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序章 異世界を救わない

エピソード10 新たな脅威

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 皇帝城中央地下階段

 真崎 駿まさき しゅん黒木 真夜くろき まやは地下へと続く、灯りの無い真っ暗な縦穴に作られた螺旋階段をゆっくりと下っていた。

 「前のときと違って、広い吹き抜けなのはいいんだけど、足場悪いよね」
 真崎は直径10m程ある円筒状の縦穴の壁面に、ぐるりと長さ1m幅25㎝の踏み板が突き刺さっただけの螺旋階段の途中で立ち止まり、マグライトを下に向け、縦穴の底を覗き込む。

 「真崎さん、前ってなに!?もう落ちるの嫌なんですけど!」
 黒木は壁にへばり付き、震える足で一段ずつ慎重に降りている。

 ああ見えて、落ちたら落ちたで何とかするのが黒木なだけに、いっその事落としたほうが早いのでは?と悪戯心が芽生えたが、そんな事を実行するのは戸邨とむらぐらいだと、一人ほくそ笑む真崎であった。


 長い階段をひたすら降りていると、縦穴の底に「チカッチカッ」と光が点滅するのが見えた。

 「あれは真夜のラジコン?」

 「何がですか!見えないんで知りません!」
 真崎の質問に食い気味で答える真夜は、壁に張り付いたまま下を見ようとしない。

 「真夜すまないが、先に行くよ。ちゃんと自分で足元照らして降りてきなさい」
 真崎は螺旋階段を下りる間中、怖がる真夜の足元を照らしながら進んでいたが、終着地が見えた為、先行して索敵を行う事にした。


 真崎は螺旋階段の踏板を、何段分も飛ばして駆け降りる。それは駆け降りるというより螺旋階段に沿って降りるのではなく、多角形の頂点を結んでいくような跳躍を繰り返す飛び降りと言った方がいいだろう。

 真崎がこれ程の軽業をこなせるのは、戸邨 順次とむら じゅんじを指導者とした修練の中で軽功けいこうと呼ばれる中国武術の一つである身体訓練法を身に着けたからであり、今ではフラジャイルの教官である真崎が、訓練カリキュラムとして取り入れている程だ。

 だがフラジャイルメンバーの中で、このカリキュラムをまともの熟せているのは済美 該世さいび がいせだけであり、元々身体能力に優れる該世は真崎が教える立場では無くなっる程に上達し、戸邨との様々な修練にも該世は参加するようになっていた。


 あっという間に地下終着地に到達した真崎は、マグライトを使って辺りを照らす。

 円筒状の空間には灯りは一切なく、真崎が降り立った階段付近の対面に大きな観音扉があり、その扉は開け放たれているが、マグライトで照らしてもその先は暗くてよく見えない。

 そしてその扉の入り口でLEDランプを点滅させる黒木のラジコンが、左右にせわしなく旋回を繰り返している。

 真崎は自身の能力、危機察知が発動しないのを確認し、ゆっくりとラジコンへ近づいていく。

 ラジコンは気配を察知し、真崎に向かって旋回すると、待ってましたとばかりにその場でウイリーを繰り返し、まるで歓喜の舞を真崎に見せつける仕草を披露した。

 黒木お手製の車型ラジコンの形状は、オフロード車のように大きなタイヤが車体から張り出しているが、本体部分は「ロータスエスプリ」という過去のスーパーカーの模型を使っている。

 様々な機能が盛り込まれたラジコンではあるが、特筆すべきは張り出したタイヤがプロペラ型に変形して横軸になり、ホイール部分が回転することで飛ぶことを可能にし、それも内蔵のAIによって自動制御している点だ。

 見た目は違うどこぞのタイムマシーンの様相ではあるが本人曰く、昔のボンドカーを意識しているらしい。

 「AIが仕込まれてるにしても、オートパイロットでこんな動きをされると、愛着が湧いちゃうよね」
 真崎はラジコンへ屈み込み、落ち着かせようと「ポンポン」と軽くラジコンを叩く。

