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序章 異世界を救わない
エピソード3 異世界を救わない
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トンネル内から現れた修道服を着た者達によって殺された者や、 息も絶え絶え助けを求める者で路上は埋め尽くされている。
済美 静香は、目の前の惨事に動じる事無く、震えるスマホをタップし耳に当てた。
「ええ、了解よ。それで向こうは?・・・いやダメよ、まだ戻さないと伝えなさい、分かったわね」
静香はスマホを上着の内ポケットに仕舞い、入れ替える様にタバコケースを取り出しタバコに火を点ける。
そこへ東野は呆れた様子で、静香の傍らにやってきて愚痴り出す。
「派手にやりやがって、これじゃあマスコミ関係に統制を引くタイミングがムズいだろうが」
静香は愚痴に付き合うこと無く、東野を見る。
「東野さん、古巣への要請は?」
「ああ、もうすぐ現着するだろうよ。まぁ出来レースだかんなぁ、フライング気味で出動してるぐらいだぜ?」
東野の返答に満足したのか、済美はニヤリと頬を緩ませ、タバコケースから1本のタバコを東野に差し出す。
「にしても何だありゃ、お前のお気に入りは化け物か?」
東野は深々と紫煙を吸い込み、盛大に吐き出すとトンネルの入口に目を向ける。
「言葉には気を付けて下さる?彼は私の息子でもあるのよ」
批判の言葉にも関わらず、薄い笑みを浮かべる静香は、気分を害されたようには見えない。
「そう間違った表現でもないだろう?例えこちらに危害を及ぼす相手であっても、あんな簡単にだな・・只でさえこちらと似た姿であるのに、ああも殺せるか?」
該世が見せる異世界人との戦闘に、常人離れをした能力よりも、東野にとってはまだガキに見える該世が、躊躇なく異世界人を殺す姿に空恐ろしさを感じていた。
「さすが、平和ボケした自衛隊のトップにいた人の意見ね。あなたも当事者になれば分かるわ、恨みや憎しみだけでは生まれない、感情を無機質なものへと変える衝動の在処がね」
異能の力で敵を砂塵に変え、そこに立ち尽くす該世の後ろ姿を、どこか尊い者を見るように目を細める静香。
「そりゃあ戦争を経験した事はない。だがな、我が国の軍は自衛隊という名のしがらみに、主導ではない戦争に忸怩たる思いを経験しているからこそ、主導権を握りたいんだ。然るにお前に乗る事を躊躇いはしない、分かるか?」
東野は憤りを隠すこと無く、語気を強め静香に詰め寄る。
「ならば黙って見ていなさい。これから直面する異質で、歪な世界との付き合い方を嫌でも知ることになるから」
静香の瞳は爛々と輝き、上気した表情を浮かべるのだった。
§
引き摺られる力に抵抗する事を諦め、身を委ねる翔子だが、激痛によって体が意識を手放す事には抗い続け、助けを求める祈りを繰り返す。
不意に掴まれていた髪から手が離れた事で体の自由は得たが、体を動かすことも出来ず、見詰める先の視界はぼやけているが、それは薄らぐ意識がそうさせているのかは分からない。
だが、ぼやけた視界に写る輪郭が、祈りが通じたのだと分かる程に、明瞭になっていく。
「ああ、がい・・せ・・」
祈りの言葉をやっとの事で口に出した時、瞳に溜めた涙が一斉に溢れ、該世の姿がはっきりと見て取れた。
該世はミカラジ司教の足元に寝かされた翔子の姿を隙なく一瞥し、静かに息を吐く。
「翔子、もう大丈夫、必ず助けるからな」
該世はミカラジ司教から目を離さず、慈しむ声色で翔子へ話し掛けた。
(フハハハ、いい兆候ではないか。何を言っているか分からなくても、分かるぞお前の思いは。ならば問おう、この娘と引き換えに、素直に私の元に戻る気はあるか?)
該世の表情を読むミカラジ司教は、愉悦の笑みを浮かべる。
「どう分かればそうなるんだよ?あーそうか、俺を怒らせて判断を鈍らせようと、なるほど」
今度は口から吐く言葉と同時に思念でも会話を飛ばし、左手で首の後ろを吊り持っていた殉教者を眺め見る。
(た、助けて・・殺さないでくれ・・)
藻掻く殉教者は、該世にも分かるように思念で命乞いをする。
だが、該世はミカラジ司教へ視線を移し、睨み付けたまま左手に力を込め能力を発動させる。
「キチッキキキー!」
殉教者は耳障りな断末魔を残すと、頭の先から足先に向けて石化し、該世が手を離すとドサリと地に崩れ落ち、人の形が崩れ砂山へと変わる。
驚愕の表情でその様を見ていたミカラジ司教は、はたと我に返り足元にいる翔子の背中に杖を突き立てた。
(う、動くな!動くでない!・・貴様ぁ、分かっているのか!この女、どうなってもいいのか!)
該世は無言のまま、一層深くミカラジ司教を睨み、左掌を自分の顔に向け、手首のリストバンドを右手で掴み、具合を確かめるように左腕を2度3度と回し捻る。
(私は知っているのだぞ、貴様はこの女と親しい仲であることを!)
ミカラジ司教は、翔子の焼けた背中に突き立てた杖に、震える程の力を込め魔法を行使する素振りを見せる。
もう痛みすら感じる事が出来ない程衰弱し、言葉を発する事も出来ない翔子は、目の前の出来事に現実味を感じる事が出来ず、只々該世がそこにいる事にすがる想いを託し、涙が流れる虚ろな目を該世から離そうとしない。
(この女の親であろう男の記憶に、お前とこの女との関係があったのだ。知らぬとは言わせんぞ!)
