上 下
17 / 36
婚約していないのに婚約破棄された私

魔物討伐 4

しおりを挟む
 お父様の採取もひと段落し、後は夜を待つだけになった。
 マンドラゴラも、音を封じる結界で閉じ込めて討伐したのでそれほど苦労もなく素材を手に入れることができた。小さな魔石も手に入ったのでこれはお母様のお土産にする。

 川の近くの開けた場所に簡易テントを張って、その周りに念のために結界を張る。
 持って来ていたパンと、フェヴァン様が川で捕って来た魚で食事をとったあと、だんだんと宵闇に包まれつつある空を見ながら、わたしとフェヴァン様は休憩を取った。

 ちなみにお父様は、休憩前にわたしが素材を邸の玄関に転送すると、革袋があいたからと言ってこの近くでまた素材採取をはじめている。

「そういえばフェヴァン様は、いつまで我が家に滞在なさるんですか?」

 もうかれこれ二週間である。ルヴェシウス侯爵家の嫡男である彼が、いつまでもこんなところで油を売っていていいはずがないだろう。社交もあれば仕事もあるはずだ。

「三週間ほど休みをもらったからあと一週間は大丈夫だよ」
「王太子殿下権限ですか?」
「そう。俺、殿下付きだから」

 つまり、王太子殿下の側近と言うことだ。留学から戻って来たばかりの側近が、早々にまとまった休みを取ってもいいのだろうか。

 ……まあ、殿下もあの噂を早急に何とかしたいんでしょうけど、でもねえ。

 いくら父親が宰相でも、あまり自由にしていたら周囲の目も厳しいものになるだろう。
 ちょっと心配になったけれど、だったらさっさと婚約しろと言われたら困るので黙っておく。

 ……それにしても、いつになったら諦めるのかしら?

 はじまりは最悪だったが、わたしはフェヴァン様が嫌いなわけではない。好きだ嫌いだと判断できるほど彼を知らないこともあるが、誠実でいい方だとは思う。頓珍漢ではあったが、振る相手に批判が行かないように、自分が泥をかぶろうとする優しさもある。まあ、それで「男が好きだ」という発言をするあたり意味はわからないが。

 もし彼が、宰相家ではなく、どこかの伯爵家とか、それ以下の身分であれば、わたしも求婚を受け入れていたかもしれない。
 わたしは容姿にまったく自信はないけれど、魔術の才能と伯爵令嬢という身分がある。大貴族相手でなければ、求婚者が現れるなんて運がよかったなと素直に嫁いだだろう。
 でも、わたしにはルヴェシウス侯爵家に嫁げる器量はない。
 フェヴァン様がいい方だからこそ、早々にわたしに見切りをつけて去ってほしかった。わたしが彼に惹かれる前に。

「寒くない?」

 空を見上げてぼーっとしていると、肩にふわりと温かいものが掛けられた。それはフェヴァン様の上着だった。
 驚いて彼に視線を映せば、優しい微笑みを浮かべている。

「ありがとうございます。でも、フェヴァン様が寒くないですか?」
「俺は暑がりだから気にしないで。可愛いアドリーヌが風邪を引いたら大変だからね」
「またそんなことを……」

 わたしのことを可愛いなんて言うのは、家族以外でフェヴァン様だけだ。
 フェヴァン様からすれば、わたしなんて毛色の違う猫のようなものなのだと思う。普通の令嬢とちょっと違うから……珍しいから興味を持っているだけで、きっとそのうち飽きるはずだ。だから、彼の優しさを素直に受け取ってはいけない。勘違いしてはいけない。わかっているのだけれど、優しくされると勘違いしそうになる。

「ねえアドリーヌ。俺は何も今すぐ結婚しようとか、そういうつもりはないよ。婚約だって、婚約することを前提に考えてほしいとは思うけど、そう重たくとらえなくてもいい。もっと気楽に……そうだな、俺とお試しで付き合ってみるとか、そういうのでもダメなのだろうか?」
「それ、は……」
「お試しもしたくないほど、俺のことが嫌い?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「まずは付き合ってみて、俺のことをよく知ってほしいと思うんだ。だめかな?」
「ええっと……」

