異世界をホントは救いたい(希望)

ガランドウ

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序章 異世界を救わない

エピソード6 三木 和葉 (旧題 和葉と翔子)

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 数えるほどでしか異世界を経験してはいないけど、僕が接した異世界は、僕らの世界での常識が通用しない訳じゃなかった。
 
 文化や生活スタイル、食生活にしても、似たところが多い。

 そしていざ争いになっても、僕達の戦力で大抵の異世界人と対抗する事が出来た。

 それは僕らの兵器で、相手を死に至らしめる事が可能だということ。

 往々にして魔力を駆使して戦う異世界が多く、結果僕達はその攻撃やデバフに対抗する経験値が蓄積され、今では有利に戦闘をこなす事が出来る。

 それでも、厄介な相手は存在する。

 自然の摂理や事象を改変してしまうような、常識外れな能力を持つ相手。

 そう、今目の前にいる砂塵の叛徒、いやショウマという少年がそうだ。




 さっきまで三木 和葉と見詰め合い、安堵の涙を流していたショウマが一転して、うつむきながらのそりとこちらに向きを変え、周りの空気が蜃気楼のように揺らぐ。

 2人は思念によって、何らかの会話をしていたのは分かる。

 しかも三木 和葉が発した言葉とショウマの行動、そして頭に響いてきた誰とも分からないショウマへの命令が、2人の関係を明瞭にした。

 「ショウマ!僕の話を聞いてくれ!」
 敢えてショウマと名前を呼んで見せるが、驚いたような顔を見せたのも束の間、僕の目を見ながらゆっくりとかぶりを振る。

 危機察知の警鐘が鳴り続ける。

 それでも争わずに解決する方法を模索する。

 彼の素振りから、僕が発した言葉を理解している気がするんだ。

 ならば・・。

 思考が加速する刹那、未来予知がショウマの動きを捉えた。
 
 先程までとは違い、その場でしゃがみてのひらで地面に触れる。

 その瞬間、地面が大きく窪み、煙幕のように砂塵が舞いショウマの姿を隠す。

 未来予知のよるタイムラグを利用し、ショウマと距離を取ろうとすると、幻視は砂塵が僕の頭上へと舞い上がるのを見せる。

 咄嗟に頭上へと目を向けるが、その時には砂塵が岩の塊に変化し、自由落下ではない勢いで落下する。

 まるで遠くからの投石が、身近に落ちてきたかのような衝撃が走り、空間全体を大きく揺らした。

 間一髪、避けることが出来たが、衝撃波によって吹き飛ばされ、壁面に背中から激突してしまう。

 何とか立ち上がろうとするが、軽い脳震盪を起こしているせいか、踏ん張れずにたたらを踏む。
 
 攻撃はそれに留まらず、前方に落下した岩の塊から、つらら状の尖った石が自分に向かって狙いすましたかのように伸び、射出された。

 綺麗に躱すことが出来ず、倒れ込むように横に跳ぶ。

 受け身を取ろうと右手を地面に付き、前転をして態勢を整えるが、攻撃を掠めた左肩に激痛が走る。

 左肩に手を当ててみると、肩の筋肉が若干えぐられ、流れ出す血が止まらない。

 痛みに顔を歪ませながら、ショウマを見る。

 ショウマは攻撃の為にかざした左手とは別に、右手を三木 和葉へと向けていた。

 苦しそうに両手で胸を押え、座り込む三木 和葉を避ける様に、岩の落下で生じた石礫いしつぶてなどが、キレイに半円描いて落ちている。

 その様を見て、僕には勝ち目が無いと悟った。

 どこまで物質を操る事が出来るかは不明だけど、その攻撃力と、防御する力。

 僕には対抗する手段が思いつかない。

 目の隅で済美所長の様子を伺うが、まだゲートを開くまで時間が掛かりそうだ。

 じゃあ、僕に出来る事は決まっている、後は覚悟だけだ。

