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第一部 日露開戦編
祝宴
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「先制奇襲攻撃で戦果を上げた諸君ら海援隊勇士の健闘を祝して乾杯!」
「乾杯!」
艦内の長官公室の中で龍馬の音頭と共に全員が杯を上げて乾杯し、宴が始まった。
旅順で作戦に参加した海援隊の将兵を集められ各艦からも代表者も来ている。
各艦でも、いろは丸から支給された食料品と酒を使って皇海と同じような宴が開かれている。
開戦時の一番難しい時を乗り越えた慰労も兼ねてささやかだが盛大に行われていた。
「ふう、美味い」
杯を飲み干した鯉之助は静かに言う。
どうもこのような席が鯉之助は苦手だ。
本などを読んで過ごすことが多いため、大勢の前に立つのは緊張してしまう。
こんなに大勢の前で萎縮せず、話せる龍馬が本当に父親なのかと思ってしまう。
いや、二一世紀の高校生の記憶がある分、他人のように思えてしまっている。
「兄者!」
その時鯉之助を大声で呼ぶ声があった。
鯉之助の身体の倍はあろうかという恰幅の良い体型。
大きく丸くクリクリとした黒い瞳を爛々と輝かせ、鯉之助を見ていた。
「さすが兄者でございます! あのロシアの太平洋艦隊を皇海だけで撃退するとはさすがでございます。おいは、隆行は感動し申した」
父親から薩摩訛りと共に受け継いだ涙もろさで、顔に涙を流している。
「落ち着け」
仕方ないとばかりに昔からの慣習で鯉之助は従弟の涙を拭いてやった。
「うう、いつも、ありがとうでごわす兄者」
「しかたないな」
大の大人が涙を流すのはみっともないが、愛嬌のある顔であり、あの西郷さん――西郷隆盛と乙女お姉さん――伯母さんなのだがオバさんと言ったら殺される――二人の子供なのだから仕方ないと言える。
「弟分を虐めるなんて恥ずかしくないの?」
「虐めてないよ」
腕組みした明日香に鯉之助は言い返した。
涙もろいところがあるが、あの西郷さんの子息と言うことで薩摩出身者から一目置かれている隆行だ。
でなければ新設の海兵師団の師団長に任命される事はない。
海援隊、陸軍、海兵隊、海軍から寄せ集めて作られた烏合の集団だが、隆行の人徳でなんとか纏まっているようなものだ。
一応可愛い弟として鯉之助が色々と援助しているが使いこなしているのは隆行だ。
虐めるなんてとんでもなかった。
にもかかわらず明日香は容赦が無い。
「一寸、良い船作ったくらいで天狗にならないようにね。あんた少し抜けているから」
「分かっているよ」
「へー、本当に分かっているの?」
「ああ、ガーターベルトが外れた人が言うと説得力があるから」
「何時の話しよ!」
明日香が思いっきり怒った。
「何の話じゃ?」
招待された秋山が尋ねてきた。
「話すなよ鯉之助」
「ああアレは十数年前、鹿鳴館があった頃の話だ」
「話すな!」
明日花の怒鳴り声に鯉之助は黙ったが、龍馬が続けた。
「鹿鳴館は知ってのと通り不平等条約改正のため、日本への心証を良くしようと西洋化を推し進める明治政府の施策で作られたダンスホールじゃ」
「や、止めてください総帥」
明日花は顔を真っ赤にしながら止めるように頼み込むが総帥のため強く言えない。
そのまま龍馬は話を続けた。
「外国人受けを狙って西洋文化の移植の一環で出来た箱物だ。だが一応居留外国人を招待して舞踏会などが行われていた。その時、海援隊や海龍商会の人々も招待されていて明日香もドレスを着て、参加した」
しかし、気合いが入りすぎて空回りして、付けた事の無いガーターベルトを使ってしまった。
「そして、あろうことかダンスの最中、ガーターベルトが落ちてしまった」
下着であるストッキングを止めるための用具であり下着を落としてしまったのと同じで会場の人々から嘲笑を受けた。
「そこへ鯉之助が駆け寄り床に落ちたガーターを拾いズボンの左足に引っかけると会場中に叫んんだんじゃ」
オニソワキ! マルイパンセ!
