架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

文字の大きさ
上 下
36 / 83

新型酸素魚雷

しおりを挟む
「いらっしゃいま……じゃなかった。お帰りなさいませ、ご主人様!」
「んっ? ……はっ? ええっ、生徒会長!?」

 たどたどしい接客の声が響き、次いで入店した客が困惑の声を上げた。無理もない。
 学園最強と名高いノエルがまさかのメイドとして、しかも学年の違う出し物で出てくるなど誰が予想できようか。特に模擬戦での姿を知っているなら混乱しても仕方ない。
 それでもきちんと席まで案内されているようだ……盗み聞きすると、ちゃっかり一番高い組み合わせのメニューを頼んでいる。
 恐らくノエルがオススメとして誘導したのだろう。中々のやり手である……というか容赦ないな、アイツ。

 実際、彼女がメイド喫茶で働き始めて一時間ほど経ったが、明らかに昨日より客足が増えている。
 物々しい二つ名のせいで余計な先入観が働き、誤解や勘違いを受けているノエルだが、元々は人当たりの良い性格に加えてボクっ子の白髪赤目美少女である。属性過多かよ。
 他の七組メイドに見劣りしない人形の如き麗しい容姿の女子が、メイクによって宝塚系パッションメイドとなったのだ。
 見る者を魅了し、朗らかに迎え入れてくれる姿は老若男女問わず好評で、口コミの影響もあってか客足が絶えず流れてきている。激痛を耐えてメイクした甲斐があったぜ。

 おまけに接客の応対に多少粗さが滲み出ても“味が出ていてとても良い”“新しい一面が見れて満足”“う、美しい……”と受け入れられているので、メイド喫茶としてのレベルが下がることもない。
 納涼祭のお祭り感にベストマッチした最高の人材、それがノエルだ。
 実行委員のデールを筆頭に七組のみんなも事情を話せば納得してくれたし、売り上げへの貢献度が高く非常に助かる。

「特製パンケーキを二つ! クロトくん、コーヒー二つ!」
「はいよ」

 調理場に顔を出してきたノエルに応えて、ティーカップを用意しコーヒーを注ぐ。芳醇な香りが湯気と共に立ち込め鼻腔をくすぐる。
 砂糖とミルク、ティースプーンを揃えると、作り置きしていた生地を用いて、手早くパンケーキを作りあげた調理班がトレイに乗せて持っていった。

 体の具合を見て調理の方に回ろうと思ったが、執事服では隠せない所まで包帯が巻かれているので人前には出せない、無理をしてほしくない、お願いだから七組総出で見張っててほしい、と。
 シルフィ先生の切実な要望によって、本当にコーヒーを淹れるだけの置き物と化している。いや、うん……楽ではあるし体も癒せて一石二鳥なのだが、なんだか不甲斐ない……。
 試しにそのむねをデールに伝えたところ、


「望んだ訳でもねぇのに生徒会長と戦わされた挙句、反動で血まみれになったヤツを酷使するほど畜生じゃねぇよ。いいから大人しくしてろ」


 若干キレ気味に反論され、調理班の“なに言ってんだコイツ”みたいな視線に刺され、肩を縮めて豆を挽く機械として作業に徹している。
 なぜそこまで気が立っているのか不思議だったが、どうやら七組全員、模擬戦が組まれた理由をエリックから知らされたらしい。

 特待生の意義を問うにしても行動が遅い、今更過ぎる、不当な判断、頭悪いんか? など。
 来賓に対する不平不満、胸の内にいきどおりは中々抑えられるものではないようだ。
 ノエルは模擬戦に関して割とノリノリだったけど、俺と同じく巻き込まれた側で、公開処刑の如き見せしめに関与された被害者とも言える。

