架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

文字の大きさ
上 下
32 / 83

マリアナ沖夜戦

しおりを挟む
 空襲が終わって、被害集計を纏め報告した佐久田は勝機はないと感じていた。
 第一部隊の被害は少ないが、装甲のない第二から第四部隊所属空母の被害が大きすぎる。
 集中攻撃を受けた飛龍の沈没は仕方ないとしても、爆弾数発だけで発艦不能になった加賀と翔鶴、雲龍が痛い。
 後方に艦載機が残っていても発艦させるための箱である空母群が発艦不能では攻撃できない。
 無装甲の空母は航空攻撃に弱く、沈没しなくても甲板に穴をあけられただけで機能停止となる。
  特に雲龍など爆弾一発で発着艦不能。たった一発で戦力を消失した。
 やはり空母には飛行甲板に装甲が必要だ。艦政本部がもうすこし理解を示し、装甲空母を増やしてくれたら、信濃や大鳳のように軽微な被害に終わり攻撃可能だっただろう。
 だが、それもたらればの話だ。
 手元にある攻撃隊で何とかするしかない。
 幸い、最後に出した攻撃隊が攻撃に成功し、空母を新たに二隻撃破してくれたようだ。
 だが、もはや同じような攻撃は出せないだろう。
 一航艦も連日の攻撃で消耗。特にマリアナに備蓄していた燃料が底を突いている。
 しかもアスリート飛行場が占領されたとき備蓄していた魚雷が吹き飛び対艦攻撃力が無くなっている。
 日本海軍は攻撃力を失った。
 これ以上の攻撃は効果が望めず、いたずらに損害を増やすだけだ。
 このことを理解した後方の連合艦隊司令部から撤収命令が出ておりマリアナの放棄が決まった。
 闘将と呼ばれる山口も戦闘意欲があっても命令を無視することはできない。
 だから、山口は命じた。

「第一機動艦隊全艦に通達! あ号作戦中止! 撤収に移る! 第一部隊と第五部隊及び指定された各隊は第二艦隊に集結。夜戦を決行する! コクサ! 編成を」
「宜候」

 生気の無い声で佐久田は了解した。



「夜戦か」

 第一戦隊司令官宇垣纏中将は、電信を受け取って表情を変えずに呟いた。
 上の防空指揮所では森下艦長が防空指揮を執っている。
 操艦の名手であり、絶妙の回避行動を行うため未だ被弾はない。
 姉妹艦の武蔵も長門、陸奥にも被弾はなく、戦闘力は維持していた。
 空母を最優先で狙うというアメリカ軍の方針で戦艦が狙われにくいという事情もあるが、とにかく第一戦隊は無傷だった。 
 被害がないことに安堵していたが、戦争が戦艦から航空機優先となったことを示すものだ。

「皮肉なものだな」

 表情を変えず宇垣は呟いた。
 この戦いの主兵力である航空機がなくなって負けが決まって戦艦の出番がやってきたのだ。
 ただ戦艦は昼戦ではなく、夜戦を行う。
 本来なら敵がよく見える昼間に行いたい。
 だが、陽があるうちは、敵機の空襲を受ける。
 飛行機の飛べない夜の間にすべてを終わらせる必要がある。
 これはこの戦争の特徴であり日米共に航空劣勢側が艦隊行動を夜間に行う。
 そのため、この戦争では夜戦が起きやすい。
 遭遇戦も多いが、はじめから企図して行われる事も多い。
 戦艦でさえ、投入される。
 しかし、艦隊決戦用に作られた大和さえ投入されるのは、皮肉であり、日本海軍が劣勢である事を証明していた。
 だが命令とあらば実行しなければならないし、昼間に艦隊決戦が出来るような状況ではない。
 それに夜戦とはいえ、大和で砲撃できる事に宇垣は喜びを感じていた。

「田村少将に通達。夜戦用意。水雷戦隊の指揮を任せる。敵艦隊に向けて最大戦速。木村少将にはサイパンに突入するよう命令を出せ」
「はっ」
「第二艦隊、全軍突撃せよ」

 宇垣はアメリカ艦隊に向かって自分の第二艦隊を突撃を始めた。



「敵艦隊が接近している?」

 報告を受けたスプールアンスは珍しく戸惑いの表情を浮かべた。
 空母部隊同士の戦闘に戦艦が殴り込みをかけてくるなど想定外だった。

「長官、退避命令を出しましょう」
「ダメだ」
「どうしてですか」
「我々の後方には上陸船団がいるし、サイパンで戦っている陸上部隊がいる」

 空母部隊のみなら退避で正解だ。
 しかし後方にはマリアナへの上陸船団がいる。
 さらに未だ激戦が続くサイパンへ上陸している部隊やそれを支援する艦艇部隊もいる。
 マリアナ占領を目指しているアメリカ軍にとって上陸船団に被害が、壊滅するのは敗北と同じだ。
 たとえ日本の機動部隊を撃退したとしても、彼らが壊滅したら作戦失敗だ。
 こんなことなら上陸作戦は後回しにすれば良かった。
 だが、すでに部隊は上陸しており今から撤収させても作業中に敵艦隊が到達してしまう。
 彼らを守るためには盾が必要だった。
 その盾をスプールアンスは取り出し敵艦隊に向かわせる事にした。

「リー中将に命令。指揮下の第七任務群の戦艦部隊で迎撃せよ。船団には退避命令を。それと各任務群から駆逐艦を抽出して臨時の任務群を編成。リーの支援に回せ」
「了解!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

【架空戦記】炎立つ真珠湾

糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。 日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。 さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。 「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...