「会場が鯉之助の声で静まりかえる中、タダ一人鯉之助は「さあ、ジョアン行きましょう」と明日香に言って手を取るとは会場を後にした。会場は沈黙するが意味が分かると、会場は感嘆の声に包まれた」
「どういう意味なのですか?」
秋山は尋ねた。
「イギリスのガーター騎士団の故事じゃ」
オニソワキ マルイパンセ
Honi soit qui mal y pense
――悪意を抱く者に災いあれ
百年戦争時代の英国王エドワード三世が後に息子である黒皇太子妃となるソールズベリー伯爵夫人ジョアンを舞踏会で助けるときに言ったラテン語だった。
その時、エドワード三世は鯉之助のように落ちたガーターを拾って左足に下げ、あえて自分が道化となることで夫人の名誉を保った。
そのことが元で後にガーター騎士団、ガーター勲章発祥の切っ掛けとなったと伝えられている。
伝説上の逸話だが、イギリスでは広く知られている故事であり、鯉之助が行った事は東洋人ながらイギリスの歴史に深い知識があるという証明だった。
これが話題を呼び鯉之助は東洋の若きエドワード三世と呼ばれるようになった。
鹿鳴館は失敗したが、鯉之助の名声と評判が世界に広がるきっかけとなった。
「た、助けて貰ったとは思っていないからね」
「構わないよ」
涼しい顔をして言う鯉之助に対して明日香は顔を真っ赤にして離れていった。
「いやあ、明日香もそんなことがあったんじゃな。しかしさすが予備門に軽々と入った秀才。イギリスの故事にも詳しいとは。予備門に残っていてもやっていけたな」
「無理だ。あそこは天才の集まりだ。俺なんかが叶うわけないだろう。皆、すごい才能の持ち主だ。特に夏目にかなうわけないだろう。秋山への手紙にも書いたがI love youを、月が綺麗ですね、と訳した天才だぞ。俺の語学力では太刀打ちできない」
「そうか? お前が最初に訳したと夏目は言っていたが」
「記憶違いじゃないのか?」
「そうじゃな。お主の頭ではそんな小洒落た言葉など思いつかないじゃろう」
「それはそれで酷いな」
鯉之助と秋山の笑い声が公室に木霊した。
「乾杯!」
艦内の長官公室の中で龍馬の音頭と共に全員が杯を上げて乾杯し、宴が始まった。
旅順で作戦に参加した海援隊の将兵を集められ各艦からも代表者も来ている。
各艦でも、いろは丸から支給された食料品と酒を使って皇海と同じような宴が開かれている。
開戦時の一番難しい時を乗り越えた慰労も兼ねてささやかだが盛大に行われていた。
「ふう、美味い」
杯を飲み干した鯉之助は静かに言う。
どうもこのような席が鯉之助は苦手だ。
本などを読んで過ごすことが多いため、大勢の前に立つのは緊張してしまう。
こんなに大勢の前で萎縮せず、話せる龍馬が本当に父親なのかと思ってしまう。
いや、二一世紀の高校生の記憶がある分、他人のように思えてしまっている。
「兄者!」
その時鯉之助を大声で呼ぶ声があった。
鯉之助の身体の倍はあろうかという恰幅の良い体型。
大きく丸くクリクリとした黒い瞳を爛々と輝かせ、鯉之助を見ていた。
「さすが兄者でございます! あのロシアの太平洋艦隊を皇海だけで撃退するとはさすがでございます。おいは、隆行は感動し申した」
父親から薩摩訛りと共に受け継いだ涙もろさで、顔に涙を流している。
「落ち着け」
仕方ないとばかりに昔からの慣習で鯉之助は従弟の涙を拭いてやった。
「うう、いつも、ありがとうでごわす兄者」
「しかたないな」
大の大人が涙を流すのはみっともないが、愛嬌のある顔であり、あの西郷さん――西郷隆盛と乙女お姉さん――伯母さんなのだがオバさんと言ったら殺される――二人の子供なのだから仕方ないと言える。
「弟分を虐めるなんて恥ずかしくないの?」
「虐めてないよ」
腕組みした明日香に鯉之助は言い返した。
涙もろいところがあるが、あの西郷さんの子息と言うことで薩摩出身者から一目置かれている隆行だ。
でなければ新設の海兵師団の師団長に任命される事はない。