表情を勝ち誇った不敵な笑みに変え、該世を睨み返す。
「ヨシ・・ヨシの事か」
該世は義和の事をヨシと呼び、震える手を抑える為か両手をズボンのポケットに突っ込むと、睨み付けていた目を地面に落とした。
「お前はいつもそうだ、俺をどれだけ怒らせれば気が済む?何か得があるのか?そんなのあるわけ無いよなぁ!」
該世は呟くほどの声から、怒りに満ちた怒声に変え、伏せていた顔を上げた時には怒りを通り越し、鬼神の如く目を吊り上げた表情でミカラジ司教を睨むと、突然傍らの砂山からボッという音をたて、タングステン製の砲弾が発射される。
ミカラジ司教は翔子に突き立てていた杖を前に押し出し、顔を歪めながら何言かの呪文を口にする。
ミカラジ司教へ真っ直ぐに飛来する、直径70mm程の砲弾が杖の手前で時が止まったかのように停止した。
(クックック、貴様の能力など、既に紐解いておるわ!もとよりその力、誰が授けたと思っておる?)
勝ち誇るミカラジ司教は、更に呪文を唱え始めるが、停止する砲弾がゆっくりと錐揉み回転をしだすのを見て取り、顔色を変える。
「したり顔で何イキってるんだ?」
該世はポケットから出した左手の人差し指を真っ直ぐ差し親指を立て、拳銃を突き立てるようにミカラジ司教を照準する。
「バン!」
言葉で発射音を奏でると同時に、砲弾が目に見えない壁を突き破り、杖を粉砕した。
ミカラジ司教は魔法の発動を中断し、辛うじて直撃を間逃れるが、被っていたフードが破かれ、ミカラジ司教の素顔が曝け出される。
ミカラジ司教の素顔は、まだ年若い長髪の青年であり、語り口調からすればギャップを感じる容貌だ。
(いつの間にこんな能力を・・考えられぬ。だが、恐るべき奴の本質からすれば・・)
ミカラジ司教は該世の力に愕然とし後退るが、抜け目無く翔子に目を移し呪文を唱える。
(ここは一度戻り、策の練り直しが必要だが・・まぁ良い、依り代を手に入れたと思えば、無駄足では無かったと弁明の余地もあろう)
懐から硬球大程の石の玉を取り出し、呪文の行使によって光り出す石の玉を、該世に向かって転がす。
「させる理由無いだろうが!」
該世は転がってくる石の玉を無視し、翔子に向かって飛びつく。
だが、該世が石の玉を飛び越えようとした瞬間、石の玉が強烈に発光すると地面から石の壁が湧き上がり、該世の胸部を直撃させ、そのままトンネルの天井へとそびえ立つ。
天井へ挟まれる直前、後方へ飛び降り難を逃れるが、翔子と離隔されてしまう。
「こんな壁・・」
該世は壁に向かって片手を翳そうとするが、そびえ立つ壁に碁盤の目状の光が走り分割され、まるでブロックを組み合わせた人型に壁が形作られる。
「チッ、ゴーレムかよ」
翳した手を握拳に変えて体に引き込み、ゴーレムに向かい半身に構える。
対するゴーレムは、立ったまま地面に付く程の長く太い両腕を、該世へ叩きつけようと振り上げた。
ゴーレムが振り下ろす両腕を迎え撃とうと、該世は引き込んだ拳を突き上げようとしたその時、背後よりロケット弾が飛来しゴーレムの顔部分と覚しき箇所に突き刺さると同時に、爆発が巻き起こる。
爆発によって体勢を崩したゴーレムは、後方へ仰向けにゆっくりと倒れる。
「何やってんだ!」
背後から攻撃を仕掛けた人物に向かって怒鳴り付けるも、ゴーレムの後方に翔子がいる事実に焦る該世は、ゴーレムの足元を潜るように跳ぶ。
だが、抜け出した先にはミカラジ司教と翔子の姿は既に無く、該世の頭上にゴーレムの背中が迫る。
該世はトンネルの中を見詰めたまま、右手を頭上に差し伸べ、迫るゴーレムの背中に触れる。
ゴーレムは厚さ2m、高さ10mもある石の壁であり、重さ約170tが該世に圧し掛かった。
「危ない!」
ロケットランチャーを担いだ、該世と同じデザインの服装を着た少女が叫ぶ。
「ズズーン!」
地響きと共に地面が大きく揺れ、ゴーレムの巨体に該世が圧し潰される。
「該世君!!」
ロケットランチャーを投げ捨て、倒れたゴーレムの上へ飛び乗るが、その途端ゴーレムの巨体の形が崩れだし砂へと変わる。
「うわっぷ・・」
足場を失い、砂山に顔から突っ込み上半身が砂に埋もれる少女。
一面砂に覆われた場所につむじ風が起こり、辺りの砂を吹き消すように砂塵が舞う。
砂塵の中から右手を突き上げた該世の姿が現れ、その右手にはミカラジ司教が放った石の玉が握られていた。
「ケホッケホッ・・だ、大丈夫?該世君」
砂が払われたおかげで、砂山から抜け出した少女は、該世の背に声を掛けた。
該世は手に持つ石の玉を胸の前に持っていき、力を入れるわけでもなく簡単に握り潰した。
「何しに来たんだよ、クロちゃん」
振り返ること無く、咎める口調で少女に話し掛ける。
「クロちゃん言うな!私の方が年上なの、ちゃんと黒木さんと呼んでよね!・・や、そんな事じゃなくて、該世君を助けに来たに決まってるじゃない!私達仲間でしょ!」
該世の言い草に憤慨し、肩を怒らせ詰め寄ろうとするが、それを無視する該世は何かを見つけたのか、トンネルの中に向かって歩み出した。
中村 義和はトンネルの壁に背中を預け、項垂れていた。
(痛みがあるわけでもないのに、体を動かせねぇ・・翔子、翔子はどうなった・・クソ、何も見えねぇ・・)
ミカラジ司教に腕を切り落とされ、両目を潰された義和ではあるが、負傷箇所からの出血は無く、生き存えてはいるが全身に力が入らず、立つ事さえ出来ない。
そこへ自分へと近付いて来る足音に気付き、項垂れていた頭をもたげ、音のする方向へ顔を向ける。