 ラジコンはその場でクルクルと何度も旋回をし、開いた扉の先へ前を向けて止まると、ついて来いと言わんばかりに、ゆっくりと扉の奥へと進みだした。

 真崎は上を見上げ、まだ上の方にチラチラとマグライトの明かりが見えるのを確認し、「はぁ」と溜息を吐いてから、ラジコンの後に続き歩みを進めた。

 黒木のラジコンは、全指向性カメラを内蔵している為、暗闇の通路をライトも点けずに進む。

 それに比べ真崎は暗視ゴーグルなど持っておらず、行く先をマグライトで照らしながらラジコンの後を追う。

 暫く進んだところで、眼の前に新たな扉が出現した為ラジコンは行き詰まり、他にルートはないかと左右に旋回を繰り返す。

 「ほら、落ち着いて。この扉の先以外に行き場は無いよ」
 真崎のラジコンを宥める声色は、既に愛情を注いだペットに対する言い様になっている。

 「さて、この扉の先にはいったい何が待っているのやら」
 真崎は困った顔をしつつ、後ろを振り向く。

 通ってきた通路見るが、黒木はまだ降りてきていないのか、マグライトの明かりが見えない。

 ((真夜、今のところ危険は無さそうだ。僕は先に進むから、慌てずに追って来てくれたらいい))

 ((ちょ、待ってくださいよ!もうすぐ追いつきますから!))

 インカムを使い、真崎は黒木へ先行する意思を伝えるが、黒木は慌てる。

 それでも真崎は待つ事をせず、扉へと目を移す。

 「危機察知は無いと。ならもう少し先行すべきかな」
 真崎は独り言ち、扉へ両手を付き力一杯に押す。

 「ズズッ」と扉の引き摺る音と共に、少しずつ扉が左右に開かれていく。

 扉の隙間から光が溢れ出し、眩しさに目を細めながら、真崎は扉を開け放った。

 煌々と照らされた扉の先に、少しずつ目が慣れていくにつれ、真崎はつい息を呑む。

 眼の前に現れた場所は、真崎にとってミカラジ司教を取り逃がした場所であり、後に該世らを迎え入れた階高の高い、ドーム型の天井をした聖堂そのものだった。

 だが外周に立つ柱に施されていた趣味の悪い怪物の彫刻は無く、代わりに女性の胸像が彫り込まれているのを確認し、胸に手を当て安堵の溜息を吐いた。

 「まぁ、それはないよね」
 真崎は何となく、一緒に入ってきたラジコンへ語り掛ける。

 危惧したのは扉にトラップを仕掛けられていて、この場所に侵入した途端、最初の聖堂へ転移させられたのではと思ったからだ。

 真崎はゆっくりと聖堂内を見渡す。

 聖堂の平面は、8本の柱が檻のように周りを囲む八角形をし、その柱は10mはある天井まで伸び、各柱には2m置きに灯火が設置されているため異様に明るい。

 そしてその柱と柱の間全てに扉が有り、真崎はこれ以上進むことを止め、黒木が合流してくるのを待つ事にした。

 待つこと10分、流石に遅いと侵入してきた扉へ引き返そうと考えた真崎の脳に、思念が飛び込んできた。

 (ようこそ、サイビの手の者よ)

 思わず手を後ろに回し、ハンドガンのグリップを握り身構える真崎。

 真崎はあまり頭を振らず、目だけでせわしなく辺りを見渡すが、人の姿は確認できない。

 (そう警戒する事は無い。君に危害を加えるつもりはないし、出来れば対話をしたいと思っている)
 真崎の脳内に流れる思念は、落ち着いた男性の声であり、警戒を解こうとする柔和な声色でもある。

 それでも真崎はハンドガンを抜き放ち、今度は死角が無いよう扉へと背を近づけ、警戒を怠らない。

 (ふむ、これはあれか。君はまだ念話を習得できていないという事かな)
 確かに真崎は思念を相手に送る術は無い。というより、この状況で会話などとのたまう方がおかしい。

 ハンドガンの銃口を至るところに照準し、警戒をしていると「ガタン」と真崎が背にしていた侵入してきた扉が閉まる。

 それでも真崎はその場を動かず、自分が背にする扉以外の6つの扉へ目を走らせる。

 すると真崎の正面に位置する扉が、ゆっくりと開き始めた。

 扉が開いていくが、真崎が通ってきた通路のように扉の先は真っ暗であり、扉の奥から「コツコツ」と靴音だけが聞こえてくる。

 真崎は開く扉へ銃口を向け、固唾を呑む。

 扉が完全に開け放たれ、暗がりからヤッケのようなコートを頭から被った人物が姿を現した。

 その人物は扉から数歩中に入ったところで、真崎と向き合った形で立ち止まる。

 真崎はいつでも攻撃が出来るよう、ハンドガンのトリガーに指をかけ、相手の胸辺りに狙いをつける。

 向き合う人物が、おもむろに頭に被ったフードを払う。。

 長い黒髪を後ろで纏め、その顔には片目だけが開いた鼻も口も無い白い面を被っている為その表情は伺えないが、視線を合わせると考えが読まれる事を思い出し、真崎は目を逸らそうとした。

