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第一部 日露開戦編
日本ワイン
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「しかしロシアとは戦力差が大きい」
話題を変えるべく、秋山は大げさな声で言う。
「激戦になるじゃろう。大勢に死ねと命じなければならん」
「やはり厳しいか」
「緒戦は奇襲になったが、ロシアが本気になったら、正面から激突とするとなればこの程度では済まない。大勢が死ぬ」
史実の三倍よりマシとはいえ、倍の国力があるロシアと戦う事になる。
圧倒的な国力の差に鯉之助は同意する。
「上手く戦わないとな」
「少しでも指揮を誤れば死ぬからのう」
「もののふの ふぐにくわるる かなしさよ」
鯉之助は呟いた。
「子規さんが千島遭難の時に乗せた俳句か」
今は亡き幼馴染みが作った句に秋山は心を震わせる。
明治二五年、瀬戸内海を航行中の軍艦千島が英国商船ラベンナ号と衝突して沈没、乗員七四名が殉職した。
領事裁判権もあり居留地であった横浜にある英国領事裁判所、次いで上海の英国高等領事裁判所で行われた。
これらは日本に不利は判決が言い渡され、領事裁判権への不満を高める結果となり改正が進み、日清戦争前後に撤廃が進んだ。
世間の注目が条約改正機運が高まったのは、子規の俳句が人々に知れ渡ったのも一因だった。
「英国商船ではないが我々は多くの将兵を抱え指揮している。決して河豚に食われるような事は、させてはならない」
「そうじゃな」
「よし、最後に一つとっておきの一本を飲むか」
そう言ってワインのボトルを取り出しコルクを開け中身をグラスに注いだ。
「乾杯」
二人は一機に飲み干した。
「まあまあの出来じゃな」
正直な感想を秋山は伝えた。
「これからはワインの時代だと言われてワインを作り始めた川上善兵衛のワインだ」
「まるで海舟先生が儂に言ったような言葉じゃのう」
横で聞いていた龍馬が言う。
「その海舟先生に言われて真に受けて作り始めたんですよ」
慶應義塾に一四歳で入塾した川上善兵衛は、二二歳の時、親交のあった勝海舟を尋ねた。
そしてワインを知り、生産を進められた。
「つまり儂と同類という訳か」
「ええ、金に無頓着なところもね」
「もうよしておけ」
親子が互いに剣呑な雰囲気になり秋山が止めた。
「しかし、このワインは日本人が作ったのか」
「ああ、善兵衛の故郷、新潟の高田で作っている。あそこは米所だが河川が多くて氾濫も多く、三年一作と言われるほど苦しい生活だ。だから洪水に強い収入源が欲しいといって研究している」
「まだまだだが、いずれ本場フランスを超える良いワインが出来るだろう」
「もう少し美味くなって欲しいが」
「作り始めて暫くしか経っていないしな。販売先も少ないから陸軍は勿論、海軍でも買って売り込んでくれ」
「フランス産に比べると味がな」
「予算が増えるぞ」
「酒保や料亭にも購入するよう言っておく」
明治日本の軍事費は酒税から得られていた。
拡張費こそ日清戦争の賠償金だが維持費は全て酒税で賄っている。酒で連合艦隊は浮いていたのだ。
「しかし、儂らが買ったとして戦いきれるかな」
「戦えるよう、資金援助して支えている。熱心なんだが、金に無頓着でちょくちょく援助を送っている」
「儂らの方も無頓着になっているが今回はそうは行かないだろう。金が無い」
財政の話で太平洋戦争や日露戦争の国債の話が良く出てくるが、日清戦争の話は出てこない。
なぜなら酒税だけで戦費を賄えたからだ。
だが、今回の日露戦争はそうはいかない。
日清戦争と比べものにならないくらい規模が大きくなっているし、武器の性能も価格も、弾薬の消費も桁違いだ。
とても酒税だけでは賄えない。
「今回の戦いにも、開戦前から備えて色々と準備をしていたんだ。絶対に勝つ、とは言えないが、善戦できるだけの準備はしてある」
「それだけでも心強い」
秋山はグラスを掲げると一気にワインを飲み干した。
「で、具体的にはどのように進める」
「もうすぐ、ここに戦争の行方を決める。日本の勝敗を託す人物がやってくる。そこで決まるよ」
「それは重大じゃな。しかし、儂らは、えらい相手をしているの」
ロシアの国力は日本の倍から三倍近い。
海龍商会と海援隊のお陰で、多少なりとも国力が増強されているが、それでも倍以上の総生産と国家予算を持っている。
苦戦するのは必至だが、シベリア鉄道が開通すれば戦力差は更に大きくなる。ここで開戦しなければ日本の勝ち目は無かった。
「なんとか対露開戦を回避出来なかったのかのう」
「無理だったろうな」
秋山は回避できなかったか、と考え込むが鯉之助は自明として受け入れていた。
ロシアは大国で極東への野心を隠さずにいた。
もし海へ進出するとなれば、壁のように立ち塞がる日本が真っ先に狙われる。
何より老いた清を手中に収めれば、大陸はロシア一色となり、対岸の島国の日本は脅威にさらされる。
シベリア鉄道が完成すれば、もはやロシアを止めることは出来ず、年を追うごとにロシアの影響力は大きくなる。
それでも日本ではロシアとの交渉に利益の分割に希望を抱いていた。
シベリア鉄道の開通も、むしろ日本の通商路の一つとして利用しようという考え方もあった。
「なんとかロシアと交渉できなかったのかの」
「無理だ」