「中村のおじさん!」
義和は自分を呼ぶ声が該世の物だと分かり、声のする方へ身を捩るが、態勢を保てず俯せに倒れてしまう。
「オイ、おじさん大丈夫・・」
該世は慌てて義和を抱き起こし、トンネルの壁へ凭れ掛けさせるが、両目を失った義和の顔に絶句する。
「ガイ・・ガイだよな?無事で・・いてくれたか・・良かった」
義和は自分の身よりも、該世の無事を喜び口元を綻ばせた。
該世は何も言えず、義和の負った傷を手で触れ、顔を歪ませる。
「お、俺は大丈夫だ・・それ・・より、翔子・・翔子を探してくれ・・頼む」
目が見えない義和だが、そこにいるであろうと該世に顔を向ける。
「翔子・・ああ、心配いらないよ、任せてくれ・・」
該世は義和を安心させようと、無事な方の義和の手を握った。
「該世君、その人は?」
そこへ後を追って来ていた黒木が、義和の姿を見て目を細める。
「クロちゃん、何とか出来ないか?」
黒木を見る事無く、該世は義和の顔を見詰め、握った手を離さない。
「それは・・」
黒木は義和の容態を確認する事無く口篭る。
該世はその所作に、義和を助ける事が出来ないのだと感じ取り、一層強く義和の手を握った。
「ガイ、そこに翔子がいるのか?なんだよ助けてくれていたのか・・」
黒木の声を翔子だと勘違いしたのか、義和は安堵の声を漏らすが、どう聞いても黒木と翔子の声は似つかない。
それは義和の容態が悪化している事を告げていた。
「ああそうだよ、後はヨシを助けるだけだ。ほら、立てるか?肩を貸すから一緒に家に帰ろう・・」
該世は義和の意識が混濁している事に触れず、見ているであろう幻想に付き合う。
「・・・帰ろう、帰って母ちゃんのメシ食おう・・なぁ、お前も一緒に食うだろ・・」
「もちろん。今日のご飯、肉じゃが・・かな?・・だったらいいのになぁ」
義和の手を引き、抱き上げながら陽気に振舞おうと要望に応えるが、どうしても該世は声が振るえてしまう。
「ああ・・お前が来るんだ、絶対肉じゃがに決まってる・・母ちゃんは・・」
義和はよろめきながらも力を振り絞り、該世の肩に縋り付くが、不意に該世の顔に自分の顔を寄せた。
「なぁ、肉じゃがは・・やっぱ・・そぼろだよな・・」
そう呟く義和の潰れ両目から、血の混じった涙が溢れ出す。
「はぁ・・?何言ってんだよ・・それが肉じゃがだろ?」
該世は笑みを見せ、義和の脇を抱え歩き出す。
「俺、お前を探してた・・ずっと・・ずっと探してたんだ・・でもどうしても・・見つからない」
該世に身を預け、ぽつぽつと義和は語る。
「ハァハァ、このトンネルを塞ぐ話が・・幾度もあったが・・俺はこのトンネルを・・残しておきたかった。お前がひょっこりトンネルから・・現れるかもしれないと・・だが、諦めた・・」
義和は息が詰まるのか、胸に手をやり呼吸を荒くする。
「なぁガイ・・お前を見た時、俺はまさかと思った・・だが、お前若すぎるからもしかするとと、お前の事を調べた事もあったんだ。でも何も分からなかった」
トンネルの出口まで近づいたが、もう動けないとばかりに義和はその場にへたり込んだ。
「今俺は何も見えない・・だが・・だからなのか、俺にはお前の姿が目に映るんだ・・なぁ将馬・・お前今まで何してたんだよぅ・・みんな心配してたんだぞ・・バカ野郎がぁ」
義和は顔をクシャクシャにし、前に屈む該世の肩を握り拳で叩いた。
当てずっぽうに何度も繰り出す拳を、該世は体で受け止める。
その内、打ち付けられる拳から力が失われ、振り上げた拳は該世の体へ届く前にだらりと振り下ろされた。
「ごめんな、ヨシ・・俺、こっちに帰って来てからヨシの事分かってた。でも、なんて言えばいいのか分かんなくて・・なんて説明すればいいのかって」
該世は俯き、地面に涙の雫を滴らせた。
「いいんだ、いいんだよ将馬。お前が無事で帰ってきたのなら・・それでさ、俺の勝手な願いを聞いてくれ・・ないか・・」
義和は座り込んだまま脱力し、項垂れた。
「ヨシ?おいヨシ!」
該世は慌てて義和を抱き締める。
「翔子を・・頼む・・」
か細い声で囁く義和は、軽く息を吐き命を終えた。
「ぐ、くぅ・・ヨシ、すまない・・」
該世は今にも悲鳴を上げそうな声を押し殺し、義和を強く抱きしめた。
§
トンネル前の道路では、現地の消防隊や救急隊が救命活動に走り回り、警察機動隊が騒然とする現場の確保の為規制線を張る中、トンネル入り口に武装をした自衛隊員が、侵入を拒むかように隙間なく整列をし、外に目を光らせている。
そこへ東野が隊長らしき隊員の前に歩み寄り、隊長の敬礼に敬礼を以って返し、静香を伴って中へ入っていく。
「所長!」
モスグリーンのシャツとパンツの上下に、該世と似たデザインの白のハーフジャケットを身に着けた男性が、静香に気付き直立不動の体制で敬礼をし、声を張り上げた。
「及川うるさい!それになんで敬礼するのよ、うちは軍隊じゃないでしょうに」
静香は刺すように視線で敬礼をする及川を睨み、溜息を吐く。
「うっ・・す、すいません所長!」
及川は動揺しつつも敬礼を止め、直立姿勢のまま綺麗に腰を折り頭を下げた。
「及川か・・ふむ、お前がうちを抜けた訳ありってヤツか?」
東野はしげしげと及川の顔を睨め付け、値踏みをする。
「ハッ!中部方面隊、偵察隊に所属しておりました!」
及川は静香に見せた同じ所作で、東野に敬礼をする。
「及川、アンタもうクビにしていい?」
