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11-マカロンとエリシアの事情

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「ニーロー、いるでしょう?私、エリシアよ。開けてくれない?」
「いらっしゃいエリシアさん」

デリックから連絡を貰った二日後、エリシアがやって来た。

「…………驚かないのね、この前来たばかりなのに」
「デリックさんから聞いてましたから」
「そう。私が一人で来た理由も聞いたのかしら?」
「いえ、それは何も。とにかく中へどうぞ、お菓子用意してありますよ」
「!さすがニロ、うちの男達と違って気が利くわね!」

お菓子と言えばエリシアは嬉しそうに顔を綻ばせ靴を脱いで中に上がる。
リビングに案内すると、テーブルに並べられたスイーツにエリシアの目が輝いた。

「凄い、可愛い!見たことないお菓子があるわ!」
「エリシアさんが来るって聞いて準備していたんです」
「まあ嬉しい、ありがと。早速いただくわ」

エリシアはイスに腰かけるとテーブルに乗せたお菓子を優雅に食べる。
甘いもので少しでも気分が落ち着けばいいんだけど……。

今回用意したのは全てミニチュアを実体化させたスイーツだ。
ケーキ、クッキー、マカロンの三種類である。
この世界にもケーキはあるだろうし、クッキーはこの前エリシア達に好評だったので作った。
あと見た目がカラフルで可愛らしいマカロンを追加してみた。


マカロンの作り方は簡単。
好きな色に着色した粘土を丸め、一センチ程の厚さに潰したものを二つ作る。
それぞれの生地の淵を一、二ミリくらい爪楊枝で軽く引っ掻いて痕を付け乾燥。
乾燥後、ケーキにも使用した水を混ぜクリーム状にした粘土を絞り出して生地で挟めば完成だ。
生地の色を変えるだけでカラフルになるし、実体化してから試食してみたところ色を変えることによって味も変わる事に気が付いたのでいろんな色を作ってみた。
ピンク色は甘酸っぱい苺味、緑はほんのり苦い抹茶味、茶色はチョコレート味といった風に。


にこにこしながらマカロンを食べるエリシアを見る限り、お気に召して貰えたようだ。
マグカップに紅茶を入れ差し出す。

「どうぞ、紅茶です」
「ありがと、気が利くわね」

マグカップを受け取ったエリシアは一口紅茶を飲むとふう、と息をついた。

「……聞かないの?私が来た理由」

不意に尋ねられて思わず目を瞬かせる。

「エリシアさんが話したいなら」

デリックはエリシアがここに来たのは個人的なトラブルがあったからだと言っていた。
個人的なことを知り合ったばかりの人間があれこれ聞き出そうとするのは失礼だと思い、俺は何もきかないと決めていた。

「……それ、私のことなんて興味ないって突き放してるようにも聞こえるわ」
「ええっ!?そんなつもりじゃ……!すいません!」

俺としては話したくない事もあるだろうしと気を遣ったつもりだったんだけど、そういう風にも聞こえちゃうのか!?

おろおろしだした俺を見て彼女はくすりと笑う。

「ちょっとからかっちゃった。ニロがそんな人じゃないってわかるわ、私のためにこんなお菓子を用意してくれたんだもの」
「冗談だったんですか?脅かさないで下さいよ……」
「ふふ、ごめんなさい」

驚いたがエリシアが笑ってくれて良かった。

「……聞いてくれる?何があったのか」
「はい、俺でよければ」

こくりと頷くとエリシアは紅茶の入ったマグカップを両手で包み込みながら話し始めた。
街に戻った彼女に何があったのか。





――――――

「エリシア!」

街に戻り【何でも屋】の仲間たちと冒険者ギルドに入ろうとした時、急に声をかけられた。
エリシアはうんざりした表情で振り返る。

「待ち伏せしないでって言ってるでしょ、お父様!」

振り返った先に居るのは彼女と同じ濃い緑の髪をオールバックにした初老の紳士だ。
街中を歩くには身なりが良すぎる上に、後ろに武装した護衛をつれていることから貴族だという事がわかる。
彼はメイデナー伯爵家の当主であり、その人物を父と呼ぶエリシアもまた貴族であり伯爵令嬢であった。