秋山の言葉を鯉之助は明確に否定した。
話題を変えるべく、秋山は大げさな声で言う。
「激戦になるじゃろう。大勢に死ねと命じなければならん」
「やはり厳しいか」
「緒戦は奇襲になったが、ロシアが本気になったら、正面から激突とするとなればこの程度では済まない。大勢が死ぬ」
史実の三倍よりマシとはいえ、倍の国力があるロシアと戦う事になる。
圧倒的な国力の差に鯉之助は同意する。
「上手く戦わないとな」
「少しでも指揮を誤れば死ぬからのう」
「もののふの ふぐにくわるる かなしさよ」
鯉之助は呟いた。
「子規さんが千島遭難の時に乗せた俳句か」
今は亡き幼馴染みが作った句に秋山は心を震わせる。
明治二五年、瀬戸内海を航行中の軍艦千島が英国商船ラベンナ号と衝突して沈没、乗員七四名が殉職した。
領事裁判権もあり居留地であった横浜にある英国領事裁判所、次いで上海の英国高等領事裁判所で行われた。
これらは日本に不利は判決が言い渡され、領事裁判権への不満を高める結果となり改正が進み、日清戦争前後に撤廃が進んだ。
世間の注目が条約改正機運が高まったのは、子規の俳句が人々に知れ渡ったのも一因だった。
「英国商船ではないが我々は多くの将兵を抱え指揮している。決して河豚に食われるような事は、させてはならない」
「そうじゃな」
「よし、最後に一つとっておきの一本を飲むか」
そう言ってワインのボトルを取り出しコルクを開け中身をグラスに注いだ。
「乾杯」
二人は一機に飲み干した。
「まあまあの出来じゃな」
正直な感想を秋山は伝えた。
「これからはワインの時代だと言われてワインを作り始めた川上善兵衛のワインだ」
「まるで海舟先生が儂に言ったような言葉じゃのう」
横で聞いていた龍馬が言う。
「その海舟先生に言われて真に受けて作り始めたんですよ」
慶應義塾に一四歳で入塾した川上善兵衛は、二二歳の時、親交のあった勝海舟を尋ねた。
そしてワインを知り、生産を進められた。
「つまり儂と同類という訳か」
「ええ、金に無頓着なところもね」
「もうよしておけ」
親子が互いに剣呑な雰囲気になり秋山が止めた。
「しかし、このワインは日本人が作ったのか」
「ああ、善兵衛の故郷、新潟の高田で作っている。あそこは米所だが河川が多くて氾濫も多く、三年一作と言われるほど苦しい生活だ。だから洪水に強い収入源が欲しいといって研究している」
「まだまだだが、いずれ本場フランスを超える良いワインが出来るだろう」
「もう少し美味くなって欲しいが」
「作り始めて暫くしか経っていないしな。販売先も少ないから陸軍は勿論、海軍でも買って売り込んでくれ」
「フランス産に比べると味がな」
「予算が増えるぞ」
「酒保や料亭にも購入するよう言っておく」
明治日本の軍事費は酒税から得られていた。
拡張費こそ日清戦争の賠償金だが維持費は全て酒税で賄っている。酒で連合艦隊は浮いていたのだ。
「しかし、儂らが買ったとして戦いきれるかな」
「戦えるよう、資金援助して支えている。熱心なんだが、金に無頓着でちょくちょく援助を送っている」
「儂らの方も無頓着になっているが今回はそうは行かないだろう。金が無い」
財政の話で太平洋戦争や日露戦争の国債の話が良く出てくるが、日清戦争の話は出てこない。
なぜなら酒税だけで戦費を賄えたからだ。
だが、今回の日露戦争はそうはいかない。
日清戦争と比べものにならないくらい規模が大きくなっているし、武器の性能も価格も、弾薬の消費も桁違いだ。
とても酒税だけでは賄えない。
「今回の戦いにも、開戦前から備えて色々と準備をしていたんだ。絶対に勝つ、とは言えないが、善戦できるだけの準備はしてある」
「それだけでも心強い」
秋山はグラスを掲げると一気にワインを飲み干した。
「で、具体的にはどのように進める」
「もうすぐ、ここに戦争の行方を決める。日本の勝敗を託す人物がやってくる。そこで決まるよ」
「それは重大じゃな。しかし、儂らは、えらい相手をしているの」
ロシアの国力は日本の倍から三倍近い。
海龍商会と海援隊のお陰で、多少なりとも国力が増強されているが、それでも倍以上の総生産と国家予算を持っている。
苦戦するのは必至だが、シベリア鉄道が開通すれば戦力差は更に大きくなる。ここで開戦しなければ日本の勝ち目は無かった。
「なんとか対露開戦を回避出来なかったのかのう」
「無理だったろうな」
秋山は回避できなかったか、と考え込むが鯉之助は自明として受け入れていた。
ロシアは大国で極東への野心を隠さずにいた。
もし海へ進出するとなれば、壁のように立ち塞がる日本が真っ先に狙われる。
何より老いた清を手中に収めれば、大陸はロシア一色となり、対岸の島国の日本は脅威にさらされる。
シベリア鉄道が完成すれば、もはやロシアを止めることは出来ず、年を追うごとにロシアの影響力は大きくなる。
それでも日本ではロシアとの交渉に利益の分割に希望を抱いていた。
シベリア鉄道の開通も、むしろ日本の通商路の一つとして利用しようという考え方もあった。
「なんとかロシアと交渉できなかったのかの」
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秋山の言葉を鯉之助は明確に否定した。
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