静香はシラケた視線を及川に送り、肩を竦めた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。自衛隊上りは早々色は抜けんもんよ、堅苦しいくらい勘弁してやってくれ」
東野は及川をフォローするも、興味は先に居る該世に移り、該世に向かって歩を進めた。
該世は黒木と共に、地面に置いたアタッシュケースを開き、中の物の確認をしていた。
「クロちゃん、このクォーツは充填されてないよな?」
「黒木・さ・ん!・・あーもういいや。えっと、該世君はこっちのクォーツを使ってね。多分向こうに行っても直ぐに戦闘にはならないから、空の状態で良いと思う」
黒木から米粒大の水晶であるクォーツを受け取り、左手首に巻いたリストバンドに填め込まれた、スマートウォッチのような装置の液晶画面部分をスライドさせ、クォーツを中に埋め込んだ。
「後はこのオートマティックと、予備マガジン・・」
「そんなのいらないよ、インカムだけくれたらいい」
黒木がホルスターごと差し出す拳銃を受け取らず上着を脱ぎ、咽喉マイクインカムを体に装着する。
「ほほう、物騒なの持ってるんだな、それって正規品か?」
準備をする2人に、東野は茶々を入れた。
該世はギロリと横目で東野を一瞥するが、無視するように上着を羽織る。
「おいおい、冗談だって」
東野は後ろ髪を掻きながらニヒルに笑い、掻いていた手を該世に差し出す。
「東野だ。これでも防衛大臣をやってる、よろしくな!」
差し出していた手を一層前に出し、該世に握手を求める。
「知らないね、おっさん俺は忙しいんだ、邪魔しないでくれ」
該世は握手を求める手を無視し、リストバンドの調整をし出す。
「そう邪険にしなさんな、済美該世。いや、朱鷺将馬と呼んだ方がいいか?」
リストバンドを触る手が止まり、周りの空気が熱を帯び出すように錯覚するほどの威圧感が東野に向けられる。
威圧を受け顔を顰める東野だが、差し出した手をズボンのポケットに突っ込み、半歩前に踏み出して該世に眼を付けた。
「誰だか知らないが、殺していいか?」
東野の鼻先に付く程に顔を近づけ、該世も眼を飛ばす。
「ふん、まぁお前に殺されてやってもいいが、それだとちと困る事もあるんでな。出来れば仲良くしたいんだが」
お互い、眼をくれ合ったまま一歩も引かない。
「お子ちゃま同士、何やってるのよ」
そこへ静香が呆れた様子で割って入った。
「誰がお子ちゃまだ!」
静香の言葉に反応したのは東野だけで、該世は視線を外し装備品の確認に戻る。
「該世、分かってると思うけど、これから私達の活動が公になるの。その為にもこの人の存在が必要不可欠になる。超科研は一民間企業から公的機関へと踏み出す事になるの」
静香のいう超科研は超常現象科学研究所の略称であり、済美静香の私財で運営された民間研究所だ。
だが研究所とは名ばかりで、静香が持つ異能の力を隠す隠れ蓑であり、その力が生み出す様々な可能性を調査、考察する場であった。
「異世界への扉が開かれ、様々な利権や利益が生まれる事になるが、それに付随する争い事も当然発生する」
東野が静香の話を受け継ぎ、黒木が仕舞おうとしていた拳銃を手に取ると、慣れた手つきでスライドを引き、薬室内に初弾を送り込む。
「済美該世、お前が今置かれた状況とは違い、どちらかと言うと我々の世界が他の異世界へ及ぼす影響に問題があるのだが、まぁ何が言いたいかというとだな」
そこで話を区切り、東野は徐に拳銃を該世に突き付けた。
「該世、お前は異世界をどうするつもりだ?」
「撃たせませんよ?」
東野の言葉尻に合わせたかのように、黒木が側面から東野のこめかみ付近にオートマティックの銃口を向けて立つ。
「おいおい、落ち着けよ。俺は質問をしてるだけだぜ?」
「該世君に銃を突き付けておいて、何言ってるんですか?あなたなんか、該世君に比べれば必要枠でもなんでもないのですよ?」
この状況に我関知せずとばかりに、腕を組んで見守る静香と、どう対処すべきかワナワナと焦りの色を見せる及川。
「異世界をどうするかだって?」
該世は拳銃を突き付ける東野に向かい、黒木に頷く仕草を見せ、東野に突き付ける拳銃を下ろさせる。
「ああ、是非とも伺いたいね。俺はお前に畏怖の念を抱く周りの人間と違い、正直脅威でしかない」
東野は拳銃を突き付けたまま下ろさない。
「はっ、なんか論点が違わないか?」
該世は無防備にも、東野に向かって両手を広げる。
「今、俺の中にあるのは、誰にも消すことの出来ない復讐心だけだ。それを向ける相手を違えることはしない。なぁ東野さんとやら、これが答えだが?」
該世はゆっくりと東野が突き付ける拳銃に片手を添えて、自分の眉間へと銃口を当てた。
東野はトリガーガード内に指を入れ、すぐに引鉄を引ける状態にした。
「復讐等と、セルフコントロールも出来ないガキが、持っていい力ではない」
「何言ってるか分かんないが、アンタもあっちに行けば分かるよ、人の命が軽い世界がどんなに醜悪で薄穢いかを」
該世は拳銃から手を離し、東野に背を向けた。
「クソガキが・・」
東野は該世に拳銃を差し向けたままだったが、引き金を引くこと無く撃鉄を戻し、黒木に拳銃のグリップを向けて渡した。
そこへ話が終わるのを見計らったように、静香が東野の横に立つ。
「私達の基本概念は、数多の異世界を救う事にあるのよ。その為に必要な人材がまだまだ足りていない。それでも彼が現れた事で、大きくプランが前進したわ」
「済美、俺達はアイツをコントロールする事が出来ると思うか?」