 ゆっくりと立ち上がり、ヒップホルスターからハンドガンを抜く。

 あのヒーローは、この窮地をどうやって切り抜けるだろうか。

 漠然とした思考の中、思いがいたり、フッと笑みがこぼれた。

 あのヒーローは、愛する妻の為に危険に身を投じた。

 そして自分自身もそうする。

 だけど、目の前にいる彼もまた、同じヒーローなのだろうと。


 ショウマがまた同じ攻撃を仕掛けようと、腰を落とす幻視が見える。

 それに合わせて距離を取る為、後方へ跳びながらハンドガンを連射した。

 ショウマは横に薙ぐように右手を振り、弾丸全てを掴み取る。

 それは掴み取るというより、薙いだ手に弾丸が吸い寄せられたのだ。

 方法は別としてその結果は想定内であり、そうでなくては困る。

 同じ日本人を殺す訳にはいかないから。

 勝負はいかに時間を稼ぐかだけど、手段はあの攻撃をさせない為に、距離を取りながら防御に専念させる事だ。

 幸い、弾丸をキャッチするのに集中する為か、攻撃の能力を同時に発動する事は出来なさそうだ。

 しかし、ハンドガンで牽制するにも問題があり、左手がまともに動かない状態でリロード出来る程、僕は銃の扱いに手慣れてはいない。

 ベレッタ92Fの装弾数は15発。この弾数でゲートが開くまで時間稼ぎをし、尚且つ三木 和葉をゲートに連れ去れば、場合によってはショウマもついてくるだろう。

 さて、残る弾数は13発。そう言えば、あのヒーローも残り弾数のチェックは怠らなかったっけ・・。
 
 自分でも分かる、死地に立たされても尚、意味のない考えが頭を過ぎる時、自身のポテンシャルが底上げされる、ゾーンに入る事を。

 ショウマは対峙する距離を嫌い、一跳びに距離を詰めに来る。

 未来予知による幻視がより先を見通し、ショウマの動きと同時に射撃と回避を行う。

 幻視によるショウマの動きが、間延びしたようにスローになるのに対し、僕の動作は通常の動きで対処できてしまう。

 ショウマにとっては、逃げ回る僕の動きを捉えることは難しいだろう。

 かと言って、遠くから攻撃しようにもハンドガンで邪魔されてしまう。

 ショウマに焦りが見えたその瞬間、三木 和葉との距離間を好機と見て取り、逆にこちらから距離を詰めるように、ハンドガンを連射しながらショウマに近づく。

 虚を突かれ、ショウマは防御に徹するが、何発か体をかすめる。

 3、2、1・・弾数0とカウントが終わり、ブローバックしたスライドが固定されたハンドガンを片手に、三木 和葉の傍へ飛びついた。

 人を盾に取る、余りカッコのいい作戦ではなかったけど、手段を選ばないあのヒーローも同じ。

 だけど、考えが甘かった。

 飛びついた瞬間、三木 和葉と僕との間に石柱がせり上がる幻視が見え、躱そうと体を捻るが、勢いがつき過ぎて躱し切れず、その石柱が顎を掠める。

 完全に脳を揺らされ、立ち上がることが出来ない。

 腹這いで体をよじりながら、三木 和葉の元に近づこうとするが、ショウマが前に立ちはだかる。

 ショウマに襟首を捕まれ、そのまま持ち上げられる。

 とても子どもとは思えない膂力りょりょくだ。

 抗う力など残ってはいないけど、済美所長の方へ顔を向け、今にも飛び出そうとする戸邨の部下に対して首を横に振り、自重させる。

 そこで初めて、ショウマが口を開いた。
 「お前らを殺さないと、和葉が死んでしまう。だから、ごめん・・」

 ショウマの言葉が、なぜか腑に落ちる。それはしょうがないねと。

 僕にも失いたくない人がここにて、同じ思いなのだから。

 けどそこで思いつく。

 「それは僕も同じ・・さ、でもそうさせているのは、ゲームに出てくる中ボスみたいなクソ野郎・・だよね?」
 思念で命令をしてきた人物を、事前に知っていたミカラジ司教だと、その容姿をからかって指摘する。

