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第一部 日露開戦編

天罰覿面

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「何をなさっておられるのですか?」

 冷たい声が龍馬の背後で響いた。
 恐る恐る龍馬が振り返ると、通信を終えて戻ってきた沙織が照っていた。
 沙織は静かに歩き始めると何かを言い足そうな龍馬を無視して横を通り過ぎて鯉之助の元へ向かう。

「長官、各部署に伝達は終わりました。円島での補給準備も完了しております」
「ありがとう」
「いえ、職務ですから。それで総帥」
「う、うん」

 突然、矛先を向けてきた沙織の気迫に押されて龍馬は挙動不審になる。

「泊地に連絡しておきました。いろは丸への移乗準備は整っております。停泊と同時に、移乗できます」
「おう、すまんの」
「それと只今の件は乙女様、お龍様、さな子様にお伝えしておきます」
「止めてくれ!」

 龍馬は大声で懇願したが沙織は涼しい顔で、拒絶する。

「ダメです。報告するように皆様からキツく言われておりますから」

 幼少の頃、沙織は乙女、お龍、さな子の三人に武芸や様々な習い事をたたき込まれている。
 貧しい樺太の開拓地での暮らしを考えれば、習い事を習えただけで恵まれている。
 しかも三人とも龍馬のやんちゃに小言を言いつつも、ついて行き龍馬を守っている。
 例え戦火の中に入ろうとも、男以上に勇猛に戦う姿を戦場で沙織は何度も見ていた。
 そんなさんにんの活躍を見て自分もと考え実践していた。
 様々な発明をして皆を幸せにする優秀な弟分だが、何をやるか分からない鯉之助の保護者役をやったのも三人に憧れてのことだ。
 残念なながら鯉之助は予想以上にぶっ飛んでいて、面倒を見切れなかったので距離を置くことになってしまった。
 それでも三人は沙織を叱ること無く、むしろ離れた分、冷静に鯉之助の動きを見て適切に指導しろと温かい言葉を言ってくれた。 
 その恩もあり、沙織は三人に頭が上がらないどころか、崇拝している。
 三人の頼み事に比べれば龍馬の願いなど考慮するに値しない、という考えの持ち主になった。

「仁川あるいは京城で何をしたか話して貰います」
「い、嫌じゃ。三人には黙ってくれんかのう」

 龍馬は娘のような沙織に懇願するが、沙織は頑固だった。

「ダメです。それでは、第一報の作成を行いますので失礼致します」

 龍馬は鯉之助の方を見たが、鯉之助は首を振った。
 ああなった沙織は鯉之助も止められない。

「鯉之助……」

 一縷の望みを掛けて龍馬が縋るような目で鯉之助に助けを願う。

「父上」

 鯉之助は慈愛に溢れる笑顔で言った。

「骨は拾いますよ」

 説教の後の仲裁は交換条件のために何とかする、説教は自分で何とかして生き残れと言外に父親に伝える。
 鯉之助の言葉の意味は寸分違わず伝わり、龍馬の顔に絶望がの色が広がった。
 怒り狂った乙女、お龍、さな子の三人を止める事など鯉之助も無理だ。
 三人の怒りが発散されてから、穏やかに関係修復を行った方が良い。
 だから、最初の一撃は父である龍馬に三人の怒気が全て叩き付けられるまで独力で凌いで貰う。
 中途半端に止めたらやぶ蛇となり、鯉之助に矛先がむけれれてしまう。
 それに罪には罰が必要であり、良い薬になると鯉之助は思った。

「父親の危機を見捨てるのが息子のする事か」
「人と会う準備があるので。それに損傷した綾波の修理もありますし」

 それに、鯉之助は会う必要のある人物がおり、その会見は龍馬の命令でもある。 
 龍馬の雑事に関わっている暇はないのだ。

「あ、長官」

 露天艦橋から離れようとした沙織がついでのように言う。

「なにか?」
「さみしいからって手当たり次第に手を出さないように」
「しないよ」
「どうだか」

 呆れたような態度で鯉之助が反論する前にタラップを下りていった。

「まったく、分かれたのに、何時までも女房のような事を言いやがる」

 思わず愚痴る鯉之助は肩を落としたが、艦橋要員の視線が自分に集まっているのを見て、姿勢を正し、わざとらしく咳払いした。
 彼らは顔を逸らしたが肩の部分が震えており、笑いを堪えているのがすぐに分かる。
 全く、人の痴話喧嘩がそんなに面白い物なのだろうか。
 娯楽の殆ど無い船であ対人関係の噂話は格好の暇つぶしであり、特に上層部は想像がはかどる。
 今日にはあらぬ噂が皇海の全艦に広がり、翌日には全艦隊に広がるだろう。
 各艦の間でも隊員達は様々な方法で情報網を構築しており互いに共有している。
 時折、必要な情報もやりとりされているので、止める訳にもいかない。

「仕方ない、有名税として甘受するか」

 鯉之助は諦めた。
 噂が広がらないようにクタクタになるまで艦隊に演習を命じようかとも考えたが、やることが沢山あるのでやらせない。
 せかせることにする。

「全艦、泊地へ帰投せよ」
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