東野は該世の背中を睨み付けたまま、凝った首を捻って骨を鳴らす。
「何言ってるの、東野さん。コントロール出来てるわよ?あの子がこれから向かう異世界を救わないんだから」
「はぁ?済美、お前こそ何言ってるんだ?」
東野は済美の言のちぐはぐさに顔を歪め、嫌悪感を隠さない。
静香は肩を竦め、呆れたように東野を見る。
「凝ってるのは首だけじゃなくて、頭もね東野さんは。異世界が存在するという事は、私達のこの世界も異世界でしょうに」
・・つづく・・
済美 静香は、目の前の惨事に動じる事無く、震えるスマホをタップし耳に当てた。
「ええ、了解よ。それで向こうは?・・・いやダメよ、まだ戻さないと伝えなさい、分かったわね」
静香はスマホを上着の内ポケットに仕舞い、入れ替える様にタバコケースを取り出しタバコに火を点ける。
そこへ東野は呆れた様子で、静香の傍らにやってきて愚痴り出す。
「派手にやりやがって、これじゃあマスコミ関係に統制を引くタイミングがムズいだろうが」
静香は愚痴に付き合うこと無く、東野を見る。
「東野さん、古巣への要請は?」
「ああ、もうすぐ現着するだろうよ。まぁ出来レースだかんなぁ、フライング気味で出動してるぐらいだぜ?」
東野の返答に満足したのか、済美はニヤリと頬を緩ませ、タバコケースから1本のタバコを東野に差し出す。
「にしても何だありゃ、お前のお気に入りは化け物か?」
東野は深々と紫煙を吸い込み、盛大に吐き出すとトンネルの入口に目を向ける。
「言葉には気を付けて下さる?彼は私の息子でもあるのよ」
批判の言葉にも関わらず、薄い笑みを浮かべる静香は、気分を害されたようには見えない。
「そう間違った表現でもないだろう?例えこちらに危害を及ぼす相手であっても、あんな簡単にだな・・只でさえこちらと似た姿であるのに、ああも殺せるか?」
該世が見せる異世界人との戦闘に、常人離れをした能力よりも、東野にとってはまだガキに見える該世が、躊躇なく異世界人を殺す姿に空恐ろしさを感じていた。
「さすが、平和ボケした自衛隊のトップにいた人の意見ね。あなたも当事者になれば分かるわ、恨みや憎しみだけでは生まれない、感情を無機質なものへと変える衝動の在処がね」
異能の力で敵を砂塵に変え、そこに立ち尽くす該世の後ろ姿を、どこか尊い者を見るように目を細める静香。
「そりゃあ戦争を経験した事はない。だがな、我が国の軍は自衛隊という名のしがらみに、主導ではない戦争に忸怩たる思いを経験しているからこそ、主導権を握りたいんだ。然るにお前に乗る事を躊躇いはしない、分かるか?」
東野は憤りを隠すこと無く、語気を強め静香に詰め寄る。
「ならば黙って見ていなさい。これから直面する異質で、歪な世界との付き合い方を嫌でも知ることになるから」
静香の瞳は爛々と輝き、上気した表情を浮かべるのだった。
§
引き摺られる力に抵抗する事を諦め、身を委ねる翔子だが、激痛によって体が意識を手放す事には抗い続け、助けを求める祈りを繰り返す。
不意に掴まれていた髪から手が離れた事で体の自由は得たが、体を動かすことも出来ず、見詰める先の視界はぼやけているが、それは薄らぐ意識がそうさせているのかは分からない。
だが、ぼやけた視界に写る輪郭が、祈りが通じたのだと分かる程に、明瞭になっていく。
「ああ、がい・・せ・・」
祈りの言葉をやっとの事で口に出した時、瞳に溜めた涙が一斉に溢れ、該世の姿がはっきりと見て取れた。
該世はミカラジ司教の足元に寝かされた翔子の姿を隙なく一瞥し、静かに息を吐く。
「翔子、もう大丈夫、必ず助けるからな」
該世はミカラジ司教から目を離さず、慈しむ声色で翔子へ話し掛けた。
(フハハハ、いい兆候ではないか。何を言っているか分からなくても、分かるぞお前の思いは。ならば問おう、この娘と引き換えに、素直に私の元に戻る気はあるか?)
該世の表情を読むミカラジ司教は、愉悦の笑みを浮かべる。
「どう分かればそうなるんだよ?あーそうか、俺を怒らせて判断を鈍らせようと、なるほど」
今度は口から吐く言葉と同時に思念でも会話を飛ばし、左手で首の後ろを吊り持っていた殉教者を眺め見る。
(た、助けて・・殺さないでくれ・・)
藻掻く殉教者は、該世にも分かるように思念で命乞いをする。
だが、該世はミカラジ司教へ視線を移し、睨み付けたまま左手に力を込め能力を発動させる。
「キチッキキキー!」
殉教者は耳障りな断末魔を残すと、頭の先から足先に向けて石化し、該世が手を離すとドサリと地に崩れ落ち、人の形が崩れ砂山へと変わる。
驚愕の表情でその様を見ていたミカラジ司教は、はたと我に返り足元にいる翔子の背中に杖を突き立てた。
(う、動くな!動くでない!・・貴様ぁ、分かっているのか!この女、どうなってもいいのか!)
該世は無言のまま、一層深くミカラジ司教を睨み、左掌を自分の顔に向け、手首のリストバンドを右手で掴み、具合を確かめるように左腕を2度3度と回し捻る。
(私は知っているのだぞ、貴様はこの女と親しい仲であることを!)
ミカラジ司教は、翔子の焼けた背中に突き立てた杖に、震える程の力を込め魔法を行使する素振りを見せる。
もう痛みすら感じる事が出来ない程衰弱し、言葉を発する事も出来ない翔子は、目の前の出来事に現実味を感じる事が出来ず、只々該世がそこにいる事にすがる想いを託し、涙が流れる虚ろな目を該世から離そうとしない。
(この女の親であろう男の記憶に、お前とこの女との関係があったのだ。知らぬとは言わせんぞ!)
