上 下
16 / 83

山口の決断

しおりを挟む
 その機体はとてつもなく速かった。
 米軍機よりも速く、戦闘機さえ追いつけなかった。

「流石だな。我に追いつくグラマンなしだ」

 後方で豆粒のように小さいグラマンを見た偵察員は満足だった。
 新型艦上偵察機彩雲。
 偵察専従の初の艦載機だ。可能な限り高速で長距離を飛び敵を振り切ることを主眼に作られている。
 無茶な命令だったが開発を担当した中島は見事期待に応え、最高速度が六〇〇キロを超える彩雲を作り出した。
 今追いかけてくるF6Fグラマンヘルキャット艦上戦闘機のカタログ上の最高速度は五九九キロ。だがこれは速度計測用に軽くした状態で測定された記録だ。
 日本の場合、戦闘重量、戦闘直前と予想される燃料が三分の二の状態で計測されるため実戦に近い数値をカタログに載せる。
 機体が全力を発揮できるのならヘルキャットは彩雲に追いつけない。
 敵に襲われることなく偵察活動を行えるのは良い。
 それに敵機が来ているのは敵機動部隊が近い証拠だ。
 何としても見つけ出したかった。
  第一航空艦隊所属の偵察航空隊の一員として度重なるテニアンへの空襲の中、味方迎撃機の援護の元、離陸した彼らは、空襲に耐える攻撃機を出撃させるためにも敵機動部隊を発見する責務があり、職務に専念していた。
 しかし、いまだ見つからず、焦りが募っていた。

「電信員、逆探の反応はどうだ?」
「徐々に強くなっています」

 敵のレーダー波を検知する逆探装置を見ていた最後尾の偵察員が報告した。
 目視だけでなく、米軍の放つレーダー波を探知して発見率を高めようというコンセプトで彩雲には小型軽量ながら逆探を積んでいる。
 速力低下を危ぶむ声もあったが許容範囲に収まった。
 そのコンセプトは図に当たり、敵艦隊へ向かっていた。

「まもなく見えるはずですが」

 受信強度からして敵艦隊が近くにいることは間違いなく、偵察員は窓の外を見た。

「! 左後方に航跡多数、敵艦隊です!」

 偵察員が改めて確認すると確かに複数の航跡があった。そのうちのいくつか、真ん中の船は長方形の甲板を持っている。米空母に間違いはなかった。

「直ちに司令部に報告しろ。平文で構わない」

 以前なら暗号にしてから打電していたが、暗号作成と解読の時間を短縮するために敵発見時は平文通信で構わないと改められた。
 ただ略号、長い文章を短くするための文字の組み合わせが事実上の暗号となっていたのは致し方なかった。
 そして打ち出された通信文はマリアナの第一航空艦隊だけでなく、進撃中の第一機動艦隊も受信した。



「三時を過ぎましたね」

 信濃の搭乗員控室で休んでいた搭乗員の一人が時計を見て言った。

「今日はなさそうですね」

 今から出撃したら着艦する頃には夜だ。
 夜間着艦は危険なために行われることは少ない。
 常識的には今日の攻撃はない。

「いや、あの佐久田参謀と長官だ。何をするか怪しいぞ」

 だが第二次ソロモン海戦より佐久田の指揮を受け続けた南山は警告した。
 危機の時にとんでもないが核心を突いた作戦を実行させるのが佐久田だった。

「じれったいですね。早く出撃してパッと散りたいです」
「おいおい、馬鹿なことを言うな」

 若い搭乗員に南山は剣呑な口調で言う。

「死ぬのは簡単だ。だが敵空母に魚雷を打ち込むのは何倍も難しい、そう簡単に諦めるな」



「敵機動部隊を発見しました!」

 佐久田と山口が他の幕僚と共に作戦の打ち合わせをしていると伝令が駆け込んできた。

「位置は?」
「ここです。我が方より七〇〇キロの位置におります」

 伝令の報告をもとに海図に書き込んだ参謀が報告した。

「無理ではありませんが、長距離です」

 第一機動艦隊の艦載機ならぎりぎり届く距離だった。

「今から出撃まで準備に一時間。それから発艦して敵艦隊への攻撃はさらに三時間後。日没寸前となります。帰還するころには母艦は暗闇の中にいます。翌日までに距離を詰めて改めて攻撃隊を出すのがセオリーです」

