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航空母艦若宮

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 開戦前から皇国では軍艦に航空機を搭載し運用できないかと研究が進められていた。
 忠弥の助言もあり、最初に水上機を使って実験することを海軍は決めた。
 実験として先の戦争で拿捕した商船を改造した補給艦若宮を改造し、新開発の水上機を運用できないか研究を重ねていた。
 研究は進み、開戦時には一応運用できるようになっていた。
 しかし、航空機運用が始まったばかりの皇国海軍は秘密兵器として若宮を参戦させる事は無かった。
 こうして航空母艦――初めの頃は水上機も航空機の範疇に入るため、このような呼称で呼ばれており、艦上機運用が出来る空母が登場してから水上機母艦という艦種が出来た。
 しかし生まれて間もない兵器の実力も存在も連合軍の上層部は認識していなかった。
 だが忠弥は開発に関わったこともあり若宮の出撃を海軍に依頼し飛行場基地攻撃を行おうとしていた。
 使用するのは、爆弾を搭載可能な地上攻撃機の車輪を外し双フロートを付けた改造型。
 大きなフロートを二つ付けるため、重くなり抵抗が増して速力が落ちる。
 だが、機体中央部の爆弾架をそのまま使用できる。
 爆弾搭載量は少なくなるが、爆撃可能だ。
 若宮はその機体を四機積み込んでいた。

「写真が現像できました!」

 夕方の偵察飛行で撮影された写真が出来上がり、指揮所に運び込まれた。
 すぐに写真を見て確認する。

「大まかな施設の位置は間違っていないな」

 かねてから計画していたこともあり、忠弥は周到な準備をしていた。
 飛行船基地の位置は撃墜した飛行船の内部を調査したとき発見された、燃え残った航空図から判明している。
 基地の内部構成、設備の配置も捕虜にした乗員の証言を元に作成。
 その調査は綿密に行われ、確証が持てるよう何度も検討され基地図面や建物の設計図の作成は勿論、さらには、それを元にジオラマさえ作られ指揮所の中に設置されていた。
 写真と見比べ、相違点が無いか確かめる。
 夕方の偵察は集めた情報の確認のためだった。

「さて、作戦を確認しよう」

 得ていた情報と写真に相違点が無い事を確認した忠弥は作戦参加者達を見て言う。

「僕を含め、サイクス、昴の三人のパイロットと後席要員で出撃。四機あるけど一機は予備として保管しておく。不具合があったら、予備機に移るように。夜明けと共に出撃。サイクスと昴は格納庫を、攻撃してくれ」

 巨大な格納庫は飛行船を収用するために必要で簡単には建設も修理もできない。
 あの巨大な飛行船を収容する容積を内部に柱を作らずに建てるのが難しいからだ。
 雨でも飛行できるが、濡れた飛行船は重く性能が低下するので、出来るだけ濡らしたくない。
 それでも露天に置いておいて濡れたら重くなり代わりに重量物、爆弾を降ろすか捨てる必要が出てくる。格納庫を破壊するだけでも、爆弾が落ちる量が減ってくれる。

「僕はエンジンの整備工場を破壊する」

 エンジンの整備工場を狙うのもエンジンが現在の航空機のウィークポイントだからだ。
 軽量化するために無理をしているため、エンジンは一日おきか、種類によっては一回の飛行ごとにオーバーホール――全部分解して整備する必要がある。
 皇国空軍は忠弥が整備性と耐久性、稼働率に異常にこだわった為に、数日の連続運転が可能だ。
 だが、帝国の航空用エンジンはそこまでの域に達していない。
 一回飛行するか一日経ったら分解整備作業を行う必要がある。
 そのための機材が置いてある整備工場を破壊すれば、帝国の飛行船は出撃不能になるだろう。
 事実上、飛行船基地を使用不能にするのと同じ効果がある。
 本来ならもっと多くの機体を投入し繰り返し攻撃を行いたいが、使用できる水上機母艦が若宮のみなので三機で一回だけの攻撃だ。

「作戦開始は夜明け頃。黎明と共に出撃し、目標確認が容易なように夜明けと共に基地を攻撃。それまで十分に休んでいてくれ」

 船に乗っているため忠弥達は出撃するまで出来る事は無い。艦長の腕を信用し休むしかない。
 計画では、日没寸前まで敵の哨戒圏ギリギリまで近づき、夜間の内に全速力で基地に接近。
 夜明け前に攻撃し、敵に見つかる前に離脱する。
 上手く発進地点に進めるかどうかは、艦の操縦を出来ない忠弥ではなく若宮艦長の腕次第だ。
 腕の良い艦長を海軍に頼んでいたが、信じるしかない。
 艦長達が全力を尽くしてくれれば、明日の早朝には攻撃可能な場所まで接近し出撃できる。
 出撃できれば彼らの努力を無に帰さぬように、忠弥達が攻撃を成功させる以外の道はない。
 忠弥達は翌日の攻撃を成功させるためにも休んでいた。



「時間です」

 夜中、艦橋で若宮艦長が準備を整えた忠弥に伝えた。
 東の空は徐々に明るくなっている。

「出撃準備、エンジンを始動させてください」

 甲板に並べられた水上型地上攻撃機が翼を展開しカタパルトの前に置かれている。
 カタパルトと言っても火薬の爆発力を使ったタイプで連続使用は難しい。
 三機程度を発艦させるのが限界だ。
 そのため攻撃に使うのは三機だけだった。
 水上に浮かべて発艦させることも出来るが、海が荒れていると発艦できない可能性もありカタパルトを選択した

「一番機、サイクス発艦します」

 最初にサイクスが発艦した。
 順番はサイクス、昴、そして忠弥だ。
 甲板で状況を確認したり指示を出すために忠弥が最後に出ることになっている。
 ドンという音共にサイクスの水上機が発艦した。
 十分な加速を与えられた機体はそのまま上空へ飛び立ち、若宮の周りを周回する。
 続いて昴の二番機がセットされ、後に続く。王空でサイクスの後ろに付き旋回を始める。

「よし、準備してくれ」

 忠弥も暖気運転を終えた機体をカタパルトに取り付け発艦させようとした。

「あれは」

 発進直前、忠弥は向かう先の東の空から何かがやってくるのが見えた。
 昴とサイクスの機体ではない。
 忠弥が飛び立ち編隊を組んでから進撃する手はずであり、上空を旋回しているのが見える。

「敵機来襲!」

 忠弥が叫ぶと接近してくる機体が銃撃を浴びせた。
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