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婚約していないのに婚約破棄された私
不名誉な噂と求婚 3
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「損害賠償は請求しましたが、やはり、印刷されたものを止めることはできないそうです」
わたしがダイニングに入った時、ロビンソンがそんなことを言っていた。
どう考えてもわたしの手にある新聞の話だろう。
……ロビンソン、この短い時間で損害賠償まで請求したのね。
さすがやり手である。新聞社相手に損害賠償まで請求するなんて、一体どんな手を使ったのだか。
「やっぱりそうよね。まあ、印刷されたものを回収できても、読んだ人間の記憶を消すなんて無理だもの。……くそ忌々しい」
お口の悪いお姉様が、チッと舌打ちする。
わたしが席に着くと、メイドたちが昼食を運んでくれた。
我がカンブリーヴ伯爵家は、特別お金持ちというわけではないけれど、伯爵家という身分に恥じないだけの暮らしはできる、貴族の中では身分も経済力も中堅どころである。言い換えれば、まあ、普通。そんな家だ。
一応タウンハウスにもカントリーハウスにも専属の料理人を雇っており、特別広くもないが狭くもない邸の管理を維持できるだけの使用人がいる。
領地は中くらいの町一つとその周辺の土地で広くはないのだけれど、お母様が魔道具でいくつかの特許を持っているのよね。その収入がなかなか大きいし、お父様はお父様で、魔術師としての才能はいまいちだけど、魔法薬の開発に関しては名が通った研究者だ。
城仕えはしていないけれど、国の運営する研究所に籍を置いていたし、体調を崩して研究所を退所した後も、お父様の功績に値するだけの年給が国から支払われている。
だから、お金にはあまり困っていない。
ただ、ベルクール国は特許に対する収入は次代に相続できないので、お母様やお父様が亡くなった後のことは今から考えておく必要もあるのだけれど。
……うちは男の兄弟がいないから、お姉様とマリオットが継ぐことになるんだけど、お姉様は魔術の際は平凡だし、マリオットも似たり寄ったりだからね。
お父様やお母様と同じことはできないだろうから、このままいけば領地の収入だけでやりくりしなければならなくなるだろう。贅沢をしなければ充分生きていけるが、領地収入だけに頼るのは、正直心もとない。
何故ならうちの領地の領民は農業従事者が多く、天候などによってその年の税収が左右されるからだ。旱魃とか冷害とかが起きれば税収は半減するのである。
そのため、お母様が今、天候に左右されない室内栽培のための魔道具を開発中ではあるのだけれど、領地全体の農村地に室内栽培を取り入れるわけにもいかないから、これだけでどうにかなるものでもないだろう。
……まあおかげで、わたしの嫁ぎ先がなかなか決まらなくても、誰も嫌な顔をしないんだけどね。
実は、わたしはお母様と同じで、魔道具の特許を持っている。持っているのは一つだけだが、何を隠そう、わたしが持っている特許は、今まさにわたしを苦しめている新聞記事に使われている魔道具カメラである。
……自分で開発したもので恥をかかされるなんて、悲しすぎるわ。
とはいえ、この魔道具カメラはあちこちで非常に高評価を叩き出しており、国内のみならず国内にもよく売れている。
契約している商会を通して販売しているのだが、それなりに高価なため、一つ売れるごとにまとまったお金が入ってくるのだ。
それらのお金は、わたし名義で登録している銀行の貸金庫に入っているわけだが、わたしがカンブリーヴ伯爵家で暮らしている間は、何かあればそのお金を頼ることができる。
まあ、お姉様のことだから、わたしの収入はあてにしていないだろうけれど、万が一の保険くらいには考えているはずだ。
ゆえに、嫁ぎ遅れてもあまり肩身は狭くない……と、思いたい。
……とはいえ、一生ここで面倒を見てください、とは言えないわよねえ。
お父様やお母様が生きている間はまだいいけれど、爵位を婿のマリオットが継いだあとは同じようにはいくまい。
だから、いずれは結婚ないし、結婚しなくとも家から出ることを考えなければならないのだ。
