い建物が、整然と区画整理された中に立ち並び、広い道には大勢の人が行き交っていた。
目的のお店の前で馬車が停まると、フェヴァン様が迎えの時間と場所を告げて馬車を帰らせる。指定された時間が夕方だったので、このお店での用事が終わった後はのんびりと歩いて町を散策するつもりなのだろう。
フェヴァン様に手を取られて、艶のある茶色い扉を押し開ける。
チリンと軽やかにドアベルが鳴った。
ショーケースが縦一列に並び、ショーケースの奥には丸眼鏡をかけた五十歳前後の男性が立っている。どうやらここは眼鏡屋のようだった。
「フェヴァン様、眼鏡を買うんですか?」
「俺のじゃなくて君のだけどね」
「わたしの?」
わたしは眼鏡をかけているが視力はいい方だ。今の眼鏡も度は入っていない。
怪訝がっていると、ショーケースの奥にいた男性がにこにこしながらこちらまで歩いてきた。
「女性ものの眼鏡ですね」
「ああ。おしゃれ用の眼鏡だから、度が入っていないものをたのむよ」
「かしこまりました」
「あ、あの、フェヴァン様?」
話が見えてこなくて首をひねると、フェヴァン様がにこりと笑った。
「アドリーヌはいつも眼鏡をかけているだろう? だから眼鏡を贈らせてほしいんだ。アクセサリーも考えたんだけど、アドリーヌの場合アクセサリーより眼鏡の方がずっと身に着けていてくれるだろうからね」
やっぱり話が見えてこない。
「あの……つまり?」
「自分が贈ったものをずっと身に着けていてほしいなという、俺の独占欲だよ」
おかしそうな顔をしたフェヴァン様が茶目っ気たっぷりに片目をつむる。
ぶわわっと、ようやく落ち着いたと思った顔の熱がぶり返してきて、わたしは思わず視線を落とした。
平然と、なんてことを言うのだろうか。
恥ずかしいからやめましょうと言いたいのに、恥ずかしすぎてごにょごにょと言葉にならないつぶやきしか出てこない。
そうこうしているうちに男性がいくつかの眼鏡を持って来た。
どれも赤や薄い茶色、緑、オレンジなどの華やかなフレームの眼鏡だ。
「若い女性の間では、ここ数年ほど大きめの眼鏡が流行っているんですよ。丸よりは長方形の……このあたりが、お嬢様には似合いそうですね」
男性がおすすめしてきたのは、大きめの長方形型の眼鏡で、フレームは赤い色をしていた。
フェヴァン様がひょいっとわたしがかけていた眼鏡をはずして、赤い眼鏡を当てて来る。
「いいね。鏡ある?」
「こちらに」
男性から手鏡を受け取ったフェヴァン様がわたしに鏡を見せて来る。
「どう? 似合うと思うけど。今までの眼鏡より顔色が明るく見えるし、髪の色とも合っていると思うよ」
「え、ええっと……」
確かに、この眼鏡は可愛いと思う。
でもわたしにとって眼鏡は瞳の色を目立たなくするためにかけていただけのものなので、可愛さを求めているわけではない。
ない、のだけど……。
「可愛い」
赤いフレームの眼鏡をかけたわたしの顔を覗き込んで、フェヴァン様がとろけるような笑みを浮かべるから、わたしは眼鏡をお断りできなくなってしまって――
「できれば今日からその眼鏡を使ってほしいな」
照れている間に、フェヴァン様がさっさとお会計をすませてしまっていた。
フェヴァン様が馬車の背もたれにぐったりと体を預けているわたしを見ながら、くすくすと笑った。
どうやら、慣れない支度にわたしが疲れていると受け取ったらしい。
フェヴァン様がふわふわに巻かれたわたしの髪を一房手に取って、そっとその毛先に口づける。突然の行動にわたしはぶわっと顔が熱くなった。
「おしゃれをしてくれて嬉しいよ」
さっきは世の中の女性はしたたかだと怖くなったものが、世の中の男性も、デートでこんな風に女性を褒めるのだろうかと恐ろしくなった。
あわあわしていると、きゅっと手が繋がれる。
