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美紀の服
しおりを挟む彼には、特別な能力があった。それは「他人の服を着ると、その人になれる」という奇妙で、時には危険にも思える力だった。だが、彼自身にとっては、それがただの遊びの一つに過ぎなかった。普段は友人の服を借りて、彼らの生活を一瞬だけ垣間見ることを楽しんでいたが、今日は少し違った試みをしてみることにした。
自分の部屋のドアを静かに閉め、彼はそっと姉の部屋へと足を運んだ。姉の服を着るというアイデアが突然頭をよぎったのは、ほんの数日前のことだ。姉は彼より5歳年上で、家庭でも学校でもしっかり者として知られていた。彼にとって、姉はいつも完璧で、彼には理解できない大人の世界に生きているように見えた。
部屋に足を踏み入れると、姉の整然とした空間が広がっていた。綺麗にたたまれた服、整えられたベッド、机の上には教科書とノートが整然と並んでいる。彼はタンスを開け、いくつかの服を手に取ってみたが、目が止まったのは、姉がよく着ているワンピースだった。淡いピンク色で、姉がデートに出かける時に着ていたものだ。
「これか……」
彼はそのワンピースを手に取り、ゆっくりと体に滑らせた。少しサイズが合わないが、すぐにその感覚は消えていった。そして次の瞬間、鏡に映る姿に驚いた。
そこには、姉の姿があった。
彼の体は完全に姉のものに変わっていた。髪型も、顔の輪郭も、声も。自分自身が姉そのものになったのだ。その瞬間、彼は興奮を覚えた。これこそが、彼の能力の真骨頂だった。他人になりきることで、その人の生活や感覚を体験できる。
「こんな感じなんだ、姉さんって」
彼は鏡に映る自分を見つめ、少し歩いてみた。姉のしなやかな動きが自然に体に染みついている。いつもは小柄で中性的な自分が、今は堂々とした大人の女性としての姿をしている。その違和感が楽しくもあり、妙にくすぐったい気分になった。
試しに姉の声を真似てみる。
「お母さん、今日は外に出かけてくるね」
彼は姉の特有の穏やかな口調を使って話してみた。その声は、彼自身も驚くほど自然に響いていた。まるで本当に姉がそこにいるかのようだ。
「これは面白いぞ……」
彼は姉の部屋を出て、家の中を歩き回った。リビングに入ると、母が振り返って彼を見つめた。
「あら、今日は早いのね、美紀」
彼は思わずドキッとしたが、すぐに微笑み返した。母は全く疑わない。完全に姉として見られているのだ。
「ちょっと、散歩してくるわ」
彼は自然にその言葉を口にし、外へと向かった。外の風が姉の体を包み込む感覚は、彼にとって新鮮だった。周りの景色も、少し違って見える。普段の自分とは異なる視点で世界を見ているようだった。
公園に着くと、姉の友人たちが集まっていた。彼は少し躊躇したが、姉の友人たちの前を通り過ぎると、誰一人として違和感を覚えなかった。むしろ彼女たちは笑顔で手を振ってきた。
「やあ、美紀!元気?」
「あ、うん。元気だよ」
彼は返事をしながら、内心で緊張していた。だが、彼女たちの反応は本物だった。彼が姉であることを完全に信じている。それに、姉の生活がどんなものかをリアルに感じることができたのだ。彼女たちとの会話も、どこかいつもよりスムーズで、楽しいものに感じた。
しかし、その一方で、彼の胸の中に不思議な感覚が芽生えていた。姉としての生活は、彼が思っていたよりもはるかに複雑で、繊細だった。友人たちとの微妙な距離感や、時折見せる不安な表情。姉は強い女性である一方、彼が見えないところで様々な悩みを抱えているのだと、彼は少しずつ感じ始めていた。
その日は、姉の姿のまま一日を過ごした。家に帰ると、母が夕食を準備していた。
「美紀、お疲れ様。今日はどうだった?」
「うん、まあまあかな」
彼は笑ってそう答えたが、心の中は少し複雑だった。姉の生活を知ることで、彼は少しだけ大人になった気がした。彼女が背負っているもの、その強さの裏に隠された弱さ。それを知った時、彼は初めて、姉という存在を本当に尊敬した。
夜、彼は静かに姉の部屋に戻り、ワンピースを脱いで元の自分に戻った。鏡に映るのは、いつもの自分だ。だが、もう以前の自分とは少し違っていた。姉の服を着て、姉になったことで、彼は少しだけ彼女に近づけた気がしていた。
「姉さん、ありがとう」
彼は心の中でそう呟き、静かに自分の部屋に戻った。
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