 だからあっさりと七組の皆に受け入れられた。彼女もまた学生であり、楽しみ方に差異はあれど納涼祭を堪能する権利がある。
 そもそも普段から激務で学園を空けがちな彼女が、学園行事を満足に楽しめた機会があったのだろうか? 
 恐らく自らの所属するクラスの出し物にすら関われず、出店を見て回ること体験することも出来ず……文字通り、後の祭りを眺めるくらいしかできなかったのでは、と。

 直接口に出して聞いたわけでもないが、保健室でのチグハグな感情の出し方が増々そう思わせた。
 そんな寂しい青春を送り続けたであろう彼女が、今はすっかり笑みを浮かべて接客している。楽しませる側として納涼祭を満喫できてる現状を嬉しく感じているのかもしれない。
 ……最終日も手伝ってくれないかな? メイドとして働くのに納得してるんだし、更なる売り上げに貢献してもらったりとか……ダメかな?

『──!?』
「ん?」

 邪悪な感情の芽生えを刈り取るように、突如としてざわついた室内に思考が奪われた。気になったので片手間に挽いていたコーヒー豆を一旦いったん火から離して放置し、調理場の外へ顔を出す。
 うーん? もしかしてクレーマーが来たのかと思ったが違うっぽいな。出入り口に人だかりが出来てるけど荒々しい声は響いてこないし。

 珍しいお客さんでも来たのか? だとしても、なぜお客とメイドがどちらも顔を赤らめているんだ。お客はともかくメイドは仕事してよ。
 機能不全に陥った人だかりの壁に痛みをこらえながら近づくと、その向こうから白い手が伸びる。それはどうも俺に向けられているようだった。
 気づいた何人かが体をどけることで、手を伸ばした誰かの全容が……あぇ?



「──来たわよ、坊や」



 それは、溶けるようでしっかりと芯のあるあでやかな声音。
 情熱的なまでに赤く、綺麗に整えられた長髪。
 夏場に対応した薄着から晒された白い肌、目に毒と言い切れるくらいには溢れんばかりの豊満な胸。
 物憂げな顔も華やかな表情も映える、すれ違えば男女問わず誰もが振り向く美貌。

 銀細工の耳飾りを揺らして、手を振りこちらに向かってくるのは──“麗しの花園”のオーナー、シュメルさん。
 歓楽街トップ店の責任者でありながら滅多におおやけの場には出たがらない彼女が、今まさに、目の前にいる。
 まるで悪戯いたずらが成功したことを喜ぶ子供のような、無邪気な笑みを浮かべて。

「…………スゥーッ」

 長く息を吸って、平常心を保ちつつも思考する。
 めちゃんこ美人な女性に声を掛けられる──既知の人物であり、言動からそれなりに親交があると知られた。
 お互いにバレたらマズい商いをしている──特に彼女の職業柄、学生である俺が知り合いなのはよくない。
 下手な対応で身元が判明するのはダメだ──周知された瞬間、学生生活も歓楽街の立ち位置も危うくなる。

 明確にこちらを認識している以上、今さら人違いでした、なんて良い訳が通るとは思えない。
 そもそもメイド喫茶を成立させる為に“麗しの花園”へどれだけの苦労を掛けた……? 衣装やメイク道具も融通してもらってるんだぞ……俺だけが知っている取引相手とはいえ、無下に扱うなんて論外だ。
 せめて、せめて花園のスタッフ総出で来られなかっただけマシと考えよう。その上で、シュメルさんをどうするかが重要だ。

 コンマ数秒単位で広がる思考の海。グルグルと渦巻く選択肢。
 必死にかき集めたピースで形作る最良の答え。
 カチ割れそうな頭痛を噛み殺し、いざ口を開いて──

「あの、こちらの、席へ……どうぞ」

 ごく平凡。苦肉の末に出た言葉があまりに情けなかった。
 笑えよ、ちくしょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

江戸時代改装計画 

華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

小沢機動部隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。 名は小沢治三郎。 年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。 ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。 毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。 楽しんで頂ければ幸いです!

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...