催眠術師

廣瀬純一

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自宅で

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その夜、一樹は家に帰るとソファに座り込んで考え込んだ。映画館での出来事が頭から離れない。田中の優しい笑顔と、自分が無意識に返した「私も、あなたと一緒にいると楽しい…」という言葉がリフレインのように蘇る。

「何やってんだ、俺…」と呟くが、心の中に「一華」としての自分がふわりと微笑むのを感じる。一樹は深呼吸して、自分を落ち着かせようとした。

翌日、催眠術師の美香に連絡を取ろうと考えた。「一体、催眠術がどれくらい効いているのか、または本当に解けていないのかを聞くべきだ。」と考えたからだ。彼は意を決して美香にメールを送り、事情を説明した。

数時間後、美香からの返事が届いた。

「佐藤さん、催眠術の影響が長く続いているみたいですね。催眠術自体は短期間で解けるはずですが、もしかしたら何か心の奥に眠っていた別の側面が表に出てきたのかもしれません。一度お会いして、もう少し詳しくお話を伺いますね。」

そのメッセージを読んだ一樹は、自分の胸の中でどこか安堵する気持ちを感じつつも、何かを決意したような表情で再び催眠術の会場を訪れることにした。

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数日後、彼は再び美香のもとを訪れた。美香は柔らかな微笑みを浮かべ、彼を迎え入れた。

「お久しぶりですね、佐藤さん。どうぞ、おかけください。」

彼は少し緊張しながら椅子に腰を下ろし、最近の自分の気持ちについて正直に話し始めた。「実は、あの催眠術の後から、どうしても自分が女性であると感じてしまうんです。最初は戸惑っていましたが、日が経つにつれ、一華としての感覚が自然に感じられるようになってきました。そして…」

彼は田中とのデートの話や、心の中で湧き上がる奇妙な感覚についても美香に打ち明けた。美香はうなずきながら話を聞き、しばらく考え込んでから口を開いた。

「佐藤さん、実は催眠術というのは、その人の心の奥にある隠れた願望や側面を引き出すことがあります。あなたの中には、もしかしたら男性としての人生以外にも興味があったのかもしれません。一華というキャラクターは、あなたの内面の一部が表れた姿なんです。」

彼は少し驚きながらも、自分の心がスッキリするのを感じた。「つまり…俺の中に、一華としての一面があるってことですか?」

美香は微笑みながらうなずいた。「そうかもしれませんね。催眠術が解けても、その感覚が残っているということは、あなたが無意識にその側面を大切にしたいと感じているからでしょう。」

一樹は何かに納得したように深く息を吐いた。女性としての感覚は単なる錯覚ではなく、彼自身の中にある新たな一部だったのかもしれない。彼はこのことを受け入れることを決めた。

---

それから一樹は、「一華」としての自分をもっと大切にしてみようと思った。休みの日には少し華やかな服を選んで出かけたり、女性向けのカフェにも足を運んだりと、今までと違う自分の姿を楽しむようになった。そして、田中とは自然な距離感で接し、互いに友人として良い関係を築きつつ、時々デートのような感覚で食事に行くようになった。

彼は徐々に「一華」としての自分も「一樹」としての自分も共存できるように感じ始めていた。そして、その二つが一つのアイデンティティとなり、彼をより豊かな人生へと導いていくのだった。

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### エピローグ

数ヶ月後、一樹は穏やかな笑顔で田中とカフェにいた。田中が彼に問いかけた。

「最近、なんだかずっとリラックスしているね。なんだか、今の佐藤の方が好きだよ。」

一樹は微笑みを返し、心の中で一華が静かにうなずくのを感じた。

「ありがとう、田中。俺も、今の自分が少しずつ好きになってきたよ。」

田中は少し不思議そうに彼を見つめていたが、その眼差しの温かさが、彼にとってかけがえのない支えとなっていることに気づいていた。一樹は、これからも「一華」としての感覚を大切にしながら、新しい自分を生きていく決意を固めていた。
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