それを考えれば、この新聞記事は、かなり痛い。
「これは、当分の間求婚者なんて現れないわね。まあ、もともと現れなかったけども」
わたしは生まれてから一度も求婚されたことがない。
恋人もいない。
平平凡凡な野暮ったい見た目で、社交性もゼロに等しく、お姉様に引きずられてパーティーに参加しても壁と同化している令嬢に声をかけるような奇特な男性はいないのだ。
そんな目立たない地味な令嬢が、とんでもない方法で目立ってくれたものである。
自分のことだけど、ついつい他人事のように思えるのは、昨日と今日で自分が置かれている状況ががらりと変わったからだろう。
……今年の社交界は地獄だわ。
パーティーに顔を出せば、そのたびに注目されて笑われるのだ。嫌すぎる。
「お姉様、わたし、領地に帰りたいんだけど……」
そんな思いをするくらいなら、今年の社交界は捨てたい。十八歳というそこそこいい年齢で、そろそろ真面目に婚約者を見つけなければ嫁かず後家、もしくは修道女まっしぐらになるけれども、それでも今年の社交界は避けたかった。
あちこちで恥ずかしい思いをしてまで、見込みのない恋人探しなんてしたくない。
「というかもういっそ、年の離れた男寡の後妻でもいいから、とっとと嫁ぎたくなってきたわ」
楽観的に考えれば、年の離れたおじさまもしくはおじい様に嫁げば、娘や孫のように溺愛してくれるかもしれない。よほど好色な相手でなければ、それほど嫌な暮らしでもない気がしてきた。欲を言えば、相手の娘や息子が優しければもっといい。
「あんた何言ってんの‼」
そんな能天気なことを言ったら、お姉様がどっかんと雷を落としてきた。
「年寄りのくせに十代の娘を後妻に取ろうなんて考えるヤツは碌な男じゃないわよ‼ 馬鹿なこと言ってないで現実を見なさい‼」
現実を見ているからこその発言だったのだが、それを言えばお姉様をもっと怒らしそうなので黙っておこう。
「それよりこれよ! これ、どうすんのよ! ルヴェシウス侯爵は何ておっしゃったの? まさか何の責任も取らないなんてことはないわよね⁉」
「そういえば、今度お詫びをするみたいなことは言っていた気がするけど……」
「じゃあついでに良縁持ってこいって言ってやんなさい‼ うら若き乙女の未来をぶっ潰したんだもの、それくらいしてもいいはずよ‼」
だからお姉様、お口が悪いわよ。
わたし以上にお姉様が激怒しているからか、不思議と冷静になれる。
……でもねお姉様、相手は家格が上の侯爵家よ。しかも宰相家。多少のお詫びはあるでしょうけど、結局こっちが泣き寝入りするだけになると思うのよねぇ。
まだお詫びをすると言っているだけましなくらいだ。
貴族社会は縦社会。他の侯爵家だったら、お詫びすらなかったかもしれない。なんたって、上が右と言えば正解が左でも右を向く、そういう社会だ。
「まあ、どんなお詫びになるかはわからないけど、領地に帰ってもいい?」
お姉様はしばらく考えこんだ後で、そっと息を吐き出した。
「……まあ、そうね。あんたも傷ついているんでしょうし、しばらくお父様とお母様に甘えてくればいいと思うわ。お母様の耳に入ったら、ルヴェシウス侯爵家を爆破するくらいしそうで怖いけど」
「冗談に聞こえないから本気でやめて」
キレた時のお母様は手に負えないのだ。なまじ力の強い魔術師であるがゆえに、キレたお母様が暴走すれば大惨事になる。
……昔。夫婦喧嘩で領地の邸の屋根が吹っ飛んだものね……。
お父様が本気で泣いてわたしの背中に隠れて助けを求めてきたほどに、あの喧嘩はヤバかった。なんとかお母様の魔術にわたしが対抗して相殺し、邸が全壊するのを防いだけれど、邸の中はぐっちゃぐちゃになった。
……あれは元に戻すのに苦労したわぁ。
だが、自宅だったからまだいいのだ。よそ様の家であれと同じことをしでかしたら大事である。
……領地に戻るのが不安になってきたわ。
領地に戻れば、どうして戻って来たのかと訊かれるはずだ。その際に馬鹿正直に理由を継げでもしたら、お母様がルヴェシウス侯爵家に乗り込みかねない。
これは領地に戻るにしても適当な言い訳を考えておかなくては。
「お母様ってば血の気が多いからねえ」
