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大陸の霧

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「凄い霧ね」

 夜明け直後、飛天のブリッジから下を覗き込み、広がる霧の海を見て昴は感嘆の声を上げる。

「このあたりは南から流れ込む海流と西から流れ込む気流のせいで明け方は霧に包まれます」

 飛天艦長である草鹿中佐が昴に説明する。
 海を渡り湿気を帯びた空気が夜の間に大陸に運ばれ、冷やされて霧になるのだ。

「これだと敵機を見つけるのに苦労するわね」

 二日前、新たに受領した新型戦闘機<疾鷹>を操って西領で帝国軍機を撃墜して上機嫌だのだが、霧を見て昴の調子は落ちてしまった。
 西領では港町に連合軍を追い詰めたことに気を良くした帝国軍は油断していた。
 そこへ昴をはじめとする連合軍航空部隊の中でも精鋭である皇国空軍戦闘機部隊が襲来したのだ。
 新型機である疾鷹を装備し、数も多かったため少数の偵察機しか持たない帝国軍航空部隊は一方的に殲滅させられ、航空戦力は一挙に逆転した。
 現地部隊司令部から感謝と賞賛の電文が入ってきて昴の機嫌は非常に良かった。
 だが、それは過去のこと。
 今朝の霧の濃さを見ると、敵を見つける苦労を思い陰鬱になる。

「いや、すぐに現れるよ」

 ブリッジに現れた忠弥は昴に言う。

「どうしてそう言い切れるの?」
「僕だったら、この霧を逆に利用して奇襲する。多分、このへんでこちらを虎視眈々と狙っているはずだ」
「どうするの?」

 昴は尋ねた。
 その表情はまるで獲物を狙う女豹のようだった。
 昴の期待に応えるように忠弥は笑って言った。

「勿論、お客様に来ていただくんだ。そのためにも此方は出迎えの用意をしないと失礼だ。歓迎の準備をしよう。艦長、部隊の飛行船を防御態勢へ。陣形を崩さないように」
「了解しました」

 すぐに艦長は弱出力の無線電話と発光信号で僚艦に伝えた。
 しかし、その発光を見ていた者がいた。



「飛行船部隊を発見しました!」
「来たか」

 霧の下に隠れて待ち受けていたベルケは、偵察員によってもたらされた好機に狂喜した。
 ベルケ達は昨日の内に沿岸部に飛行船で移動し、発進準備を整えていた。
 周辺には見張り用の気球――お役御免となりつつある砲兵隊の観測気球を譲って貰って装備していた物を展開させ霧の上へ観測気球を上げて見張りを送り索敵させていた。
 このような周到な準備を整えて忠弥の飛行船が来るのを待ち受けていたのだ。

「直ちに全機出撃だ!」

 待機していた十二機の帝国の最新戦闘機アルバトロスが一斉にエンジンを始動させていく。
 前日の内に飛行船カルタゴニアで乗り付け地上に下ろして展開し出撃準備を整えていた。
 臨時の飛行場としての整備も最小限だが終わり、滑走路と上昇するだけの空間は確保済み。
 あとは離陸して霧の上に出て攻撃を仕掛けるだけでよい。

「霧の上に出たら、編隊を組んで攻撃する!」

 ベルケの指示に全員が従った。
 彼らはスロットルを開き、次々と離陸していく。
 霧の中でも迷い無く上昇し突き抜ける。
 晴れ渡った青い空へ昇ると、登ったばかりの太陽を受けて銀色に輝く十数隻の飛行船団をすぐに見つけた。

「よし、あれが我々の獲物だ。各機、準備は良いな!」

 飛行船対策として各機爆弾を搭載していた。
 ロケット弾という新兵器の事は聞いていたが、詳しい情報が入っておらず生産できなかったため、やむを得ず地上攻撃用の爆弾を飛行船に投下することで破壊しようとしていた。
 骨組みに当たるかどうかは運次第だが、上手くいくはずだ。

「上昇し、攻撃開始」

 ベルケは先陣を切って上昇し飛行船上方に遷移しようとした。

「うん?」

 だが、ベルケは飛行船が、おかしな動きをしていることに気が付いた。
 進路を変更したが、真西に向かっている。
 ベルケ達戦闘機の出現に驚いて、退避したにしては、逃げる方向が違う。
 それに煙幕を展張しようとしているのか、大型飛行船の下部から煙がのびているが、線のように細く船体を隠せていない。
 何をしているのか、ベルケはいぶかしんだ。
 そして最大の衝撃がやってきた。
 細い煙を出していた中央部に位置する三隻の大型飛行船の下部の一部が扉のように開き、そこからアームが伸びてきた。
 そのアームの先に付いていたのは、プロペラを回している。飛行機だった。



「敵機襲来!」

 飛行船の格納庫内に艦橋からの戦況報告がスピーカーを通じて流れた。

「来たか。エンジン始動! 発進用意!」

 事前に予想していた忠弥は整備員に命じて皇国空軍の最新戦闘機<疾鷹>のプロペラを回させる。
 同時に折りたたまれていた翼を展張させ、広げさせた。
 史上初の折りたたみ機能付きの戦闘機だった。
 この機能を付けた理由は飛天型飛行船の内部に搭載できるようにするためであり、そのために他にも様々な機能が疾鷹と飛天には備わっている。

「艦橋より航空団へ。艦は現在風上に向かって速力六〇ノットで航行中!」

 発進の条件が整っている事を忠弥は確認した。
 そして疾鷹のエンジンが掛かり、主翼が拡がって固定されると忠弥の機体は後方へ下がり、床が、いや扉が開き、霧海が下に広がる。
 前方では新たな疾鷹が引き出され、翼を展開しエンジンの始動準備を始めている。
 その間に忠弥の機疾鷹、アームによって下方に降ろされ飛行船の船体から離れた場所に持って行かれる。
 飛行船前方から出されている細い煙が、船体後方まで伸びているのを見て、発進に最適な風上に向かっていることを確認。
 機体やエンジンの異常が無いか動かしてみて出力を上げ異常なし。アームの先端に付いたゴンドラに乗る作業員に合図する。

「良いぞ、離せ!」

 防寒着を着た作業員がレバーを引くと、機体とアームを結びつけていたフックのロックが外れ、忠弥の機体は下方へ一瞬降下する。
 だが、飛行船が機体の離陸速度と同じ速力で進んでいたためすぐに揚力を得て上昇する。
 飛行船と、右隣から同じように発進した昴とぶつからないように左に旋回しつつ上昇。
 ベルケの戦闘機隊より上空へ向かう。

「迎撃するぞ!」

 忠弥は自らの疾鷹をベルケ達の上を取るように接近させていった。
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