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回避運動

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「敵機っ爆弾庫開きました!」
「面舵!」

 防空指揮所に上がった信濃艦長阿部俊雄大佐は命じた。
 右舷から接近するアヴェンジャーの魚雷が落ちると同時に舵が効き始め、魚雷に向かって進路を変える。
 魚雷回避の基本は魚雷の航走方向と艦の進路を一致させることである。
 魚雷に向かうか追いかけられる形になるが、魚雷に対して艦の断面積が最小になるため命中率は落ちる。
 重要なのはタイミングで、魚雷が落ちるときに舵が効き始めるのがよい。
 遅いと命中し、早いと雷撃機が魚雷を落とさず、新たな射点を狙うからだ。
 魚雷は、命中せず白い航跡を残して左舷を過ぎていった。
 命中させることができなかった敵機は、信濃の近くを通過すると戦場を離脱し母艦に戻るため飛び去っていった。

「舵戻せ! 取り舵ちょい」

 信濃は元の進路に戻る、同時に敵機が多い左舷に向かって、少しだけ左に舵を切らせた。

「左後方上空より敵機急降下!」

 ホッとする間もなく、見張りが接近する急降下爆撃機を報告する。

「取舵いっぱい!」

 新たな艦長命令に操舵主が舵輪を回す。
 当て舵をしていたため、すぐに舵が効き始め、急速に回頭していく。
 ヘルダイバー急降下爆撃機に限らず急降下爆撃は一度急降下に入ると爆弾を抱えた重量では進路変更も上昇も爆弾投下後でなければ不可能。
 急旋回によって進路上から外れた信濃をとらえられず、機首を上げるためにヘルダイバーは爆弾を海面へ投棄した。
 投下された爆弾は海に落ちて、巨大な水柱を上げ、信濃に少し水飛沫を降りかけた以外に成果はなかった。

「回避成功!」

 艦内に喜びの声が上がる。
 艦長の阿部大佐も声に出さないものの安堵していた。
 海戦の前にリンガで行われた演習で第四航空戦隊松田千秋少将を指揮官にして徹底した回避運動を第一機動艦隊全艦に叩き込んだ。
 敵機を撃墜することも大事だが、敵の攻撃を回避して無駄弾を打たせることも敵への損害となる。
 本来ならば味方へ損害を与えるはずだった敵の魚雷、爆弾は無駄うちとなり、味方の損害が減る。
 当たらない無駄な攻撃をさせて消耗させるのも作戦の内だった。
 これも松田少将の指導によるものだった。
 だが、軍令部へ転属予定だった松田少将を引っ張り出し航海参謀に着任させ艦隊に対空回避を指導するよう進言した佐久田参謀の慧眼があった。
 その後も機動艦隊に残留できるよう佐久田と山口は海軍省に手を回し、そのまま第四航空戦隊の司令官に任命されたのも運が良かった。
 松田少将のお陰で艦隊は見違えるような防空回避を行えるようになったのだ。
 だが感慨にふけっている時間はなかった。

「左舷上空、敵機急降下!」
「右舷より敵機低空より接近!」

 偶然、急降下爆撃機と雷撃機が同時に信濃を狙った。左右両側からの攻撃に同時に対応することはできない。

「面舵一杯!」

 瞬時に判断を下した阿部は命じた。
 魚雷に向かって進路を変更し、雷撃機から放たれた魚雷の回避に成功した。
 しかし、後方からやってくる急降下爆撃機の進路上に飛び出してしまった。
 一機のヘルダイバーが微修正で信濃へ照準を合わせ、爆弾を投下した。
 わずかに重力によって曲がりつつも一〇〇〇ポンド爆弾は信濃の飛行甲板に落ちてゆき命中した。

「艦首に直撃!」

 巨大な火柱が飛行甲板に上がり、信濃の船体が揺れる。

「被害報告!」

 動揺する部下に阿部艦長が命じる。
 部下達は伝声管で各部に状況を確認する。

「各部異常なし!」
「飛行甲板はどうだ」
「煙で見えません」

 空母で最も大きく大事な飛行甲板。
 これが破壊されると、空母最大の能力である航空機運用能力が失われる。
 甲板に被害が無いか艦長以下全員が固唾をのんで爆煙が晴れるのを待った。
 そして爆煙が風で徐々に晴れると飛行甲板が、無傷の現れはじめる。

「……損害なし、被害なしです!」

 飛行甲板の装甲化が行われた信濃は五〇番――五〇〇キロ爆弾、アメリカ軍の一〇〇〇ポンド爆弾の直撃に耐えられる装甲が張られていた。
 ヘルダイバーの爆弾搭載量は一〇〇〇ポンド。
 爆弾は耐えられるから阿部艦長は爆弾を受けることにした。
 魚雷は浸水が発生し傾斜が出来て発艦不能になる恐れがあるし、何より速力が落ちる。
 これも爆弾を引き受けた理由だ。

「信濃、戦闘航海、航空機運用に支障なし!」

 艦長からの報告に艦隊司令部は安堵した。
 機動部隊が航空機運用能力を維持しているのが嬉しい。
 特に大和型の船体を受け継ぎ、装甲化された飛行甲板を持つ信濃は日本海軍の希望と言えた。
 爆弾に対する耐久力を実戦で示してくれて嬉しくもあった。

「他の艦の様子は?」

 旗艦に被害がないことを確認した山口は尋ねた。

「大鳳、海鳳共に被弾するものの、発着艦機能に支障なし」

 部下の報告に山口は安堵する。
 第一部隊の所属空母はすべて飛行甲板に装甲板を張った装甲空母だ。
 軽量化のためにこれまでの空母は飛行甲板に装甲は張らなかった。しかし、広大な甲板は敵機のよい的だ。
 何より飛行甲板は空母最大の機能である航空機の発着艦のためにあり、損傷して使用不能になるのは空母の能力を失うに等しい。
 そのため日本海軍は飛行甲板の装甲化を図った。
 その一番艦が大鳳であり、それに続く海鳳、信濃も同じ防御力があった。
 彼女らの装甲飛行甲板が役に立つことはすぐに証明された。
 これまでの海戦で、通常の空母がたった一発の爆弾を受けて発艦能力を失ったのに対し、装甲空母は軽微な被害で戦場に留まり、敵艦隊へ執拗な攻撃を仕掛け、日本海軍に勝利をもたらした。
 今回の戦いでも十全に能力を発揮していた。
 他の空母より敵艦隊に近い場所に位置したのは、敵の攻撃隊を吸収し、他の空母を守るためだ。

「他の部隊はどうなっている?」
「空襲なし、敵機は我々に集まっています」

 予想以上に効果的な作戦だった。
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