 ショウマは、僕の言葉に目を白黒させるが、プッと吹き出し無邪気な笑顔を見せたかと思うと、すぐに口角を釣り上げ不敵な笑みを見せた。

 「確かに・・あの格好に杖まで持ってるんだよ?ラスボスの腰巾着みたいなクソ野郎だ」
 このショウマの言葉に、確信を得る。

 ショウマがミカラジ司教をコケにする言葉を吐いても、外野からなんのリアクションもない。

 そう、日本語で話す限り、言葉の遣り取りは認識されていないからだ。

 もしどこかで今の様子を監視されているとして、この状況はミカラジ司教の思い通りだ。

 ならば、少しの余裕がある。

 再度済美所長の方へ目を向ける。

 済美所長は胸の中から、星がきらめく宇宙をバスケットボール大の球体にした物体を、丁度取り出しているところだった。

 「あの子は・・すごく苦しそうだ。このままだと・・あの子はどうなってしまうんだ?」
 後ろから首を掴まれている為、息がつまりながらも何とかショウマに語りかける。

 「和葉の中には、劫火ごうかの精霊が宿っているんだ。それが今、和葉の中で暴れている」
 ショウマは逡巡しながらも、答えてくれた。

 「抑える方法は・・無いのか?」

 「ミカラジ司教が操っている限り、無理なんだ・・だから・・」
 ショウマの言葉は徐々に音量が失われ、語尾は消え入りそうな程小さい。

 最良の結果は得られなかった。けど何とか済美所長らを逃がす事が出来そうだ。

 ああ、でもせめて思いだけでも伝えとけば良かったかな・・後悔先に立たずだね。


 僕は「そうか」と諦めの言葉と同時に、死を受け入れ天を仰いだ時、抜けた天井の先でライトの光が点滅した。

 それは正に僥倖の光だと体が震え、脳に血が巡ったかのように、思考が加速し出す。

 神殿広間の抜けた床。深い地下にあるこの空間。天井の縦穴は地上へと向かっている。そして縦穴の側面から点滅するライトでの合図。

 伝わるんだ・・そう、思念は伝わるんだ。

 「じゃあ、司教の思念が・・届かなければ!どうなんだ!!」
 ショウマへの問い掛けを、大声で怒鳴り上げる。

 「なっ・・そ、そんなこと出来るもんか!」
 ショウマはムッとし、同じように大声を張り上げた。

 僕はありったけの空気を、無理やり肺の中に取り込む。

 「出来るよな!戸邨とむら!!」
 抜けた天井に向かって、できる限りの大声を発した。

 抜けた天井に木霊が響く中、何かが飛来する風切り音が近付いて来る。

 「ボン!」と黒い物体が地面に衝突し、その物体の上に戸邨が片膝を付いて着地した。

 「よ!お待ちぃ!」
 片手を上げ、相も変わらずおどける戸邨。

 けど、これ程に頼もしい存在はいない。

 戸邨の足元に黒い物体と思われていた修道士が、衝突で悲惨な程潰れ、息絶えていた。

 「もう、大丈夫だよ。ほら・・見てごらん、彼女の容態は・・落ち着いてきている」
 呆気に取られていたショウマに、三木 和葉を見るよう指差す。

 「なんで・・」
 ショウマの手が緩み、「ドサリ」と僕は降ろされ尻もちをつく。

 「ゴホッゴホッ・・そ、そんなことより、早く彼女の傍に行ってあげなよ」
 やっと解放され、僕はショウマの背中を押す言葉を残して、力尽きたように仰向けに寝転がった。

 ショウマは慌てて三木 和葉を抱き起し、彼女の胸に耳を当てる。

 「うん、落ち着いてる・・良かった・・」
 三木 和葉の無事を確認し、ショウマは彼女を抱き締めた。

 「う・・うぅ・・」
 ショウマに抱き締められていた三木 和葉が意識を取り戻し、それに気づいたショウマは彼女の顔を見る。

 少しの間、見詰め合っていた二人。

 不意にショウマが、彼女に言葉でもって告げる。
 「もう大丈夫、大丈夫だから。僕は和葉をもう二度と一人にしないよ、絶対だ」

 告げられた言葉に一瞬目を見張った三木 和葉だったけど、直ぐに瞳から滂沱ぼうだの涙が溢れ出した。

 「・・・うん、私も・・将馬から離れない、絶対にだよ!」
 すこし掠れた声だったが、それでも精一杯に言葉を紡ぎ、泣き笑いの顔のまま、三木 和葉はショウマに抱き着いた。