海援隊、陸軍、海兵隊、海軍から寄せ集めて作られた烏合の集団だが、隆行の人徳でなんとか纏まっているようなものだ。
一応可愛い弟として鯉之助が色々と援助しているが使いこなしているのは隆行だ。
虐めるなんてとんでもなかった。
にもかかわらず明日香は容赦が無い。
「一寸、良い船作ったくらいで天狗にならないようにね。あんた少し抜けているから」
「分かっているよ」
「へー、本当に分かっているの?」
「ああ、ガーターベルトが外れた人が言うと説得力があるから」
「何時の話しよ!」
明日香が思いっきり怒った。
「何の話じゃ?」
招待された秋山が尋ねてきた。
「話すなよ鯉之助」
「ああアレは十数年前、鹿鳴館があった頃の話だ」
「話すな!」
明日花の怒鳴り声に鯉之助は黙ったが、龍馬が続けた。
「鹿鳴館は知ってのと通り不平等条約改正のため、日本への心証を良くしようと西洋化を推し進める明治政府の施策で作られたダンスホールじゃ」
「や、止めてください総帥」
明日花は顔を真っ赤にしながら止めるように頼み込むが総帥のため強く言えない。
そのまま龍馬は話を続けた。
「外国人受けを狙って西洋文化の移植の一環で出来た箱物だ。だが一応居留外国人を招待して舞踏会などが行われていた。その時、海援隊や海龍商会の人々も招待されていて明日香もドレスを着て、参加した」
しかし、気合いが入りすぎて空回りして、付けた事の無いガーターベルトを使ってしまった。
「そして、あろうことかダンスの最中、ガーターベルトが落ちてしまった」
下着であるストッキングを止めるための用具であり下着を落としてしまったのと同じで会場の人々から嘲笑を受けた。
「そこへ鯉之助が駆け寄り床に落ちたガーターを拾いズボンの左足に引っかけると会場中に叫んんだんじゃ」
オニソワキ! マルイパンセ!
「会場が鯉之助の声で静まりかえる中、タダ一人鯉之助は「さあ、ジョアン行きましょう」と明日香に言って手を取るとは会場を後にした。会場は沈黙するが意味が分かると、会場は感嘆の声に包まれた」
「どういう意味なのですか?」
秋山は尋ねた。
「イギリスのガーター騎士団の故事じゃ」
オニソワキ マルイパンセ
Honi soit qui mal y pense
――悪意を抱く者に災いあれ
百年戦争時代の英国王エドワード三世が後に息子である黒皇太子妃となるソールズベリー伯爵夫人ジョアンを舞踏会で助けるときに言ったラテン語だった。
その時、エドワード三世は鯉之助のように落ちたガーターを拾って左足に下げ、あえて自分が道化となることで夫人の名誉を保った。
そのことが元で後にガーター騎士団、ガーター勲章発祥の切っ掛けとなったと伝えられている。
伝説上の逸話だが、イギリスでは広く知られている故事であり、鯉之助が行った事は東洋人ながらイギリスの歴史に深い知識があるという証明だった。
これが話題を呼び鯉之助は東洋の若きエドワード三世と呼ばれるようになった。
鹿鳴館は失敗したが、鯉之助の名声と評判が世界に広がるきっかけとなった。
「た、助けて貰ったとは思っていないからね」
「構わないよ」
涼しい顔をして言う鯉之助に対して明日香は顔を真っ赤にして離れていった。
「いやあ、明日香もそんなことがあったんじゃな。しかしさすが予備門に軽々と入った秀才。イギリスの故事にも詳しいとは。予備門に残っていてもやっていけたな」
「無理だ。あそこは天才の集まりだ。俺なんかが叶うわけないだろう。皆、すごい才能の持ち主だ。特に夏目にかなうわけないだろう。秋山への手紙にも書いたがI love youを、月が綺麗ですね、と訳した天才だぞ。俺の語学力では太刀打ちできない」
「そうか? お前が最初に訳したと夏目は言っていたが」
「記憶違いじゃないのか?」
「そうじゃな。お主の頭ではそんな小洒落た言葉など思いつかないじゃろう」
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