「今日という今日は屋敷に戻りなさい。冒険者なんて仕事は伯爵令嬢のお前には危険すぎると、何度も言ってきただろう」
「またその話?心配じゃなくて、自分の利益の為に私を連れ戻したいだけでしょう!」
「エリシア、ここは往来だ。落ち着け」

声を荒げたエリシアをジャックが宥める。

「でもジャック……!」
「分かってる。場所を変えよう、ここでは目立つ。伯爵様もそれでよろしいですね?」
「……構わない」

メイデナー伯爵から了承を得ると、ジャックは冒険者ギルドの職員に声をかけ会議用の部屋を一つ借り【何でも屋】のメンバーと伯爵達を引きつれ中に入る。

「私は帰らないわよ」

テーブルを囲んで向かい合うように座るなりエリシアが告げる。

「お前の婚約者がお前の帰りを待っているんだぞ」
「お父様が勝手に決めた男じゃない。しかも女遊びの激しいロクデナシ」

「……エリシアって婚約してたの?」
「貴族とは聞いていましたが、婚約者がいたのは初耳ですね」
「お前ら少し黙ってろ」

エリシアとメイデナー伯爵が話しているのを邪魔しない程度の声量でレイチェルがこそっとデリックに話しかける。
しかしセドリックに注意され二人とも口を噤む。

彼らが知らないのも無理はない。
エリシアの婚約は彼女が冒険者として依頼を受けている間、伯爵が勝手に決めたものだったからだ。
エリシア自身、それを聞かされたのは数週間前のことで仲間にまだ話せていなかった。
父から話を聞かされ婚約者はどんな男だろうと調べてみた所その結果は酷かった。

婚約者の名前はベンジャミン・プラウト、プラウト伯爵家次男である。
かなりの酒乱で驚くほどの女好き、婚約者の身内にまで手を出すことで有名でなんども婚約破棄されているロクデナシ。それが婚約者として選ばれた男だ。

何故そんな男を伯爵がエリシアの婚約者したかと言えば、プラウト家の当主であるプラウト伯爵がメイデナー伯爵に頼み込んだからである。
メイデナー伯爵は学生時代、現プラウト伯爵に命を救われ怪我を負わせてしまったという借りがあった。そのせいで断り切れなかったのだ。
だがそんな事情、エリシアには関係がない。
ロクデナシと結婚するくらいなら冒険者を続けて、家には一生戻らないと宣言し今に至る。

何度かメイデナー伯爵は説得のため、冒険者ギルトでエリシアを待ち伏せしていたがエリシアは取り合おうとしなかった。

「もういい加減にして。私じゃなくてもお姉様だっているじゃない!」
「アリシアには……恋人がいる。男爵家の男だがなかなか悪くない、勤勉だから後継ぎとして伯爵家に婿に来てもらうつもりだ」

伯爵の言葉にエリシアの眉がつり上がった。

エリシアにはアリシアという姉がいる。
決して姉妹仲は悪くない、がメイデナー夫妻は何かとアリシアを優先するのだ。所謂姉妹格差というものである。
エリシアが愛されていないわけではない、ただ姉の方が彼女より両親にとって優先度が高いだけ。
それだけの事にエリシアは幼い時から深く傷ついていた。
誰にも話したことはなかったけれど。

「もういい!そんな家、絶対戻らないわ!私は一人でも生きて行けるもの、お父様なんてもう知らない大っ嫌い!」
「おいエリシア!!」

子供の様に怒鳴り散らしてギルドを飛び出す。

「待ってエリシア!どこ行くの!?」
「ニロのところ!」

レイチェルが慌てて追いかけるがエリシアは吐き捨てるようにそう告げて行ってしまった。


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