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第一部 日露開戦編

仁川の戦い

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「むっ」

 連絡任務で皇海の甲板に立った秋山は、むき出しの鉄の甲板を足で叩いた。

「どうした」

 迎えに来ていた鯉之助は、秋山の行為を見て尋ねた。

「水平甲板にも分厚い鉄板を使っている。まさか装甲板か?」
「ああ、遠距離砲戦だと弾が垂直に落ちてくる。水平甲板を装甲板にして防御するんだ」
「垂直に落ちてくる砲弾なんて有るか」

 当時の開戦は水平に射撃で砲弾は真横から降り注ぐ。そのため船体側面を装甲板で強化して船体を防御する方式が主流だ。

「陸軍の要塞で使われている二八サンチ榴弾砲は上空高く飛ばして甲板を貫く攻撃法だ。例が無いわけじゃない。それに遠距離だと垂直に弾が落ちてくる」
「ちなみに、この艦の想定交戦距離は?」
「一万から二万」
「……馬鹿げていないか?」

 何時も人を小馬鹿にしたような口調の秋山が、素で突っ込んできた。
 だが無理も無かった。
 比較的遠距離で撃ち合った日清戦争の黄海海戦でも五〇〇〇から六〇〇〇。
 一〇年前だがこれでも当時としては遠距離だ。
 明治三七年の日本海軍は、当時の戦訓を元に作戦を練っている。
 もっとも、鯉之助が英国海軍と共同開発した射撃式装置と統一射撃でさらに遠距離から撃てるように変更している。
 だが鯉之助は、それより更に遠距離から攻撃しようというのだ。

「届くのか? 命中するのか」
「主砲は今でも仰角を引き上げれば簡単だ。そのために戦艦の改装案を出して実行したろう。それに命中させるために多数の仕掛けがある。第一、先の旅順口での戦いで、一万五〇〇〇で命中弾を与え、旅順港に砲弾をたたき込んだろう」
「確かにすごかったのう」

 あの光景を実際に三笠の艦橋から見ていた秋山だが、未だに信じられない。
 だが現実であり、心強い限りだ。
 同時に味方である事を感謝した。
 海軍と海援隊は別組織。万が一だが、ぶつかり合うこともあり得る。

「相変わらず凄まじい才能だな。まあ、こんな世界の度肝を抜く戦艦を、お主は建造してしまうからのう」

 司令官公室に入った秋山があきれた。
 皇海は三笠の倍の主砲を持ち、最新の射撃方位盤の威力によって三倍の戦闘力を持つ化け物戦艦だ。
 帝国海軍は勿論世界のどの海軍にもこんなモノを持っている国はない。
 例外は英国のドレッドノートのみ。
 それも一隻だけで、皇海級を二隻そろえた海援隊には敵わない。
 開口一番にそんな事を言われて鯉之助は苦笑した。

「そうか? 作戦の巧妙さでは海軍が優れている。仁川での勝利は連合艦隊の作戦勝ちだろう」

 大韓帝国の首都ソウルに近い港は仁川であり、そこから開戦と同時に陸軍の第一二師団の先遣部隊を上陸させ、制圧する計画を日本は建てた。
 だが仁川は当時中立港のため、列強各国の軍艦が停泊していた。
 その中に、ロシアの巡洋艦ワリヤーグと砲艦コレーツも含まれていた。
 開戦すれば邪魔をしてくるのは間違いない。
 そこで、日本は第四戦隊を中心とした巡洋艦五隻、水雷艇八隻からなる艦隊を第四戦隊司令官瓜生少将に託し、陸軍部隊及び海援隊を中心に編制された海兵師団を乗せた商船三隻とともに仁川に向かわせた。
 圧倒的な戦力差を前にワリヤーグは戦意を喪失し何もしなかった。
 八日から部隊は上陸を開始し、翌日には終えたが、ワリヤーグからの攻撃はなかった。
 しかし、見過ごすことは出来ず、最後通牒を発し九日正午までに降伏か退去を命じた。
 だが退去してもそこには仁川に停泊していた巡洋艦千代田を加えた六隻の巡洋艦が待ち構えており、撃沈を狙っていた。
 退路を断たれたワリヤーグは、一縷の望みを掛けて出撃。集中砲火を浴びて大破し、仁川近辺の浅瀬へ引き返し、キングストン弁を開いて自沈した。

「勝利おめでとう」

 受け取った戦況報告書で仁川の戦いのあらましを知った鯉之助は秋山をねぎらった。

「おう、感謝しろ。じゃが、迅速な上陸を成功させたのは、お主が派遣した海援隊と海兵師団のお陰じゃ」

 海を進み通商路を広げる海援隊は、権益を維持するために陸上戦闘も行っている。
 特にロシアとの紛争の絶えない樺太で鍛えられた事もあり、上陸戦闘は得意だった。
 明治初期の不平士族の反乱鎮圧が素早く終わったのも、船で急行し迅速に上陸して制圧する海援隊の技量あってこそだ。
 以降も台湾出兵、江華島、日清戦争、義和団の乱など日本が関係した事件に助力したのは勿論、太平洋周辺の事件に兵力を提供したことも多い。
 海洋国家である明治日本政府も上陸兵力の育成、廃止論があった海兵隊を存続させたりしたが、質量共に海援隊の方が上だった。
 そのため海援隊から兵力を供給される形で、海兵師団を編成。日露の戦いに投入していた。
 海援隊も貿易拠点であった仁川周辺に人員や物資を配置。
 仁川に上陸した兵力がソウルへ進軍する手助けをしていた。
 軍隊を配置することは出来ないが半ば商社である海援隊は入国が可能で、各地で準備していた。
 迅速にソウルへ到達できたのは海援隊の手はずあってのことだった。

「じゃあお互い様だな」

 鯉之助と秋山は互いに笑い合った。
 組織は違うが、一応互いに軍隊組織であり中将と中佐では三階級も違う。しかし、鯉之助と秋山は友誼の法を優先し、なおかつ話しやすいようにするため、階級は一時忘れた。
 沙織もそのことを心得て鯉之助が持っていた酒とつまみにカニ缶を出してきてささやかな酒宴を開く。

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