 だが相手の視線は、真崎の後方へと注がれている事に気付く。

 「くっ!」
 真崎は食いしばった歯から小さく息を漏らし、真横へ飛び出し体を捻り、自分がいた場所へ銃口を向けた。

 銃口の先には、スリーピースの背広姿の男が、口先に人差し指を立てもう一方の手を真崎に触れようとしたのか前に差し出した姿勢のまま、残念そうな顔を真崎へ向けている。

 「はぁ、ちょっと驚かせようと思ったのに、君のせいでバレたじゃないか」
 背広の男は肩を落とし、白面の人物に不満を漏らす。

 真崎は白面の素性は分からないにしても、自分へ日本語で語り掛け、この異世界にはない衣装を身に着けている男を目の当たりにし、「クッソ、やられた」と胸の内で毒づく。
 
 「まぁ同郷の好と言う事でまず対話をしたいんですが、自己紹介から始めますか?」
 背広の男は大仰に両腕を左右に開いた後、自分を指し示すようにその両腕を自身の胸に当てる。

 「私は黄 浩然ファン ハオラン静香ジンシャン、おっといけない発音が違う、済美 静香さいび しずか君とは古くからの友人ですよ」



        §


 
 皇帝城城門前ではレギザームの指揮の下、小分けされた禁軍が民を避難させる為、城下へ向け出立していく。

 戸邨は各地に散らばった部下達を無線を使い、この場所に呼び寄せている。

 城壁の上にいた坂上 豪さかがみ つよしは、既に該世と戸邨がいるこの場所に合流し、なぜかレギザームが残していった騎士サリアと向かい合い、無言でがんを飛ばしていた。

 (砂塵の英雄、この男、なんだ?)
 サリアは坂上の眼を鬱陶うっとうしそうに外し、該世に答えを求める。

 (ああ、その肉だるまの事は無視していい。それと俺の事は該世と呼んでくれて構わない)

 (肉、だるま・・。ほう、なるほど。フ、フフフ)
 サリアは該世の言葉に坂上の全身を見比べ、口に手をやり笑いを堪える。

 「あ、該世!お前こいつと何か会話しただろ!俺はコイツからお前を守ろうとしてんのにどういうつもりだ、オイ!」

 「はいはい、イチャつくのはそこまでね」
 坂上は笑われたと顔を真赤にして、該世に詰め寄ろうとしたのを戸邨が割って入る。

 「あぁ!?そ、そんなんじゃない!変な言い掛りするなよ戸邨!」
 赤い顔を更に湯気が出るほどに赤くし、冗談を真に受ける坂上に、戸邨と該世は顔を見合わせ肩を竦めた。

 「ツヨっさんはもういいから、銃器のスペシャリストらしく装備の確認しといてよ」
 
 「そうなんだよなぁ、坂上さんてその見た目でスナイパーとしての腕が良いのが謎だ」

 「該世・・お前絶対俺をバカにしてるだろ!」

 2人は地団駄を踏む坂上をあしらい、その場から距離を取った。

 「アイツ、あの女騎士に気があるね」

 「あれかな、見た目似た感じだから惹かれるものがあるって事かな・・ってか戸邨さん、そんな事じゃなくて、何かあるのか?」
 坂上の恋バナの為に、2人になる必要はないと該世は訝しむ。

 「まぁね。というのも羽澄はずみからの通信で、ちょっとややこしい事態に巻き込まれつつある事が分かった」
 普段からフザけた言動の多い戸邨にしては、少し真剣味が伝わってくる口調に切り替わっている。

 「というと?」

 「そうだな・・ガイ、ちと空を見上げてみ?」
 該世は戸邨に言われるまま、空を見上げた。

 「空って言っても、別にそう変わりないと思うけど・・」

 「ガイ、お前大丈夫か?ボケるには早いぞ、分からないのか?」

 戸邨も一緒になって空を見上げ、一筋の飛行機雲を指差す。

 「別に珍しくは・・いや違う、なんで飛行機雲なんてあるんだ」
 
 この異世界に上空6km以上を、高速で飛行する技術や生物は存在しない。

 「あれは攻撃能力もある偵察用無人機だね。当然、ウチのじゃない」
 余程目がいいのか、戸邨は空に線を引く飛行物体を言い当てる。

 戸邨は空を見上げたまま唖然とする該世の肩を引っ張り、自分へ向かせる。
 「よく聞けガイ。この異世界に介入しているのは俺等だけではなく尚且つ、俺等と同じ世界から来ている事。そして重要なのは、どちらが先にこの異世界へ介入していたかだ。その意味は分かるか?」

