架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

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山口の決断

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 その機体はとてつもなく速かった。
 米軍機よりも速く、戦闘機さえ追いつけなかった。

「流石だな。我に追いつくグラマンなしだ」

 後方で豆粒のように小さいグラマンを見た偵察員は満足だった。
 新型艦上偵察機彩雲。
 偵察専従の初の艦載機だ。可能な限り高速で長距離を飛び敵を振り切ることを主眼に作られている。
 無茶な命令だったが開発を担当した中島は見事期待に応え、最高速度が六〇〇キロを超える彩雲を作り出した。
 今追いかけてくるF6Fグラマンヘルキャット艦上戦闘機のカタログ上の最高速度は五九九キロ。だがこれは速度計測用に軽くした状態で測定された記録だ。
 日本の場合、戦闘重量、戦闘直前と予想される燃料が三分の二の状態で計測されるため実戦に近い数値をカタログに載せる。
 機体が全力を発揮できるのならヘルキャットは彩雲に追いつけない。
 敵に襲われることなく偵察活動を行えるのは良い。
 それに敵機が来ているのは敵機動部隊が近い証拠だ。
 何としても見つけ出したかった。
  第一航空艦隊所属の偵察航空隊の一員として度重なるテニアンへの空襲の中、味方迎撃機の援護の元、離陸した彼らは、空襲に耐える攻撃機を出撃させるためにも敵機動部隊を発見する責務があり、職務に専念していた。
 しかし、いまだ見つからず、焦りが募っていた。

「電信員、逆探の反応はどうだ?」
「徐々に強くなっています」

 敵のレーダー波を検知する逆探装置を見ていた最後尾の偵察員が報告した。
 目視だけでなく、米軍の放つレーダー波を探知して発見率を高めようというコンセプトで彩雲には小型軽量ながら逆探を積んでいる。
 速力低下を危ぶむ声もあったが許容範囲に収まった。
 そのコンセプトは図に当たり、敵艦隊へ向かっていた。

「まもなく見えるはずですが」

 受信強度からして敵艦隊が近くにいることは間違いなく、偵察員は窓の外を見た。

「! 左後方に航跡多数、敵艦隊です!」

 偵察員が改めて確認すると確かに複数の航跡があった。そのうちのいくつか、真ん中の船は長方形の甲板を持っている。米空母に間違いはなかった。

「直ちに司令部に報告しろ。平文で構わない」

 以前なら暗号にしてから打電していたが、暗号作成と解読の時間を短縮するために敵発見時は平文通信で構わないと改められた。
 ただ略号、長い文章を短くするための文字の組み合わせが事実上の暗号となっていたのは致し方なかった。
 そして打ち出された通信文はマリアナの第一航空艦隊だけでなく、進撃中の第一機動艦隊も受信した。



「三時を過ぎましたね」

 信濃の搭乗員控室で休んでいた搭乗員の一人が時計を見て言った。

「今日はなさそうですね」

 今から出撃したら着艦する頃には夜だ。
 夜間着艦は危険なために行われることは少ない。
 常識的には今日の攻撃はない。

「いや、あの佐久田参謀と長官だ。何をするか怪しいぞ」

 だが第二次ソロモン海戦より佐久田の指揮を受け続けた南山は警告した。
 危機の時にとんでもないが核心を突いた作戦を実行させるのが佐久田だった。

「じれったいですね。早く出撃してパッと散りたいです」
「おいおい、馬鹿なことを言うな」

 若い搭乗員に南山は剣呑な口調で言う。

「死ぬのは簡単だ。だが敵空母に魚雷を打ち込むのは何倍も難しい、そう簡単に諦めるな」



「敵機動部隊を発見しました!」

 佐久田と山口が他の幕僚と共に作戦の打ち合わせをしていると伝令が駆け込んできた。

「位置は?」
「ここです。我が方より七〇〇キロの位置におります」

 伝令の報告をもとに海図に書き込んだ参謀が報告した。

「無理ではありませんが、長距離です」

 第一機動艦隊の艦載機ならぎりぎり届く距離だった。

「今から出撃まで準備に一時間。それから発艦して敵艦隊への攻撃はさらに三時間後。日没寸前となります。帰還するころには母艦は暗闇の中にいます。翌日までに距離を詰めて改めて攻撃隊を出すのがセオリーです」

 佐久田は常識的な判断を山口に伝えた。
 それが参謀の任務、軍事が苦情の常識に基づき、作戦案を提示するのが仕事だ。

「そうか薄暮攻撃、夜間着艦になるか」

 だが決断するのは指揮官である司令長官、山口の役割だ。
 口元に笑みを浮かべ小さな笑い声を、不敵な旋律を加えながらもらすと、大声で宣言した。

「やるぞ。攻撃隊を発進させる」
「無茶です!」

 周囲の参謀達は驚いて止めようとする。

「攻撃に成功するか、できても帰還できるか怪しいです」
「母艦へ着艦する必要なし、マリアナのまだ無事なテニアン、グアムに着陸させればよい」
「ですが、攻撃力が減少します」
「攻撃隊を一隊出しても一隊残っている。陸上へ着陸した機は翌朝再攻撃後、母艦に戻ればよい」
「しかし」

 それでも参謀たちはためらった。
 夜間着陸は行っているが事故率が高い。いたずらに損耗することを躊躇った。

「それに連中は米機動部隊だ。特に司令長官のスプールアンスは知将だ。簡単には隙を見せない。予想外の手を打つ以外に方法はない。それとも諸君らにはあるのか」

 山口は周りを見渡した。視線を浴びるたびに参謀たちは目をそらす。
 しかし、最後には佐久田の方へ視線を向ける。
 佐久田が最後の砦である全員が認識していた。
 中国戦線からの有志であり、ミッドウェー以後の機動部隊の中枢で実務を行ってきた古参であり誰もが一目を置いている。
 彼なら止めてくれると期待していた。

「やりましょう」

 だが彼らの期待は裏切られた。

「これほどまでの好機はありません」
「よし、やるぞ」

 失望の念が周囲に漂ったが、決定された以上全力を尽くすのが参謀であり海軍士官だ。全員が攻撃に向けて配置に飛んで行った。

「長官、偵察機を発艦させて第一航空艦隊に攻撃の知らせを打電させてください」
「攻撃しろと催促するのか?」
「小沢長官はずっと攻撃機を温存してきました。攻撃の好機を探っているはずです。我々が攻撃に出るとすれば援護の攻撃隊を出してくれるはずです」
「敵空母上空で合流できるか」
「無理でしょう」

 佐久田はきっぱりと答えた。

「うまくいくとは思えません」
「だな」

 シナ事変の際、幾度も陸攻隊と戦闘機隊が合流に失敗して各個撃破された経験を佐久田も山口も持っていた。それでも出撃を命じた山口に搭乗員達は人殺し多聞丸というあだ名を送りつけたものだ。
 度重なる空襲を受けている一航艦がタイミングを合わせた攻撃を仕掛けるなど無理。空襲の合間を縫って出撃出来るだけでも上出来と考えた方が良い。

「しかし第一航空艦隊が攻撃を行ってくれるだけで敵はマリアナ方面に防空戦闘機を送り込むはず。我々は反対側から無防備な背中を突くことができます。それに攻撃成功後マリアナへの帰還する援護をしてくれるでしょう」
「よし、その方針でいこう」
 
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