表情を勝ち誇った不敵な笑みに変え、該世を睨み返す。
「ヨシ・・ヨシの事か」
該世は義和の事をヨシと呼び、震える手を抑える為か両手をズボンのポケットに突っ込むと、睨み付けていた目を地面に落とした。
「お前はいつもそうだ、俺をどれだけ怒らせれば気が済む?何か得があるのか?そんなのあるわけ無いよなぁ!」
該世は呟くほどの声から、怒りに満ちた怒声に変え、伏せていた顔を上げた時には怒りを通り越し、鬼神の如く目を吊り上げた表情でミカラジ司教を睨むと、突然傍らの砂山からボッという音をたて、タングステン製の砲弾が発射される。
ミカラジ司教は翔子に突き立てていた杖を前に押し出し、顔を歪めながら何言かの呪文を口にする。
ミカラジ司教へ真っ直ぐに飛来する、直径70mm程の砲弾が杖の手前で時が止まったかのように停止した。
(クックック、貴様の能力など、既に紐解いておるわ!もとよりその力、誰が授けたと思っておる?)
勝ち誇るミカラジ司教は、更に呪文を唱え始めるが、停止する砲弾がゆっくりと錐揉み回転をしだすのを見て取り、顔色を変える。
「したり顔で何イキってるんだ?」
該世はポケットから出した左手の人差し指を真っ直ぐ差し親指を立て、拳銃を突き立てるようにミカラジ司教を照準する。
「バン!」
言葉で発射音を奏でると同時に、砲弾が目に見えない壁を突き破り、杖を粉砕した。
ミカラジ司教は魔法の発動を中断し、辛うじて直撃を間逃れるが、被っていたフードが破かれ、ミカラジ司教の素顔が曝け出される。
ミカラジ司教の素顔は、まだ年若い長髪の青年であり、語り口調からすればギャップを感じる容貌だ。
(いつの間にこんな能力を・・考えられぬ。だが、恐るべき奴の本質からすれば・・)
ミカラジ司教は該世の力に愕然とし後退るが、抜け目無く翔子に目を移し呪文を唱える。
(ここは一度戻り、策の練り直しが必要だが・・まぁ良い、依り代を手に入れたと思えば、無駄足では無かったと弁明の余地もあろう)
懐から硬球大程の石の玉を取り出し、呪文の行使によって光り出す石の玉を、該世に向かって転がす。
「させる理由無いだろうが!」
該世は転がってくる石の玉を無視し、翔子に向かって飛びつく。
だが、該世が石の玉を飛び越えようとした瞬間、石の玉が強烈に発光すると地面から石の壁が湧き上がり、該世の胸部を直撃させ、そのままトンネルの天井へとそびえ立つ。
天井へ挟まれる直前、後方へ飛び降り難を逃れるが、翔子と離隔されてしまう。
「こんな壁・・」
該世は壁に向かって片手を翳そうとするが、そびえ立つ壁に碁盤の目状の光が走り分割され、まるでブロックを組み合わせた人型に壁が形作られる。
「チッ、ゴーレムかよ」
翳した手を握拳に変えて体に引き込み、ゴーレムに向かい半身に構える。
対するゴーレムは、立ったまま地面に付く程の長く太い両腕を、該世へ叩きつけようと振り上げた。
ゴーレムが振り下ろす両腕を迎え撃とうと、該世は引き込んだ拳を突き上げようとしたその時、背後よりロケット弾が飛来しゴーレムの顔部分と覚しき箇所に突き刺さると同時に、爆発が巻き起こる。
爆発によって体勢を崩したゴーレムは、後方へ仰向けにゆっくりと倒れる。
「何やってんだ!」
背後から攻撃を仕掛けた人物に向かって怒鳴り付けるも、ゴーレムの後方に翔子がいる事実に焦る該世は、ゴーレムの足元を潜るように跳ぶ。
だが、抜け出した先にはミカラジ司教と翔子の姿は既に無く、該世の頭上にゴーレムの背中が迫る。
該世はトンネルの中を見詰めたまま、右手を頭上に差し伸べ、迫るゴーレムの背中に触れる。
ゴーレムは厚さ2m、高さ10mもある石の壁であり、重さ約170tが該世に圧し掛かった。
「危ない!」
ロケットランチャーを担いだ、該世と同じデザインの服装を着た少女が叫ぶ。
「ズズーン!」
地響きと共に地面が大きく揺れ、ゴーレムの巨体に該世が圧し潰される。
「該世君!!」
ロケットランチャーを投げ捨て、倒れたゴーレムの上へ飛び乗るが、その途端ゴーレムの巨体の形が崩れだし砂へと変わる。
「うわっぷ・・」
足場を失い、砂山に顔から突っ込み上半身が砂に埋もれる少女。
一面砂に覆われた場所につむじ風が起こり、辺りの砂を吹き消すように砂塵が舞う。
砂塵の中から右手を突き上げた該世の姿が現れ、その右手にはミカラジ司教が放った石の玉が握られていた。
「ケホッケホッ・・だ、大丈夫?該世君」
砂が払われたおかげで、砂山から抜け出した少女は、該世の背に声を掛けた。
該世は手に持つ石の玉を胸の前に持っていき、力を入れるわけでもなく簡単に握り潰した。
「何しに来たんだよ、クロちゃん」
振り返ること無く、咎める口調で少女に話し掛ける。
「クロちゃん言うな!私の方が年上なの、ちゃんと黒木さんと呼んでよね!・・や、そんな事じゃなくて、該世君を助けに来たに決まってるじゃない!私達仲間でしょ!」
該世の言い草に憤慨し、肩を怒らせ詰め寄ろうとするが、それを無視する該世は何かを見つけたのか、トンネルの中に向かって歩み出した。
中村 義和はトンネルの壁に背中を預け、項垂れていた。
(痛みがあるわけでもないのに、体を動かせねぇ・・翔子、翔子はどうなった・・クソ、何も見えねぇ・・)
ミカラジ司教に腕を切り落とされ、両目を潰された義和ではあるが、負傷箇所からの出血は無く、生き存えてはいるが全身に力が入らず、立つ事さえ出来ない。
そこへ自分へと近付いて来る足音に気付き、項垂れていた頭をもたげ、音のする方向へ顔を向ける。
「中村のおじさん!」
義和は自分を呼ぶ声が該世の物だと分かり、声のする方へ身を捩るが、態勢を保てず俯せに倒れてしまう。
「オイ、おじさん大丈夫・・」
該世は慌てて義和を抱き起こし、トンネルの壁へ凭れ掛けさせるが、両目を失った義和の顔に絶句する。
