名探偵の秘密

廣瀬純一

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秘書の木村小枝

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情報セキュリティ部門のオフィスを出て、フロアの長い廊下を歩く。ヒールの音が乾いたリズムで響く中、小五郎は何気ない様子を装いながらも、周囲の空気に神経を研ぎ澄ませていた。社内は清潔すぎるほど整然としており、壁には無機質なパネルと社是の額がいくつか並んでいる。その無機質さの中で、不意に人の気配が差し込んだ。

「おや?」

軽やかな声が、背後から聞こえた。

振り返ると、そこに立っていたのは、スーツ姿がよく映える女性だった。ダークグレーのタイトスカートに、白いブラウス。その胸元にはネオコード社の社章と、「秘書課 木村小枝」と記されたネームプレートが光っている。艶やかな黒髪をまとめ、控えめな笑みを浮かべるその姿は、完璧に計算された“社内の華”そのものだった。

「池田沙織さん、でしたよね? 今朝、配属のご挨拶を拝見しました」

小五郎は瞬間的に記憶を探る。たしか、資料にあった名前だ——社長直轄の秘書課に所属し、社内の人脈や情報に最も精通していると言われる人物。表向きは控えめな秘書だが、内部では「情報の女王」と呼ばれている、という噂もある。

「ええ、そうです。今日からお世話になります」

微笑みを返しながらも、小五郎の脳内では警戒レベルが一気に上がっていた。彼女の目は笑っているのに、その奥に隠された探るような光が消えない。まるで、こちらの正体を見透かそうとしているかのように。

「ふふ、さすがはセキュリティ部門の方。立ち居振る舞いが堂々としてらっしゃるわ。新人さんは、もっと戸惑うものだけど」

「……前の職場で、少し鍛えられまして」

「まあ、それは心強いですね」

小枝の目元がわずかに細まる。その視線が、まるで包丁のように鋭く突き刺さる気がした。

「よかったら、お昼でもご一緒に。こちらの社食は意外と評判なんですよ。それとも、もっと聞きたい情報があるなら——別室も、用意できますけど?」

小五郎は瞬時に判断する。この誘いは、単なる親切でも単なる好奇心でもない。試されている——あるいは、引き込まれようとしている。

「じゃあ、社食でお願いします」

「うふふ、堅実なお答え」

小枝は、しなやかに身を翻すと、案内するように歩き出した。彼女の動きは一分の隙もなく、まるで訓練されたエージェントのようだった。

小五郎は、沙織の身体に宿ったまま、わずかに唇を吊り上げる。

(面白くなってきたな……)

これは単なる情報漏洩事件では終わらないかもしれない——そう、小五郎は確信し始めていた。

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