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しおりを挟む太陽が傾き、沈み終えようとする時分。
―コオーン…コオーン…
リグリシオン国には木槌の音が響き始める。それは合図だ。
二つ三つとなる頃、街の住民たちは今日の合図は早いなと慌ただしく家路を急ぐ。元気いっぱいに駆け回っていた子供たちもだ。
初めてこの国を訪れる旅人たちは、困惑しながらも住民たちに促されるまま酒場が併設された宿屋に戻り始める。
曰く、死にたくなければ夜が明けるまで屋内に籠れと。
木槌の音が響く。
七つ、八つ、九つ、十。余韻が消える頃には、外に居る住民は一人も居ない。
リグリシオン王墓に佇む青年を除いて。
外套のフードを目深に被る青年―ウィリス・ハインは今宵の墓守当番だった。広大な墓地の傍に建てられた物見塔の最上階で、ウィリスは今晩の役目を終えた木槌を定位置に置く。
彼の一族、ハイン家はその血筋が始まって以降、途絶える事無く王墓の墓守をして来た。彼らが王族の墓守である理由は、始祖が初代国王に拾われた事が始まりである。王に拾われ、忠誠を誓い、王が死してなお安寧を守らんと願った結果だ。
カツンカツンと塔内に木霊する自分の靴音を聞きながら、ウィリスは石造りの螺旋階段を下りて行く。扉近くに立て掛けて置いた身の丈ほどもある黒杖を手に取った。黒杖は銀製の輪を頂き、その中に三日月を模した装飾が施されている。輪の中央に揺れるのは、雫型の銀塊。
蝶番を軋ませて扉を開けば、広がるのは歴代王族の墓標の数々。扉の両脇に取り付けられているランタンの火がゆらゆらと踊る。
フードを外せば、銀色が風に揺れた。月の色を写した髪と、夜空を閉じ込めた藍色の双眸はハイン家の共通点だ。
じわりと周囲の森の気配が不気味さを滲ませる。
「…相変わらず、風情溢れる登場の仕方だな。おい、ガレン、仕事だぞ」
黒杖を地面に伸びる自分の影に突き刺した。
ランタンの火がぐらりと大きく揺れ、赤から青へと色を変える。そして、青火によって作り出されたウィリスの影が蠢いた。
ずろりと這い出て来たのは、黒い毛並みに赤い目をしたブラックドッグ。大きな欠伸をすれば、その鋭い牙が恐怖を掻き立てる。
「ふああ…いつもより早い時間じゃないですか?」
じりじりと張り詰める空気を遮るように、暢気な男の声がブラックドッグから放たれた。ウィリスは反応を返す訳でも無く、正面を見据えていた。
墓守一族ハイン家の相棒とも言える足元のブラックドッグは、定型を持たぬ異形の存在である。悪魔では無いかと言われているが、その正体は一族の誰も知らない。
日によって模す姿は様々だが、ウィリスが当番の時は大抵ブラッグドッグの姿である。
ガレンの名を持つ異形は、すんと鼻を鳴らしてつまらなそうに息を吐いた。
「雑魚ばかりじゃないですか。腹の足しにもなりませんね」
「それでも、お前の仕事だろ」
ウィリスは手にしていた黒杖をそっと横に薙いだ。その動きについて行くように青い小さな光が、雫型の銀塊に群がった。長い黒杖をくるりと器用に回し、トンッと地面に着いた瞬間。
―リィン!
ただの銀塊が涼やかな鈴の音を鳴らす。
「さあ、掃除の時間だ」
ウィリスの声を掻き消すように、穢れに満ちる濁った声を上げながら闇の生き物『聖痕喰い』が動き出す。
歴代国王の身に刻まれた『聖痕』を求めて。
ハイン家は『聖痕喰い』から王墓を守る。王墓に漂う『聖痕』の残滓を使役して。
***
空が白み始める頃のウィリスの自室。
纏わりつくような熱が籠る。二つの荒い息が淫靡な空気を作り上げる。
「ぅっ、う…!」
唸るような嬌声が食い縛る歯の隙間から零れ落ちた。
「まったく…声を出した方が楽でしょうに…」
背後から伸びる男の指先が、ウィリスの唇を割って歯列を撫でる。いつの頃からか性感帯となってしまった咥内への愛撫に、身の内を擦り上げる男―人型を模したガレンの熱を締め付けてしまう。
ガレンが見下ろすウィリスの白い背中には、自身の黒く長い髪が散る。成長過程の些か細い背は、その微かな感覚にすら快楽を拾い上げて肌を粟立たせながら震えていた。
「ああ、美味しそう…」
銀色の双眸が弧を描き、紅い舌が唇を舐め上げる。
ぐちりと腰を突き入れれば、白い背が伸び上がった。逃げようとする体を抱き込んで、押さえつける。
「ウィリス…ウィズ…ウィズ、教えたでしょう?逃げればもっと酷い事をしますよって」
押さえ付けて、ウィリスが悦ぶ最奥を優しく撫でてやれば、締め付けは更に強くなり腸壁の震えが大きくなる。
「ああ、イっちゃいますか?」
「ゃ、だ…っ、ガレ…っ!」
今、気をやればガレンが『食事』を始めてしまい、自分は一日ベッドの住人と化してしまう。
強く深い絶頂は、至極美味なのだとガレンは笑っていた。
ガレンの『食事』は契約者の『精』。
「んっぁ…ガレン、やだ…いやっ」
深くゆったりとした動きは、ウィリスが好むものだと知ってから、ガレンは『下拵え』に余念がない。銀色が意地悪に嗤う。
長い指先がウィリスの顎を上向かせた。閉ざされた双眸が開かれる事は無い。まるで、ガレンを拒むように。
「嫌だと言っても、今更引き返せますか?無理でしょう…?無駄に熱が籠るだけですよ」
それならば。
「諦めて、快楽に身を任せてしまいなさい」
唇が重なり、長い舌が咥内を擽る。上顎を撫でて、舌を吸われて。同時に触れられていなかった屹立に指を絡められれば、もう駄目だった。
逃げられない快楽をじわじわと刷り込まれる。
「っん、っ―!」
悲鳴はガレンの『食事』と共に、呑み込まれた。
―こく…こく…
ガレンの喉が上下する。ウィリスの震える指先が、顎に掛かるガレンの手の甲に爪を立てるが力の入らぬ抵抗は子猫の戯れ。
戯れもそのままにゆっくりと喉を鳴らして『精』を嚥下していけば、ウィリスの体から力が抜け、抵抗していた手がベッドの上にぱたりと落ちた。
「んー」
満足げに唸ったガレンが唇を離せば、喉奥を犯していた長い舌もずるりと抜かれる。
意識の無いウィリスの体を放り、手に付着した精液もべろりと舐め取って腹を満たしたガレンは、ウィリスの体内から肉塊を抜き去った。
薄い被膜の中に吐き出された、人には毒と成り得る異形の精。乱雑に抜き取り、口を結んで手のひらの上で燃やす。
「今日も大変美味でした。またよろしくお願いしますね」
口角を吊り上げ、剥き出しの肩に軽く噛み付いてベッドから降り立った。
肌に張り付く髪をばさりと払えば、その身には衣服を纏い終えており、後は髪紐で結い上げるだけ。
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