「ガイ・・ガイだよな?無事で・・いてくれたか・・良かった」
義和は自分の身よりも、該世の無事を喜び口元を綻ばせた。
該世は何も言えず、義和の負った傷を手で触れ、顔を歪ませる。
「お、俺は大丈夫だ・・それ・・より、翔子・・翔子を探してくれ・・頼む」
目が見えない義和だが、そこにいるであろうと該世に顔を向ける。
「翔子・・ああ、心配いらないよ、任せてくれ・・」
該世は義和を安心させようと、無事な方の義和の手を握った。
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そこへ後を追って来ていた黒木が、義和の姿を見て目を細める。
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黒木を見る事無く、該世は義和の顔を見詰め、握った手を離さない。
「それは・・」
黒木は義和の容態を確認する事無く口篭る。
該世はその所作に、義和を助ける事が出来ないのだと感じ取り、一層強く義和の手を握った。
「ガイ、そこに翔子がいるのか?なんだよ助けてくれていたのか・・」
黒木の声を翔子だと勘違いしたのか、義和は安堵の声を漏らすが、どう聞いても黒木と翔子の声は似つかない。
それは義和の容態が悪化している事を告げていた。
「ああそうだよ、後はヨシを助けるだけだ。ほら、立てるか?肩を貸すから一緒に家に帰ろう・・」
該世は義和の意識が混濁している事に触れず、見ているであろう幻想に付き合う。
「・・・帰ろう、帰って母ちゃんのメシ食おう・・なぁ、お前も一緒に食うだろ・・」
「もちろん。今日のご飯、肉じゃが・・かな?・・だったらいいのになぁ」
義和の手を引き、抱き上げながら陽気に振舞おうと要望に応えるが、どうしても該世は声が振るえてしまう。
「ああ・・お前が来るんだ、絶対肉じゃがに決まってる・・母ちゃんは・・」
義和はよろめきながらも力を振り絞り、該世の肩に縋り付くが、不意に該世の顔に自分の顔を寄せた。
「なぁ、肉じゃがは・・やっぱ・・そぼろだよな・・」
そう呟く義和の潰れ両目から、血の混じった涙が溢れ出す。
「はぁ・・?何言ってんだよ・・それが肉じゃがだろ?」
該世は笑みを見せ、義和の脇を抱え歩き出す。
「俺、お前を探してた・・ずっと・・ずっと探してたんだ・・でもどうしても・・見つからない」
該世に身を預け、ぽつぽつと義和は語る。
「ハァハァ、このトンネルを塞ぐ話が・・幾度もあったが・・俺はこのトンネルを・・残しておきたかった。お前がひょっこりトンネルから・・現れるかもしれないと・・だが、諦めた・・」
義和は息が詰まるのか、胸に手をやり呼吸を荒くする。
「なぁガイ・・お前を見た時、俺はまさかと思った・・だが、お前若すぎるからもしかするとと、お前の事を調べた事もあったんだ。でも何も分からなかった」
トンネルの出口まで近づいたが、もう動けないとばかりに義和はその場にへたり込んだ。
「今俺は何も見えない・・だが・・だからなのか、俺にはお前の姿が目に映るんだ・・なぁ将馬・・お前今まで何してたんだよぅ・・みんな心配してたんだぞ・・バカ野郎がぁ」
義和は顔をクシャクシャにし、前に屈む該世の肩を握り拳で叩いた。
当てずっぽうに何度も繰り出す拳を、該世は体で受け止める。
その内、打ち付けられる拳から力が失われ、振り上げた拳は該世の体へ届く前にだらりと振り下ろされた。
「ごめんな、ヨシ・・俺、こっちに帰って来てからヨシの事分かってた。でも、なんて言えばいいのか分かんなくて・・なんて説明すればいいのかって」
該世は俯き、地面に涙の雫を滴らせた。
「いいんだ、いいんだよ将馬。お前が無事で帰ってきたのなら・・それでさ、俺の勝手な願いを聞いてくれ・・ないか・・」
義和は座り込んだまま脱力し、項垂れた。
「ヨシ?おいヨシ!」
該世は慌てて義和を抱き締める。
「翔子を・・頼む・・」
か細い声で囁く義和は、軽く息を吐き命を終えた。
「ぐ、くぅ・・ヨシ、すまない・・」
該世は今にも悲鳴を上げそうな声を押し殺し、義和を強く抱きしめた。
§
トンネル前の道路では、現地の消防隊や救急隊が救命活動に走り回り、警察機動隊が騒然とする現場の確保の為規制線を張る中、トンネル入り口に武装をした自衛隊員が、侵入を拒むかように隙間なく整列をし、外に目を光らせている。
そこへ東野が隊長らしき隊員の前に歩み寄り、隊長の敬礼に敬礼を以って返し、静香を伴って中へ入っていく。
「所長!」
モスグリーンのシャツとパンツの上下に、該世と似たデザインの白のハーフジャケットを身に着けた男性が、静香に気付き直立不動の体制で敬礼をし、声を張り上げた。
「及川うるさい!それになんで敬礼するのよ、うちは軍隊じゃないでしょうに」
静香は刺すように視線で敬礼をする及川を睨み、溜息を吐く。
「うっ・・す、すいません所長!」
及川は動揺しつつも敬礼を止め、直立姿勢のまま綺麗に腰を折り頭を下げた。
「及川か・・ふむ、お前がうちを抜けた訳ありってヤツか?」
東野はしげしげと及川の顔を睨め付け、値踏みをする。
「ハッ!中部方面隊、偵察隊に所属しておりました!」
及川は静香に見せた同じ所作で、東野に敬礼をする。
「及川、アンタもうクビにしていい?」
静香はシラケた視線を及川に送り、肩を竦めた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。自衛隊上りは早々色は抜けんもんよ、堅苦しいくらい勘弁してやってくれ」
東野は及川をフォローするも、興味は先に居る該世に移り、該世に向かって歩を進めた。
該世は黒木と共に、地面に置いたアタッシュケースを開き、中の物の確認をしていた。
