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社食でのランチ
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木村小枝に案内されるまま、社食フロアへと向かうエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは静かに下降を始める。その間、小枝は何も言わず、手元のタブレットを指でなぞっているだけだった。無言の時間が続くほどに、その沈黙はただの沈黙ではなく、駆け引きの一手のように思えてくる。
(わざと静かにしてるな。こっちの反応を見てる……)
小五郎は冷静に思考を巡らせながら、無駄に喋らずにいた。普段なら煙草をふかして間を持たせるところだが、沙織の身体ではそうもいかない。まったく、女の身体というのは窮屈だ——そう思いながらも、彼の視線は小枝の横顔を鋭く観察していた。
やがて、エレベーターが着くと、小枝はふっと微笑み、再び歩き出す。
社食は、清潔感あるモダンな空間だった。まるでカフェのようにおしゃれな内装で、社員たちが静かに談笑しながら食事を楽しんでいる。しかし、目立たない奥のブース席は、ほとんど使われていない。小枝は迷いなく、その一角へと向かう。
「ここなら、人目も耳も気にしなくて済むわ」
そう言って彼女は、電子メニューを操作しながら小五郎に視線を送る。
「池田さん……いえ、小五郎さん?」
その言葉に、小五郎の内心はざわついた。しかし、表情は崩さない。まるで、あり得ない冗談でも聞かされたかのように、軽く笑った。
「それは、冗談のつもり?」
「さあ、どうかしら」
小枝は、スプーンの先でカフェラテを軽くかき混ぜると、その泡の上に指でなぞった跡を描く。そこには、わずかに「24:00」という数字が浮かび上がった。
「今夜、二十四時。サウスビルの地下駐車場。そこに来れば……“情報”を渡すわ」
小五郎は一瞬、考え込む。罠かもしれない。しかし、この女の目は真実を語っているようにも見えた。いや、どこまでが真実かを見極めるのが、自分の役目だ。
「了解。でも、その前にひとついいかな?」
「何かしら?」
「なぜ俺——いや、“池田沙織”を名指しで誘った? 俺がこの会社に来たのは、今日が初めてのはずだ」
小枝は、スプーンを口に運びながら、小悪魔のように微笑んだ。
「だって……池田沙織は、貴方たちが思っているより、ずっと“有名”なんですもの」
「……俺たち?」
「ふふ。話の続きは、夜に」
小枝は、まるで何事もなかったかのように立ち上がると、そのまま去っていった。残された小五郎は、カップの中で冷めかけたコーヒーを見つめながら、静かにインカムのスイッチを押す。
「沙織、聞こえるか」
『こっちは大丈夫。何があったの?』
「木村小枝……こいつは、ただの秘書じゃない。今夜の24時、サウスビル地下駐車場に来いだとさ」
『罠の匂いしかしないね』
「だが、乗るしかない。そっちはどうだ?」
『社内通信を解析中。怪しいデータがあった。誰かが社内ネットを通じて、暗号化されたファイルを送ってる。発信元は秘書課の端末』
「やっぱり、か」
小五郎は、口元を引き締めた。
「……潜るぞ。今夜で決着をつける」
---
(わざと静かにしてるな。こっちの反応を見てる……)
小五郎は冷静に思考を巡らせながら、無駄に喋らずにいた。普段なら煙草をふかして間を持たせるところだが、沙織の身体ではそうもいかない。まったく、女の身体というのは窮屈だ——そう思いながらも、彼の視線は小枝の横顔を鋭く観察していた。
やがて、エレベーターが着くと、小枝はふっと微笑み、再び歩き出す。
社食は、清潔感あるモダンな空間だった。まるでカフェのようにおしゃれな内装で、社員たちが静かに談笑しながら食事を楽しんでいる。しかし、目立たない奥のブース席は、ほとんど使われていない。小枝は迷いなく、その一角へと向かう。
「ここなら、人目も耳も気にしなくて済むわ」
そう言って彼女は、電子メニューを操作しながら小五郎に視線を送る。
「池田さん……いえ、小五郎さん?」
その言葉に、小五郎の内心はざわついた。しかし、表情は崩さない。まるで、あり得ない冗談でも聞かされたかのように、軽く笑った。
「それは、冗談のつもり?」
「さあ、どうかしら」
小枝は、スプーンの先でカフェラテを軽くかき混ぜると、その泡の上に指でなぞった跡を描く。そこには、わずかに「24:00」という数字が浮かび上がった。
「今夜、二十四時。サウスビルの地下駐車場。そこに来れば……“情報”を渡すわ」
小五郎は一瞬、考え込む。罠かもしれない。しかし、この女の目は真実を語っているようにも見えた。いや、どこまでが真実かを見極めるのが、自分の役目だ。
「了解。でも、その前にひとついいかな?」
「何かしら?」
「なぜ俺——いや、“池田沙織”を名指しで誘った? 俺がこの会社に来たのは、今日が初めてのはずだ」
小枝は、スプーンを口に運びながら、小悪魔のように微笑んだ。
「だって……池田沙織は、貴方たちが思っているより、ずっと“有名”なんですもの」
「……俺たち?」
「ふふ。話の続きは、夜に」
小枝は、まるで何事もなかったかのように立ち上がると、そのまま去っていった。残された小五郎は、カップの中で冷めかけたコーヒーを見つめながら、静かにインカムのスイッチを押す。
「沙織、聞こえるか」
『こっちは大丈夫。何があったの?』
「木村小枝……こいつは、ただの秘書じゃない。今夜の24時、サウスビル地下駐車場に来いだとさ」
『罠の匂いしかしないね』
「だが、乗るしかない。そっちはどうだ?」
『社内通信を解析中。怪しいデータがあった。誰かが社内ネットを通じて、暗号化されたファイルを送ってる。発信元は秘書課の端末』
「やっぱり、か」
小五郎は、口元を引き締めた。
「……潜るぞ。今夜で決着をつける」
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