カラカラと笑うお姉様に、わたしは内心、その血の気の多さはしっかりとお姉様に遺伝しているわよと突っ込んで、もう一度新聞に目を向けると、はあと大きく息を吐き出した。
わたしがダイニングに入った時、ロビンソンがそんなことを言っていた。
どう考えてもわたしの手にある新聞の話だろう。
……ロビンソン、この短い時間で損害賠償まで請求したのね。
さすがやり手である。新聞社相手に損害賠償まで請求するなんて、一体どんな手を使ったのだか。
「やっぱりそうよね。まあ、印刷されたものを回収できても、読んだ人間の記憶を消すなんて無理だもの。……くそ忌々しい」
お口の悪いお姉様が、チッと舌打ちする。
わたしが席に着くと、メイドたちが昼食を運んでくれた。
我がカンブリーヴ伯爵家は、特別お金持ちというわけではないけれど、伯爵家という身分に恥じないだけの暮らしはできる、貴族の中では身分も経済力も中堅どころである。言い換えれば、まあ、普通。そんな家だ。
一応タウンハウスにもカントリーハウスにも専属の料理人を雇っており、特別広くもないが狭くもない邸の管理を維持できるだけの使用人がいる。
領地は中くらいの町一つとその周辺の土地で広くはないのだけれど、お母様が魔道具でいくつかの特許を持っているのよね。その収入がなかなか大きいし、お父様はお父様で、魔術師としての才能はいまいちだけど、魔法薬の開発に関しては名が通った研究者だ。
城仕えはしていないけれど、国の運営する研究所に籍を置いていたし、体調を崩して研究所を退所した後も、お父様の功績に値するだけの年給が国から支払われている。
だから、お金にはあまり困っていない。
ただ、ベルクール国は特許に対する収入は次代に相続できないので、お母様やお父様が亡くなった後のことは今から考えておく必要もあるのだけれど。
……うちは男の兄弟がいないから、お姉様とマリオットが継ぐことになるんだけど、お姉様は魔術の際は平凡だし、マリオットも似たり寄ったりだからね。
お父様やお母様と同じことはできないだろうから、このままいけば領地の収入だけでやりくりしなければならなくなるだろう。贅沢をしなければ充分生きていけるが、領地収入だけに頼るのは、正直心もとない。
何故ならうちの領地の領民は農業従事者が多く、天候などによってその年の税収が左右されるからだ。旱魃とか冷害とかが起きれば税収は半減するのである。
そのため、お母様が今、天候に左右されない室内栽培のための魔道具を開発中ではあるのだけれど、領地全体の農村地に室内栽培を取り入れるわけにもいかないから、これだけでどうにかなるものでもないだろう。
……まあおかげで、わたしの嫁ぎ先がなかなか決まらなくても、誰も嫌な顔をしないんだけどね。
実は、わたしはお母様と同じで、魔道具の特許を持っている。持っているのは一つだけだが、何を隠そう、わたしが持っている特許は、今まさにわたしを苦しめている新聞記事に使われている魔道具カメラである。
……自分で開発したもので恥をかかされるなんて、悲しすぎるわ。
とはいえ、この魔道具カメラはあちこちで非常に高評価を叩き出しており、国内のみならず国内にもよく売れている。
契約している商会を通して販売しているのだが、それなりに高価なため、一つ売れるごとにまとまったお金が入ってくるのだ。
それらのお金は、わたし名義で登録している銀行の貸金庫に入っているわけだが、わたしがカンブリーヴ伯爵家で暮らしている間は、何かあればそのお金を頼ることができる。
まあ、お姉様のことだから、わたしの収入はあてにしていないだろうけれど、万が一の保険くらいには考えているはずだ。
ゆえに、嫁ぎ遅れてもあまり肩身は狭くない……と、思いたい。
……とはいえ、一生ここで面倒を見てください、とは言えないわよねえ。
お父様やお母様が生きている間はまだいいけれど、爵位を婿のマリオットが継いだあとは同じようにはいくまい。
だから、いずれは結婚ないし、結婚しなくとも家から出ることを考えなければならないのだ。
それを考えれば、この新聞記事は、かなり痛い。
「これは、当分の間求婚者なんて現れないわね。まあ、もともと現れなかったけども」
わたしは生まれてから一度も求婚されたことがない。
恋人もいない。