「クロちゃん、このクォーツは充填されてないよな?」
「黒木・さ・ん!・・あーもういいや。えっと、該世君はこっちのクォーツを使ってね。多分向こうに行っても直ぐに戦闘にはならないから、空の状態で良いと思う」
黒木から米粒大の水晶であるクォーツを受け取り、左手首に巻いたリストバンドに填め込まれた、スマートウォッチのような装置の液晶画面部分をスライドさせ、クォーツを中に埋め込んだ。
「後はこのオートマティックと、予備マガジン・・」
「そんなのいらないよ、インカムだけくれたらいい」
黒木がホルスターごと差し出す拳銃を受け取らず上着を脱ぎ、咽喉マイクインカムを体に装着する。
「ほほう、物騒なの持ってるんだな、それって正規品か?」
準備をする2人に、東野は茶々を入れた。
該世はギロリと横目で東野を一瞥するが、無視するように上着を羽織る。
「おいおい、冗談だって」
東野は後ろ髪を掻きながらニヒルに笑い、掻いていた手を該世に差し出す。
「東野だ。これでも防衛大臣をやってる、よろしくな!」
差し出していた手を一層前に出し、該世に握手を求める。
「知らないね、おっさん俺は忙しいんだ、邪魔しないでくれ」
該世は握手を求める手を無視し、リストバンドの調整をし出す。
「そう邪険にしなさんな、済美該世。いや、朱鷺将馬と呼んだ方がいいか?」
リストバンドを触る手が止まり、周りの空気が熱を帯び出すように錯覚するほどの威圧感が東野に向けられる。
威圧を受け顔を顰める東野だが、差し出した手をズボンのポケットに突っ込み、半歩前に踏み出して該世に眼を付けた。
「誰だか知らないが、殺していいか?」
東野の鼻先に付く程に顔を近づけ、該世も眼を飛ばす。
「ふん、まぁお前に殺されてやってもいいが、それだとちと困る事もあるんでな。出来れば仲良くしたいんだが」
お互い、眼をくれ合ったまま一歩も引かない。
「お子ちゃま同士、何やってるのよ」
そこへ静香が呆れた様子で割って入った。
「誰がお子ちゃまだ!」
静香の言葉に反応したのは東野だけで、該世は視線を外し装備品の確認に戻る。
「該世、分かってると思うけど、これから私達の活動が公になるの。その為にもこの人の存在が必要不可欠になる。超科研は一民間企業から公的機関へと踏み出す事になるの」
静香のいう超科研は超常現象科学研究所の略称であり、済美静香の私財で運営された民間研究所だ。
だが研究所とは名ばかりで、静香が持つ異能の力を隠す隠れ蓑であり、その力が生み出す様々な可能性を調査、考察する場であった。
「異世界への扉が開かれ、様々な利権や利益が生まれる事になるが、それに付随する争い事も当然発生する」
東野が静香の話を受け継ぎ、黒木が仕舞おうとしていた拳銃を手に取ると、慣れた手つきでスライドを引き、薬室内に初弾を送り込む。
「済美該世、お前が今置かれた状況とは違い、どちらかと言うと我々の世界が他の異世界へ及ぼす影響に問題があるのだが、まぁ何が言いたいかというとだな」
そこで話を区切り、東野は徐に拳銃を該世に突き付けた。
「該世、お前は異世界をどうするつもりだ?」
「撃たせませんよ?」
東野の言葉尻に合わせたかのように、黒木が側面から東野のこめかみ付近にオートマティックの銃口を向けて立つ。
「おいおい、落ち着けよ。俺は質問をしてるだけだぜ?」
「該世君に銃を突き付けておいて、何言ってるんですか?あなたなんか、該世君に比べれば必要枠でもなんでもないのですよ?」
この状況に我関知せずとばかりに、腕を組んで見守る静香と、どう対処すべきかワナワナと焦りの色を見せる及川。
「異世界をどうするかだって?」
該世は拳銃を突き付ける東野に向かい、黒木に頷く仕草を見せ、東野に突き付ける拳銃を下ろさせる。
「ああ、是非とも伺いたいね。俺はお前に畏怖の念を抱く周りの人間と違い、正直脅威でしかない」
東野は拳銃を突き付けたまま下ろさない。
「はっ、なんか論点が違わないか?」
該世は無防備にも、東野に向かって両手を広げる。
「今、俺の中にあるのは、誰にも消すことの出来ない復讐心だけだ。それを向ける相手を違えることはしない。なぁ東野さんとやら、これが答えだが?」
該世はゆっくりと東野が突き付ける拳銃に片手を添えて、自分の眉間へと銃口を当てた。
東野はトリガーガード内に指を入れ、すぐに引鉄を引ける状態にした。
「復讐等と、セルフコントロールも出来ないガキが、持っていい力ではない」
「何言ってるか分かんないが、アンタもあっちに行けば分かるよ、人の命が軽い世界がどんなに醜悪で薄穢いかを」
該世は拳銃から手を離し、東野に背を向けた。
「クソガキが・・」
東野は該世に拳銃を差し向けたままだったが、引き金を引くこと無く撃鉄を戻し、黒木に拳銃のグリップを向けて渡した。
そこへ話が終わるのを見計らったように、静香が東野の横に立つ。
「私達の基本概念は、数多の異世界を救う事にあるのよ。その為に必要な人材がまだまだ足りていない。それでも彼が現れた事で、大きくプランが前進したわ」
「済美、俺達はアイツをコントロールする事が出来ると思うか?」
東野は該世の背中を睨み付けたまま、凝った首を捻って骨を鳴らす。
「何言ってるの、東野さん。コントロール出来てるわよ?あの子がこれから向かう異世界を救わないんだから」
「はぁ?済美、お前こそ何言ってるんだ?」
東野は済美の言のちぐはぐさに顔を歪め、嫌悪感を隠さない。
静香は肩を竦め、呆れたように東野を見る。
「凝ってるのは首だけじゃなくて、頭もね東野さんは。異世界が存在するという事は、私達のこの世界も異世界でしょうに」
・・つづく・・
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