 佐久田は常識的な判断を山口に伝えた。
 それが参謀の任務、軍事が苦情の常識に基づき、作戦案を提示するのが仕事だ。

「そうか薄暮攻撃、夜間着艦になるか」

 だが決断するのは指揮官である司令長官、山口の役割だ。
 口元に笑みを浮かべ小さな笑い声を、不敵な旋律を加えながらもらすと、大声で宣言した。

「やるぞ。攻撃隊を発進させる」
「無茶です!」

 周囲の参謀達は驚いて止めようとする。

「攻撃に成功するか、できても帰還できるか怪しいです」
「母艦へ着艦する必要なし、マリアナのまだ無事なテニアン、グアムに着陸させればよい」
「ですが、攻撃力が減少します」
「攻撃隊を一隊出しても一隊残っている。陸上へ着陸した機は翌朝再攻撃後、母艦に戻ればよい」
「しかし」

 それでも参謀たちはためらった。
 夜間着陸は行っているが事故率が高い。いたずらに損耗することを躊躇った。

「それに連中は米機動部隊だ。特に司令長官のスプールアンスは知将だ。簡単には隙を見せない。予想外の手を打つ以外に方法はない。それとも諸君らにはあるのか」

 山口は周りを見渡した。視線を浴びるたびに参謀たちは目をそらす。
 しかし、最後には佐久田の方へ視線を向ける。
 佐久田が最後の砦である全員が認識していた。
 中国戦線からの有志であり、ミッドウェー以後の機動部隊の中枢で実務を行ってきた古参であり誰もが一目を置いている。
 彼なら止めてくれると期待していた。

「やりましょう」

 だが彼らの期待は裏切られた。

「これほどまでの好機はありません」
「よし、やるぞ」

 失望の念が周囲に漂ったが、決定された以上全力を尽くすのが参謀であり海軍士官だ。全員が攻撃に向けて配置に飛んで行った。

「長官、偵察機を発艦させて第一航空艦隊に攻撃の知らせを打電させてください」
「攻撃しろと催促するのか?」
「小沢長官はずっと攻撃機を温存してきました。攻撃の好機を探っているはずです。我々が攻撃に出るとすれば援護の攻撃隊を出してくれるはずです」
「敵空母上空で合流できるか」
「無理でしょう」

 佐久田はきっぱりと答えた。

「うまくいくとは思えません」
「だな」

 シナ事変の際、幾度も陸攻隊と戦闘機隊が合流に失敗して各個撃破された経験を佐久田も山口も持っていた。それでも出撃を命じた山口に搭乗員達は人殺し多聞丸というあだ名を送りつけたものだ。
 度重なる空襲を受けている一航艦がタイミングを合わせた攻撃を仕掛けるなど無理。空襲の合間を縫って出撃出来るだけでも上出来と考えた方が良い。

「しかし第一航空艦隊が攻撃を行ってくれるだけで敵はマリアナ方面に防空戦闘機を送り込むはず。我々は反対側から無防備な背中を突くことができます。それに攻撃成功後マリアナへの帰還する援護をしてくれるでしょう」
「よし、その方針でいこう」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

架空世紀「30サンチ砲大和」―― 一二インチの牙を持つレバイアサン達 ――

葉山宗次郎
歴史・時代
1936年英国の涙ぐましい外交努力と  戦艦  主砲一二インチ以下、基準排水量五万トン以下とする などの変態的条項付与により第二次ロンドン海軍軍縮条約が日米英仏伊五カ国によって締結された世界。 世界は一時平和を享受できた。 だが、残念なことに史実通りに第二次世界大戦は勃発。 各国は戦闘状態に入った。 だが、軍縮条約により歪になった戦艦達はそのツケを払わされることになった。 さらに条約締結の過程で英国は日本への条約締結の交換条件として第二次日英同盟を提示。日本が締結したため、第二次世界大戦へ39年、最初から参戦することに そして条約により金剛代艦枠で早期建造された大和は英国の船団護衛のため北大西洋へ出撃した だが、ドイツでは通商破壊戦に出動するべくビスマルクが出撃準備を行っていた。 もしも第二次ロンドン海軍軍縮条約が英国案に英国面をプラスして締結されその後も様々な事件や出来事に影響を与えたという設定の架空戦記 ここに出撃 (注意) 作者がツイッターでフォローさんのコメントにインスピレーションが湧き出し妄想垂れ流しで出来た架空戦記です 誤字脱字、設定不備などの誤りは全て作者に起因します 予めご了承ください。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

処理中です...