「昼食にはまだ早いし、先に行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「は、はい……」
まだ出かけの馬車の中なのにすでにいっぱいいっぱいだ。
火照る頬を自覚しながら頷けば、フェヴァン様が御者に行き先を告げた。どこかのお店の名前のようだが、わたしはあまり買い物をしないのでよくわからない。
貴族街を抜け、王都に引き入れられている運河の橋を渡れば、商店が立ち並ぶエリアに出る。
石造りの背の高い建物が、整然と区画整理された中に立ち並び、広い道には大勢の人が行き交っていた。
目的のお店の前で馬車が停まると、フェヴァン様が迎えの時間と場所を告げて馬車を帰らせる。指定された時間が夕方だったので、このお店での用事が終わった後はのんびりと歩いて町を散策するつもりなのだろう。
フェヴァン様に手を取られて、艶のある茶色い扉を押し開ける。
チリンと軽やかにドアベルが鳴った。
ショーケースが縦一列に並び、ショーケースの奥には丸眼鏡をかけた五十歳前後の男性が立っている。どうやらここは眼鏡屋のようだった。
「フェヴァン様、眼鏡を買うんですか?」
「俺のじゃなくて君のだけどね」
「わたしの?」
わたしは眼鏡をかけているが視力はいい方だ。今の眼鏡も度は入っていない。
怪訝がっていると、ショーケースの奥にいた男性がにこにこしながらこちらまで歩いてきた。
「女性ものの眼鏡ですね」
「ああ。おしゃれ用の眼鏡だから、度が入っていないものをたのむよ」
「かしこまりました」
「あ、あの、フェヴァン様?」
話が見えてこなくて首をひねると、フェヴァン様がにこりと笑った。
「アドリーヌはいつも眼鏡をかけているだろう? だから眼鏡を贈らせてほしいんだ。アクセサリーも考えたんだけど、アドリーヌの場合アクセサリーより眼鏡の方がずっと身に着けていてくれるだろうからね」
やっぱり話が見えてこない。
「あの……つまり?」
「自分が贈ったものをずっと身に着けていてほしいなという、俺の独占欲だよ」
おかしそうな顔をしたフェヴァン様が茶目っ気たっぷりに片目をつむる。
ぶわわっと、ようやく落ち着いたと思った顔の熱がぶり返してきて、わたしは思わず視線を落とした。
平然と、なんてことを言うのだろうか。
恥ずかしいからやめましょうと言いたいのに、恥ずかしすぎてごにょごにょと言葉にならないつぶやきしか出てこない。
そうこうしているうちに男性がいくつかの眼鏡を持って来た。
どれも赤や薄い茶色、緑、オレンジなどの華やかなフレームの眼鏡だ。
「若い女性の間では、ここ数年ほど大きめの眼鏡が流行っているんですよ。丸よりは長方形の……このあたりが、お嬢様には似合いそうですね」
男性がおすすめしてきたのは、大きめの長方形型の眼鏡で、フレームは赤い色をしていた。
フェヴァン様がひょいっとわたしがかけていた眼鏡をはずして、赤い眼鏡を当てて来る。
「いいね。鏡ある?」
「こちらに」
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「どう? 似合うと思うけど。今までの眼鏡より顔色が明るく見えるし、髪の色とも合っていると思うよ」
「え、ええっと……」
確かに、この眼鏡は可愛いと思う。
でもわたしにとって眼鏡は瞳の色を目立たなくするためにかけていただけのものなので、可愛さを求めているわけではない。
ない、のだけど……。
「可愛い」
赤いフレームの眼鏡をかけたわたしの顔を覗き込んで、フェヴァン様がとろけるような笑みを浮かべるから、わたしは眼鏡をお断りできなくなってしまって――
「できれば今日からその眼鏡を使ってほしいな」
照れている間に、フェヴァン様がさっさとお会計をすませてしまっていた。
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