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七曜星系

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 二一世紀も終わりになった頃、地球では恒星間航行技術が発展し、人類が宇宙に進出しても、歴史と文明の惰性により国家の枠組みが崩壊しなかった二二世紀。
 世界の大国各国はそれぞれ独自に宇宙開発を行っていた。
 一時は環境破壊及び世界大戦により滅亡寸前となり、世界各国が団結して新技術の開発、環境保全、人口爆発による環境悪化防止に宇宙にコロニーを作るほか、植民星を作り、人類を移住させた。
 特に国連の技術部門が作り上げた超光速航法技術は、人類の活動範囲を太陽系外に拡大させ、発展させていった。
 理論的に実証されていた超光速航法技術――超光速航行方法及び空間跳躍方法だが、実用化には多大なハードルがあり、開発には天文学的な費用が掛かることが分かっていた。
 だが、各国が団結し予算を出した結果、開発に成功。
 人類の発展に寄与した。
 しかし、人類の団結はそこまでだった。
 コロンブスの卵の如く、最初こそ誰もが光速を超える技術を実用化する方法を見つけられず、数多の失敗を繰り返した――開発費の殆どは失敗した実験やプロジェクトの損失だった。
 もし、各国が開発費を供出し世界規模で人材を送り出さなくては、開発不可能だったというのは後の歴史家も認める事実だ。
 だが、一度発見し実用化すれば、技術は誰でも活用できる。
 コンピュータも最初の一代は人間の生涯年収以上の金額だったが現在では月収の十分の一以下で買えるのと同じで、活用されると安価に導入できるようになって仕舞う。
 超光速航法技術も同じで、開発後のほんの十数年で大国ならば超光速宇宙船を開発建造運用できるようになった。
 各国は独自に宇宙船を建造し、国連を無視して太陽系外の惑星を開発していった。
 当然、宇宙開発を巡る争い――領有権、使用権などの様々な争いが起きた。
 しかし既存の宇宙条約では不十分、宇宙空間は人類共有の財産とされており各国が独自に開発していた状況では現実離れした条約となった。
 結果、二二世紀の初頭に月条約が締結され、諸天体に各国の領土権、静止軌道以下を領空権、接続宙域などが設定されそれ以外を公宙とし自由航行が許された。
 そして未知の惑星を発見するため、また領有した各地の天体を守るために各国で編成されたのが宇宙軍だった。
 日本も例外では無く第三次世界大戦で、自衛隊の機能不全――自衛隊の能力、装備不足では無く、法体系の未整備、多々ある不要な制限のため活躍できなかった。
 結果、自衛隊自身と日本および国民に多大な犠牲を出した反省を元に、自衛軍を経て、国防軍となり各国の軍と同等のレベルに引き上がった。
 その軍隊化した時の目玉が宇宙軍であり、日本領有下の諸天体の防衛、そして未知の領域への調査を担当していた。
 その一員となるべく勉強していたのが士官候補生として入隊した天海だった。




「目的地、七曜星系第三惑星水曜星に接近。視認できました」

 航海長が司令と艦長に報告すると二人だけでなく艦橋にいた全員が同じ方向を向いた。
 天海も、当直に支障の無い範囲でその方向を見る。
  日本が太陽系外に有する独自の植民星系の中で最大規模を誇る七曜星系、その第三惑星であり中心地である水曜星だ。
 惑星表面の六割を海が覆う地球型惑星で、地球に似ているので懐かしささえ覚える。
 太陽系を離れて四〇光年の位置にあり更に外宇宙へ向かう重要拠点となっている。
 そのため、貿易が盛んで多数の船が入港し、出港している。

「第四艦隊より通信! 予定通り夏星L5泊地へ入港せよ、以上です!」

 通信士が報告した。
 念のため天海は針路を確認し旗艦の挙動を見る。
 進路変更なし。
 天海はほっと一息吐いて、再び針路上を見る。
 やがて水曜星の衛星夏星が見えてきた。夏星を横目で見つつ通過すると、目の前に無数の星々が見えた。
 いや、星では無かった。
 外宇宙における日本国宇宙軍最大の艦隊、第四艦隊が艦列を並べていた。
 七曜星系は日本の外宇宙探査、開発、産業の重要拠点あるため、安全保障の観点から日本国宇宙軍の艦隊が置かれている。
 外宇宙を航行する艦艇の補修施設も設けられており、最大規模の軍事施設と言って良かった。
 特に第四衛星夏星は、軍事基地となっており、第五ラグランジュ点――L5は艦艇の泊地として使用されていた。
 戦艦、巡洋艦、駆逐艦をはじめとする主要艦艇から補給艦、工作艦、掃海艇などの支援艦艇などが停泊あるいは航行している。
 そして、多くの艦艇が入港してきた練習艦隊を迎えるべく登舷礼――宇宙服を着用し、甲板に整列して相手を歓迎する宇宙船最高の儀礼を行っていた。

「手空きの者、宇宙服着用の上、上甲板へ登舷礼用意」

 艦長の命令が下り、艦内は俄然慌ただしくなった。
 手の空いている乗員や候補生が宇宙服を着用してエアロックから甲板に出ようとしている。
 睡眠時間を邪魔された連中には気の毒だが、返礼はしなければならない。
 出来る事なら天海も甲板に出たかった。
 第四艦隊には先に卒業した指導学生や転属になった教官がいるので晴れ姿を見て欲しかった。
 まあ、会う約束はしているので会えるだろうが、出来れば少しでも早く合いたいと思う天海だった。

「そういえば、入港前のレーダー捜索を行っていないな」

 入港時はデブリ対策のためレーダーを作動させる。
 泊地の場合は備え付けの捜索レーダーがあるので使用する必要は無い。それに旗艦のみが行う事が多い。
 だが、各艦が適宜行う事も許されている。

「航海長、入港前に周辺のレーダー捜索を行います」

 天海はレーダーを作動させることを報告した。
 もし、ここでレーダーを使用するか否か尋ねたら怒られる。何をするか尋ねたらもっと怒られる。
 無声指揮と呼ばれるやり方で、初級士官が状況を判断しその場でやるべき事を考え、発現し実行する。
 もし、不適切な命令なら上官が「待て」と言って止める。
 返事が無ければそのまま実行だ。
 好き勝手にやっているように見えるが、状況に応じた行動を取らなければならないため練度が必要だ。
 それに指揮官の負担軽減にもなる。
 戦闘時などやるべき事が多すぎて一人一人に命令を下している時間さえ無い。
 だから各士官が状況に応じて、事前の方針、規定に従い自立して行動して貰った方が負担は軽減されるのだ。

「応」

 このときも航海長は天海に返事をして了解した。
 早速レーダーを作動させて周辺を捜索する。
 数秒後映し出されたのは近くの夏星と泊地へ停泊中の艦艇だった。

「うん?」

 だが、練習艦の至近距離を高速で移動する小さな光点があった。
 ドップラー効果による電波の周波数変化を検知したレーダーによると、速度は秒速三〇〇キロ。
 夏星どころか七曜星系の脱出速度を超えており、そんな速度で周回しているデブリなど存在しないし、あったとしても星系をとうの昔に飛び出している。
 星系外からやってきたデブリだとしたらものすごい幸運だ。
 それも複数個が泊地の艦隊に向かうなど確率論的にあり得ない。
 あり得るのは魚雷――高度なステルス装備を施されたミサイルだけだ。
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