 「うん、やっぱりラストシーンが無声映画じゃ、伝わりづらいよね」
 体を起こし二人の様子を見ていた僕は、二人に感化され、つい目頭が熱くなってしまい、余計な事を口走ってしまった。

 けど、これは重要な事であって、それは思念による念話ではなく、ここにいる僕らにも伝わるように、日本語で会話をしたショウマの心境の変化だ。

 水を差されてこちらを見るショウマは今までとは違い、警戒心を解いた目を向けてくるが、三木 和葉の目はまだそうではない。

 「ごめんね、悪気はなかったんだ・・それでえーと、まず自己紹介、いいかな?」
 力の入り切らない足腰を奮い立たせ、握手を求めるように右手を伸ばす。

 「僕は真崎 駿。君達と同じ日本人、分かるよね?」

 「僕、いや俺は朱鷺 将馬・・えっと、なんて言えばいいか・・あの、ごめんなさい」
 将馬は負い目を感じているようで、僕の左肩をちらりと見、手を握る前に詫びの言葉を口にする。

 将馬よ、カッコつける時は、なんだな。

 しかし三木 和葉は一層怯えるように、ショウマの背に隠れてしまう。

 「どうしたの?他の人達は分かんないけど、この真崎さんは大丈夫だよ?」
 怯える三木 和葉を落ち着かせようと、将馬は甲斐甲斐しく抱き寄せる。

 「どうしちゃったのかな?」

 「いや、落ち着くまで少し待とう」
 戸邨が様子を見に来るのを留め、二人して将馬らから距離を取った。

 「戸邨、ホント助かった、ありがとう」
 まず戸邨に礼を述べ、ここで起こった出来事を話した後、戸邨がここに至った経緯を確認する。

 「そだね、どこから話を・・って忘れてた!」
 戸邨は神妙な顔つきから突然ハッなり、ポンと手を打った。

 「こちら戸邨、そこにいる黒木を降ろせ」
 耳に指を当て、通信を部下に対して送っている。

 「そうか、やっぱ奴ら思念によるネットワーク強くて、こっちの電波は妨害されてたんだね」
 この神殿への突入作戦の概要に、通信機による交信は出来ないとされていた理由がはっきりする。

 「だねぇ、うちのチームはそんなの関係なく装備してるからね」
 戸邨はボディアーマー背中に取付いてる、トランシーバーを親指で背中越しに差した。

 そうしてる間に、上からラペリングロープが垂れ下がり、真夜まやが不格好なラペリングで降りてきた。

 「もう、真崎さんに戸邨!絶対私のこと忘れてたでしょ!」
 降りてくるなり、僕等に向かってプンスカと怒り出す。

 「まぁまぁクロちゃん落ち着いて、まずはお互い経緯報告をしましょ、ね?」
 戸邨はおざなりに真夜をなだめ、自ら経緯を話し出した。

 床が抜け、真夜は戸邨の部下と一緒に落下したが、真夜は瞬時に射出式捕獲ネットを取り、穴を塞ぐようにネットを張ることで難を逃れるが、戸邨の部下2人は間に合わず、底まで落下してしまうが、落下距離は10m程であった為、足の怪我だけで命に別状な無かった。

 その後戸邨と合流し、怪我人の応急処置をした後、落ちた場所からは2箇所の直径3m程の横穴が有り、一方を選択するが、その先は修道士が待ち構えている気配があり、戸邨一人で先に進み敵を制圧するが、そこから上への縦穴になっていた為引き返した。