 出かけにお母様が余計なことを吹き込んだからだろうか。今日はいつにも増してぐいぐいくる。
 貴族の結婚は政略結婚が主だ。恋愛結婚をする夫婦がまったくいないというわけではないけれど、割合としては少ない。
 お父様とお母様は恋愛結婚らしいから少数派で、昔から仲がよかったから、幼い頃はわたしもそういう結婚がしたいと夢見たこともあった。
 だけど現実を知った今、そんな我儘を言うつもりは毛頭ない。

 何がいいたいかと言うと、政略結婚が主な貴族社会において、お試しで付き合う、なんて言い出す男性はまれだということだ。
 お遊びで付き合う、と言うのならばよく聞く話だが、結婚を視野にお試しで付き合おうなんて……まるで、恋愛しようと誘われているように聞こえるのはわたしだけだろうか。
 わたしが黙り込んでいると、フェヴァン様がわたしの頬を撫でる。彼はわたしの頬を撫でるのが好きらしい。よく触られるなと思う。

「そんなに難しい提案をしたつもりはないんだけど……」

 フェヴァン様にはそうかもしれないけれど、わたしには充分に難しい提案だった。

 ……だって、お試しで付き合ってみて、フェヴァン様を好きになっちゃったらどうするの?

 その状態でお試し期間が終わって、フェヴァン様がやっぱりわたしなんていらないって思ったら、わたしはどうしたらいいの?

「少し……考えてからお答えしてもいいですか?」
「うん、いいよ。まあ、俺は諦めるつもりなんてないんだけどね」

 フェヴァン様がそう言って、すっかり暗くなった空を見上げた。

「月が出てきた。そろそろいい時間かな? ……そういえば君のお父上はどこに行ったのだろう?」

 わたしはハッとして、周囲に視線を這わせ、がっくりと肩を落とした。

「きっと、素材採取に夢中になって、ここから離れて行っちゃったんだと思います……」

 帰ったらお母様に叱ってもらおうと心に決めて、わたしはお父様を探すべく、探索の魔術を発動させた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。 それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。 そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

第一王子様は、妹だけいれば婚約者の事なんてどうでもいいそうです

新野乃花(大舟)
恋愛
エディン第一王子はエミリアとの婚約関係を有していながら、何をするにも自身の妹であるユリアの事ばかりを優先していた。ある日の事、ユリアによってそそのかされたエディンはユリアの頼みを聞くがままにエミリアの事を婚約破棄、追放してしまう。しかし実はユリアはエディンの事は何とも思っておらず、王宮騎士であるノドレーの事が好きで、彼に近づくために婚約破棄を演出したに過ぎなかった。しかし当のノドレーが好きなのはユリアではなくエミリアの方であり…。

私から婚約者を奪うことに成功した姉が、婚約を解消されたと思っていたことに驚かされましたが、厄介なのは姉だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
ジャクリーン・オールストンは、婚約していた子息がジャクリーンの姉に一目惚れしたからという理由で婚約を解消することになったのだが、そうなった原因の贈られて来たドレスを姉が欲しかったからだと思っていたが、勘違いと誤解とすれ違いがあったからのようです。 でも、それを全く認めない姉の口癖にもうんざりしていたが、それ以上にうんざりしている人がジャクリーンにはいた。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

幼なじみが誕生日に貰ったと自慢するプレゼントは、婚約者のいる子息からのもので、私だけでなく多くの令嬢が見覚えあるものでした

珠宮さくら
恋愛
アニル国で生まれ育ったテベンティラ・ミシュラは婚約者がいなかったが、まだいないことに焦ってはいなかった。 そんな時に誕生日プレゼントだとブレスレットを貰ったことを嬉しそうに語る幼なじみに驚いてしまったのは、付けているブレスレットに見覚えがあったからだったが、幼なじみにその辺のことを誤解されていくとは思いもしなかった。 それに幼なじみの本性をテベンティラは知らなさすぎたようだ。

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

処理中です...