性別を選択する銭湯

夕映湯

古い町並みの中にある小さな銭湯「夕映湯（ゆうばえゆ）」。入り口には、今では珍しくなった木の暖簾（のれん）が風に揺れている。店主の小柄な女性、佳代（かよ）は、ここで30年以上この銭湯を守り続けてきた。

夕映湯は他の銭湯とは少し違っていた。それは、客が「性別」を選択して入浴するシステムを導入していることだった。この仕組みは、現代の多様な性のあり方を尊重するために作られた。時代の変化とともに、従来の「男湯」「女湯」という固定された区分に疑問を持つ人々が増えたことが背景にあった。

銭湯の入り口には、三つの選択肢が掲げられている。

1. **「男湯」**  
2. **「女湯」**  
3. **「自由湯」**（自身の性別に縛られず、選択を自由にできる湯）

「自由湯」は、性別に違和感を感じる人や、自分のアイデンティティにより合った空間を選びたい人が集まる場所だ。この取り組みは町内で少しずつ話題になり、多くの人々が訪れるようになっていた。

ある夕方、一人の若い男性が銭湯にやってきた。彼の名は健（たける）。彼はしばらく立ち止まり、三つの選択肢を見つめていた。生まれた時から「男性」として生きてきた健だが、自分の中にある違和感を長年抱えていた。しかし、それを周囲に話すことはなかった。彼は勇気を出して、初めて「自由湯」の暖簾をくぐった。

自由湯の中には、広々とした浴場が広がっており、壁には柔らかい色彩の絵が描かれていた。水音が心地よく響き、リラックスできる空間が広がっていた。そこには他にも数人の利用者がいたが、皆それぞれが静かにお湯に浸かっていた。健は、その穏やかな空気に包まれ、自分の選択が正しかったと感じた。

湯船に浸かりながら、彼は自分自身と向き合う時間を得ることができた。ここでは、誰も彼を問いただすことはなく、ただお湯の中でリラックスすることだけが求められていた。健はふと隣にいる年配の男性と目が合った。その男性はにっこりと笑い、軽く会釈をしてまた目を閉じた。

「ここはいい場所だよな」

その一言が、健の胸に温かく響いた。自分らしくいられる空間が、こんなに心地よいものだとは思わなかった。健は少し笑みを浮かべ、またゆっくりと目を閉じてお湯に身を委ねた。

銭湯から上がると、佳代がフロントで笑顔で迎えてくれた。「どうだったかしら？」と優しく声をかける。健は少し照れながらも、「とても良かったです」と答えた。その答えに、佳代は満足そうに頷いた。

「自由に選べる場所があるのは、素敵なことですね」と健が言うと、佳代はしみじみとした表情で答えた。

「そうね。自分がどこにいるべきか、自分で決められるって、とても大切なことよね。お湯はみんなを優しく包んでくれるから、安心して選んでいいのよ。」

その言葉に、健は深く頷いた。

夕映湯は、これからも多くの人々を温かく迎え入れるだろう。性別や固定観念に縛られず、誰もが自分らしくいられる場所として、町の人々に愛され続けることだろう。