 だが不可解な点として、上へと昇る縦穴の下には戦闘に加わらずただ座り込み、瞑想状態で動かない修道士がいるのだった。

 戸邨が首元にナイフを突きつけても、ピクリとも動かなかったらしい。

 ブービートラップの可能性が高いと判断し、放置したまま引き返したという。

 怪我人を引き連れての行動に時間を取られつつも、もう一方の横穴へ進むが、迷路状態で且つ途中分岐する横穴の分岐点に、修道士が待ち構えその度に戦闘になるが、戸邨が音もなく始末していった。

 そして分岐点には、瞑想する修道士がいた。

 迷路に迷うことなく大きな縦穴に辿り着けたのは、分岐点に敵がいる先を目指した結果だった。


 「まぁ、この縦穴が排気シャフトだとすれば、ここは重要な場所だと分かっちゃうよねぇ」
 戸邨は上を指差し、そしてこの空間の地面を指差した。

 戸邨は縦穴の底から聞こえてくる会話に耳を傾け、そして僕と同じ答えに辿り着いた。

 「でもまさか、あの即身仏みたいなのが中継してたとは、思ってもみなかったよね」

 そう、脳に直接響いた声の主、ミカラジ司教はここにいないにも関わらず、こんな地下の奥底まで思念を飛ばすには僕らの常識に当て嵌めれば、あり得ない。

 ならば縦穴が地上まで貫通しているのかと言えば、それも無い。
 
 外の雨が降り込んでこないのだから。

 そこで縦穴の側面からの点滅するライトに、合点がいくのだった。

 「あまり大声を出さないクールな駿ちゃんのシャウトに、思わずこいつを蹴落としちゃった」
 無残な死を遂げている修道士に目をやり、口角を吊り上げる戸邨に、サイコを感じたのを口に出さないでおく。

 さすがに修道士が思念の中継役しているとまでは分からなかったけど、外からこの地下まで思念を伝える手段を断てばいいと判断出来た。

 「真夜も無事でよかった・・」
 戸邨の横でまだへそを曲げている真夜に微笑みかけ、ふとショウマ達の様子に目を移した時、ショウマが言った言葉と何気に話す戸邨の言葉とがパズルのようにハマり、ここにいる事の危険性に気付く。

 「済美所長!ゲートは繋がっていますか?」
 慌てて済美所長を見るが、すでに円形の鏡に煌めく星々が映された、異世界を行き来するゲートが完成していた。

 「私が三木 和葉と話をするわ。その間に撤収確認を済ませて、一人も残しちゃダメよ?」

 「はい、しかしあまり時間は無いと思ってください」
 済美所長がショウマ達の元へ向かい、すれ違うタイミングで済美所長に耳打ちをした。


 横穴から降りてくる負傷者から順番に、ゲートを使って帰還させていく。

 戸邨はまだこの異世界に残る偵察員を集結させる為、嫌がる真夜の延髄にチョップをくれ、気絶した真夜を担いで縦穴を登っていった。・・鬼だな戸邨。

 残るは・・。

 事の説明をしているであろう、済美所長の方へ目を向けると、何やら済美所長と三木 和葉とが揉めている。

 間に入っている将馬は、先程まで僕と戦っていた勇ましさはどこへやら、あたふたとするだけで何も出来ずにいた。

 「何をやってんだか・・」
 溜息を一つ吐き、仲裁に向かおうとしたその時。

 「イヤ、絶対にイヤーー!」
 三木 和葉の悲鳴が、空間内に響き渡る。

 「どうなってるんですか、所長」
 三木 和葉は癇癪を起こしたように叫び、一人後退り出すのを見て、済美所長の元に駆け寄る。

 「分からないわ・・ただ・・」
 済美所長曰く、将馬へ自分たちが何者であるかを説明し、三木 和葉へ家族の元へ帰ろうと話し始めた矢先、拒絶するかのように叫び出したという。