平平凡凡な野暮ったい見た目で、社交性もゼロに等しく、お姉様に引きずられてパーティーに参加しても壁と同化している令嬢に声をかけるような奇特な男性はいないのだ。
そんな目立たない地味な令嬢が、とんでもない方法で目立ってくれたものである。
自分のことだけど、ついつい他人事のように思えるのは、昨日と今日で自分が置かれている状況ががらりと変わったからだろう。
……今年の社交界は地獄だわ。
パーティーに顔を出せば、そのたびに注目されて笑われるのだ。嫌すぎる。
「お姉様、わたし、領地に帰りたいんだけど……」
そんな思いをするくらいなら、今年の社交界は捨てたい。十八歳というそこそこいい年齢で、そろそろ真面目に婚約者を見つけなければ嫁かず後家、もしくは修道女まっしぐらになるけれども、それでも今年の社交界は避けたかった。
あちこちで恥ずかしい思いをしてまで、見込みのない恋人探しなんてしたくない。
「というかもういっそ、年の離れた男寡の後妻でもいいから、とっとと嫁ぎたくなってきたわ」
楽観的に考えれば、年の離れたおじさまもしくはおじい様に嫁げば、娘や孫のように溺愛してくれるかもしれない。よほど好色な相手でなければ、それほど嫌な暮らしでもない気がしてきた。欲を言えば、相手の娘や息子が優しければもっといい。
「あんた何言ってんの‼」
そんな能天気なことを言ったら、お姉様がどっかんと雷を落としてきた。
「年寄りのくせに十代の娘を後妻に取ろうなんて考えるヤツは碌な男じゃないわよ‼ 馬鹿なこと言ってないで現実を見なさい‼」
現実を見ているからこその発言だったのだが、それを言えばお姉様をもっと怒らしそうなので黙っておこう。
「それよりこれよ! これ、どうすんのよ! ルヴェシウス侯爵は何ておっしゃったの? まさか何の責任も取らないなんてことはないわよね⁉」
「そういえば、今度お詫びをするみたいなことは言っていた気がするけど……」
「じゃあついでに良縁持ってこいって言ってやんなさい‼ うら若き乙女の未来をぶっ潰したんだもの、それくらいしてもいいはずよ‼」
だからお姉様、お口が悪いわよ。
わたし以上にお姉様が激怒しているからか、不思議と冷静になれる。
……でもねお姉様、相手は家格が上の侯爵家よ。しかも宰相家。多少のお詫びはあるでしょうけど、結局こっちが泣き寝入りするだけになると思うのよねぇ。
まだお詫びをすると言っているだけましなくらいだ。
貴族社会は縦社会。他の侯爵家だったら、お詫びすらなかったかもしれない。なんたって、上が右と言えば正解が左でも右を向く、そういう社会だ。
「まあ、どんなお詫びになるかはわからないけど、領地に帰ってもいい?」
お姉様はしばらく考えこんだ後で、そっと息を吐き出した。
「……まあ、そうね。あんたも傷ついているんでしょうし、しばらくお父様とお母様に甘えてくればいいと思うわ。お母様の耳に入ったら、ルヴェシウス侯爵家を爆破するくらいしそうで怖いけど」
「冗談に聞こえないから本気でやめて」
キレた時のお母様は手に負えないのだ。なまじ力の強い魔術師であるがゆえに、キレたお母様が暴走すれば大惨事になる。
……昔。夫婦喧嘩で領地の邸の屋根が吹っ飛んだものね……。
お父様が本気で泣いてわたしの背中に隠れて助けを求めてきたほどに、あの喧嘩はヤバかった。なんとかお母様の魔術にわたしが対抗して相殺し、邸が全壊するのを防いだけれど、邸の中はぐっちゃぐちゃになった。
……あれは元に戻すのに苦労したわぁ。
だが、自宅だったからまだいいのだ。よそ様の家であれと同じことをしでかしたら大事である。
……領地に戻るのが不安になってきたわ。
領地に戻れば、どうして戻って来たのかと訊かれるはずだ。その際に馬鹿正直に理由を継げでもしたら、お母様がルヴェシウス侯爵家に乗り込みかねない。
これは領地に戻るにしても適当な言い訳を考えておかなくては。
「お母様ってば血の気が多いからねえ」
カラカラと笑うお姉様に、わたしは内心、その血の気の多さはしっかりとお姉様に遺伝しているわよと突っ込んで、もう一度新聞に目を向けると、はあと大きく息を吐き出した。
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