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廣瀬純一

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田中家

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家族の顔交換の日
家族全員が顔を交換することになるとは、少しも思っていなかった。きっかけは、父の何気ない提案だった。

「せっかくだから、家族全員で顔を交換してみないか?」
日曜日の朝、リビングで父が新聞を読みながらぽつりと呟いた。顔を交換することはこの社会では一般的なものになっていたけれど、家族全員でやるというのは、少し珍しい。

「えっ、家族全員で?」
中学生の妹、由紀は少し戸惑った顔をして父を見つめた。

「面白そうじゃないか。家族同士で顔を交換すれば、お互いのことがもっとよくわかるかもしれないだろう?」
父は笑いながら続けた。その提案に、母も賛同するように頷く。

「そうね、普段の会話だけじゃ伝わらないこともあるもの。顔を交換してみたら、きっとお互いの気持ちがわかるかもしれないわ。」

私はリビングのソファに座って、家族の顔を順に見渡した。父、母、由紀、そして自分。顔を交換するなんて考えたこともなかったが、確かに興味深い体験かもしれない。家族と顔を交換することで、どんな新しい発見があるのだろうか。

「じゃあ、やってみようか。」
父の一言で、私たちは全員賛成した。

それぞれの顔に、顔剥がしクリームを塗る。最初はひんやりとした感覚が広がり、次第に顔の表面が柔らかくなっていくのがわかる。由紀は鏡を見ながら少し驚いていた。

「本当に剥がれるんだ…」
彼女は自分の顔がゆっくりと浮き上がっていく様子に見入っていた。やがて、全員が自分の顔を手に取り、互いに見せ合った。

「すごいな、こうして見ると、ただのパーツにしか見えないな。」
父が自分の顔をじっと見つめながら言った。確かに、こうして家族全員が顔を持ち上げている姿は、少し不気味で奇妙な光景だった。

「じゃあ、交換しよう。」
母が提案し、私たちは互いの顔を交換することにした。父は母の顔を、母は由紀の顔を、由紀は私の顔を、そして私は父の顔を。それぞれが他の家族の顔を手に取り、慎重に自分の顔に装着した。

装着が終わると、リビングには全く別の「家族」が誕生していた。

「すごい…」
私が父の顔をつけて話すと、低い父の声が自分の口から出てくる。その瞬間、自分が「父」となった感覚に包まれた。

「これ、変な感じだよ!お兄ちゃんの顔で話すの、なんか不思議…」
由紀は、私の顔をつけたまま自分の声で喋りながら笑った。彼女の目線を通して、自分の顔がどんなふうに見えているのかを想像すると、少し複雑な気持ちになった。

父は、母の顔をつけてキッチンに立ち、何かを考え込んでいるようだった。

「母さんの視点から見ると、台所がこんなふうに見えるのか…いつも料理してくれてありがとうな。」
父は突然、そんなことを言い始めた。母の顔で言われると、なんとも不思議な感覚だ。母も、由紀の顔をつけたまま、少し感慨深そうに父を見つめていた。

「あなたも大変よね、いつも仕事で疲れているのに、家のことまで気にかけてくれて。」
普段はあまり口にしない感謝の言葉が、由紀の顔をした母の口から飛び出した。まるで、顔を交換したことで、お互いに気持ちが素直に伝えられるようになったかのようだった。

「お父さんの気持ち、なんとなくわかる気がする。」
私は父の顔でリビングを歩き回りながら、普段よりもずっと落ち着いた気持ちで家族を眺めた。いつもは父が何を考えているのか理解しにくかったけれど、今なら少しだけ彼の視点に立てている気がした。

「私もお兄ちゃんのこと、もっとちゃんとわかる気がする。」
由紀は、私の顔をつけたまま小さく笑った。彼女はいつも少し無口で、あまり感情を表に出さないタイプだったが、今日の彼女は少し違って見えた。

その夜、私たちは元の顔に戻ることにした。顔を剥がすと、再びそれぞれが「自分自身」に戻ったが、何かが確かに変わっていた。

「不思議な体験だったな。」
父は自分の顔をつけ直しながら言った。「顔を交換するだけで、こんなにも家族のことがよくわかるとは思わなかった。」

「そうね。これからはもっとお互いを大切にしなきゃいけないわ。」
母も微笑んで答えた。由紀も黙って頷いている。

顔を交換することで、私たちは単に外見だけでなく、お互いの内面にも触れることができた。家族だからこそ見えない部分もあったのかもしれない。これからは、もっとお互いの気持ちを尊重し、理解し合えるだろう。

家族の顔を交換したその日、私たちは新しい絆を手に入れたのだ。
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