 「和葉どうしたんだよ、この人達と一緒に帰れるんだよ?」

 「私、帰りたくない。ねぇ将馬、ここにいよ?私と一緒にここで暮らしていこうよ、ね?お願いだから・・」
 説得する将馬に、三木 和葉は両手を将馬に向かって広げた。

 「この世界にいてはダメだよ。また苦しい思いをするだけで、いい事なんてないよ!」
 将馬は三木 和葉を拒み、吐き捨てるように言いって俯く。

 「どうして?さっき言ったじゃない!私を一人にしないって、言ったじゃない!!」
 
 「和葉と一緒にいるよ、僕はずっと一緒にいる」
 
 涙を流し将馬を睨み付ける目は、すがる思いなのだろう。それに対して将馬は、慈愛に満ちた表情で三木 和葉に語り掛けている。
 
 「だけどこの世界にいる限り、和葉は悲しみ続ける事になるんだ。僕はそんなの耐えられないよ・・和葉、一緒に帰ろう、僕が必ず君の傍にいるから」
 今度は三木 和葉に、将馬が手を差し伸べる。

 三木 和葉は少し迷う素振りを見せたが、自分の身を抱き締め、その場に蹲る。

 「和葉さん、今ならまだ間に合うわ、お父様もまだ生きていらっしゃる。でも、あまり時間が無いのよ、それにこの異世界に長くいれば、もっと時間が無くなってしまう」
 ここが機とばかりに、済美所長が説得に加担する言葉に、済美所長の焦燥感はこれが理由だったのかと腑に落ちた。

 「お父様・・?」
 済美所長の説得に反応して、三木 和葉が顔を上げるが、感情を持たない冷淡な表情をしている。

 済美所長が僕の方を見て、頷く仕草で合図を送ってくるが、三木 和葉の帰りたくないという根拠は、一体何にあるのかがはっきりしない状況で、無理やり拘束して連れ出す選択に躊躇してしまう。

 三木 和葉は無表情を湛えながら、身を震わせる。

 「あなた達は何を知っているの?・・嫌よ!聞きたくない・・そうよ、私は!」
 自身を抱く両腕で、自分の二の腕をせわしなく掻きむしり、支離滅裂な言葉を並べだす。

 「和葉、落ち着いて!」
 三木 和葉の挙動に只事では無いと、将馬が身を寄せる。

 「ダメ!私に近づかないで!触らないで!・・何でもします・・だから・・」
 三木 和葉は近づく将馬から距離を取ると、一層強く二の腕を掻き、その二の腕は皮膚を破り血を滲ませる。

 「和葉・・」
 将馬は言葉を失い、立ち尽くす。

 「もう嫌です・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・ごめんなさいぃ!!」
 三木 和葉は天井に向かって絶叫し、瞳から焦点が失われる。

 「PTSD・・所長!彼女の父親に何かあるんですか!?」
 三木 和葉が心的外傷後ストレス障害にある事は一目瞭然で、それも父親に原因があるとすれば・・。

 「私は・・何も聞いていないわ!そんな事より早く彼女を取り抑えなさい!」
 唖然とする済美所長は、三木 和葉の拘束を急かす。

 確かにこのままでは、自傷も起こしているだけに命に関わる。

 「真崎さん、ダメだ近づくな!」
 身を乗り出そうとする僕に、将馬は手を向け静止させる。

 三木 和葉が自傷した二の腕の傷から、チラチラと火が噴き出し始めていた。

 「俺に任せて、真崎さんは下がっていてくれ」
 こちらを振り向くこと無く将馬は言い放ち、三木 和葉へとゆっくり近づく。

 「どうなってるんだ将馬、教えてくれ」
 
 「・・精霊は、人の心に寄り添う。でもアイツらは待ってるんだ、心が荒み弱るのを」
 将馬は言い聞かせるように、自分の胸に手を当てている。

 「和葉の精霊は強いよ。でもあんなヤツ、俺に言わせればクソ野郎以下だ」

 後ろ姿からは将馬の表情は伺い知れない。けど、僕と戦った時に見せた、空気が変わるほどの闘気が漲っている。

 三木 和葉は呼吸を荒くし、自身を抱き締めていた手を振りほどくと、地面から足が離れていく。 

 浮遊する三木 和葉の背中からも炎が吹き出し、炎の翼へと変化する。

 人の姿でありながらその全身に炎を纏う炎の化身、いや女神ヘスティアとも言うべきか、その神々しさに目を奪われてしまった。

 ・・つづく・・
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