 該世はまだ事態が飲み込めていないのか、顔をしかめるだけで言葉が出てこない。

 「憶測の域を出ないが、お前がこの異世界に囚われた原因が、俺達の世界の人間によるものだとしたら?」
 戸邨の言葉に、該世は「ハッ」と意を介したように戸邨を見る。

 「いや、だとしたらヤツは、ミカラジ司教は何なんだ?」
 
 「断定は出来ないが、ヤツ自身が俺達と同じか、もしくは俺達の世界の人間ではないにしても、つるんでいるとしたら行動理由に合点がいく」
 一人称すら変わってしまう程の戸邨の言動は、取り繕わない素が出てしまっている。

 「まぁどちらにしても、俺達以外の勢力がここに現れ、何かを企んでいるのは明白。そして企みの鍵になるのが、ミカラジ司教だと俺は踏んだ」

 「その勢力っていうのが、精霊の力を得ようしているなら・・」
 該世はその企みの核心部分に考えがいたり、怒りで顔を引き攣らせた。

 「お前はやると決めた事に真っ直ぐ進めばいい」
 戸邨は該世の両肩を掴み、顔を寄せる。

 「けどガイ、俺達にとってお前は今や仲間だ。だからさ、もっと俺等を頼れよ」
 戸邨は真剣な眼差しを該世に向けた後、少し口角を釣り上げニヤリと笑う。

 「そんなの!・・分かってるよ」
 該世は当然とばかりに声を上げるが、今までの自分の行動を思い出しトーンダウンしてしまう。

 「分かればいいんだよ。よーし、なんかやる気が出てきたなぁ。まぁ余計なヤツらは、俺に任せてくれ。へ、へへへ」
 戸邨は悍ましい程に口角が釣り上がり、不気味な笑い声を上げながら空を飛ぶ無人機を見上げ、イヤホンに手をやり城門へ歩いていく。

 「あちゃー、戸邨完全にイッちゃってるなぁ」
 愛銃であろうレミントンM700を片手に、坂上が該世の傍までやってきて耳打ちをした。

 「なぁ坂上さん。結局はさ、俺達の世界の人間の方が、救いようがない悪人ばかりなのかな?」

 「ん?ああ、まぁ言えてるわな。けどよ、全てがそうとも言えないのが人だしよ、人を殺す術を叩き揉まれた俺や戸邨が言うことじゃないが、俺等なりの祈りがあるんだぜ」
 該世がポツリと呟くが、坂上は理解を示すように該世に頷き、自嘲するように眉を下げた後、自分の胸にてのひらを当てる。
 
 「この手は愛する人を守るんだと」
 坂上は祈るように目を閉じた。

 「はは、ガラじゃないよ坂上さん」
 坂上の言葉に気持ちが少し楽になったのか、該世は笑みを溢し坂上を見る。

 「うっせぇわ!こう見えて俺はナイーブなんだよ、だから祈るんだ。指先に力を込める度に最愛の人を守る最善なのだと」
 坂上は自分の胸に当てていた掌を拳に変え、該世の胸にその拳を押し当てた。

 「戸邨も言ってるだろ、もうお前は1人じゃない。忘れてないか?お前にも守るべきものがある事をよ」

 「・・ホントガラじゃないよ坂上さん。けど、なんか沁みたよ・・ありがとう」
 該世は坂上に頭を下げた後、皇帝城を見上げた。

 「外野は戸邨さんらに任せる事にするよ。本来、ヤツを追い詰めてから仕留めるつもりでいたけど、俺は守るべき人の所に行くよ。そうしないと多分、を救えないんだよな」

 「そうだぜ、俺達は異世界を救うんだ」
 坂上は自分の心臓の位置を握り拳で何度か叩き、該世に敬礼よこして戸邨の後を追った。

 該世は自分の右掌を見詰め、意を決するように開いた手を握り込む。

 「俺はここに何をしに来た?この異世界に存在する精霊達を無に返す為か?それともミカラジ司教への復讐?いや、そうじゃないだろ・・」
 口に出して自問する該世は、その答えを胸に秘め、城へと向かうのだった。

 ・・つづく・・
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