上 下
141 / 163

夜間迎撃

しおりを挟む
「帝国飛行船の王都への侵入を確認! 空襲警報発令!」

 ダンスの曲が流れる最中、侍従がパーティー会場に駆け込み叫んだ。
 優雅な管弦楽の音に代わり、耳に突き刺さるような警報音が鳴り響き、朗らかな談笑は悲鳴に変わった。

「落ち着いてください! 直ちに避難してください!」

 儀典長が大声でパニックになる招待客を鎮めようとする。

「カーテンを閉じて! 窓から離れて!」

 そこへ忠弥の声が響き渡った。

「爆弾が近くに落ちたとき、ガラスの破片が飛び散って危険です。すぐに避難して。ここに地下室はありますか」
「あ、はい。備蓄倉庫やワインの倉庫が」
「ではそこへ」
「埃だらけで、お客様を入れるのは」
「死傷者が出るよりマシです。すぐに避難させて!」
「は、はい! すぐに誘導しろ」

 ホールに入っていたゲスト達はすぐに避難していった。

「全員逃げ込んだら、宮殿の灯りを全て消してください。夜間は灯りを目標に攻撃するしかありません。灯りを少しでも減らしてください」
「は、はい。あ、どちらへ?」

 支持を終えると宮殿を飛び出そうとした忠弥に儀典長は尋ねる。

「この近くに飛行場があります。そこから迎撃に出ます」

 それだけ言うと忠弥は駆け出した。
 止めてあった車に乗り込むと、混乱する王都の中で車を走らせ、飛行場へ向かう。
 王都近郊の飛行場には王都防衛飛行隊が設立されており、多数の戦闘機が配備されている。一機くらいは飛べる機体があるはずだ。
 そして飛行場にたどり着くと指揮所に駆け込んだ。

「すぐに飛行機を準備してくれ! 迎撃に出る!」

 忠弥は言った。

「ですが今は夜です」
「計器飛行で飛べる。復座であれば航法も出来る」
「着陸はどうするのですか」
「滑走路の周囲に灯りを付けてくれ。目印になる。いざとなれば、派遣部隊の飛行場に降りる。準備をしてくれ」

 忠弥と同じく、叙勲に出ていたパイロットも車を盗み、もとい調達して駆けつけてきた。

「迎撃に出る! 向かうぞ!」

 王国兵に飛行機を準備させ、飛び乗ると滑走路へ走り出し、スロットを全開にして離陸すると飛行船へ向かう。
 叙勲のために出てきたのだから、迎撃に出なくても文句は言われない。それどころか勝手に王国の飛行機を使用したら国際問題になりかねない。
 だが忠弥は空へ向かった。
 パレードで見た民衆の顔が、街の人々の顔が、こころの中の恐怖が忘れられない。
 忠弥は、義務感から飛行機を闇夜へ飛ばした。

「見つけたぞ!」

 王都の灯りに浮かぶ飛行船を見つけて接近しつつ上昇していく。

「攻撃しないの?」

 後席に乗り込んだ昴が尋ねる。

「攻撃するよ。でも、同高度だと見つかる」
「何で?」

 答えは、すぐに出た。
 一緒に離陸した戦闘機が、同高度で飛行船へ接近していた。
 戦闘機は飛行船と同じように、王都の灯りに浮かび、飛行船に見つかると防御銃火が放たれ追い払われる。

「見つかりやすいんだよ」

 忠弥は上空に行くと、スロットルを絞った後、左後方から接近していく。

「左へ抜ける! 銃を右に向けておいてエンジンを狙って」
「分かった」

 昴は機銃に弾を込めると、銃口を右に向けて待機する。
 忠弥はゆっくりと接近しエンジンに狙いを定めて銃撃した。
 エンジンゴンドラに銃弾が吸い込まれ、火を噴いた。
 慌てて機関兵が消火し、火は一時消えるが、通過するとき昴が機関銃を撃ち込み、再び火災を起こさせる。
 火の付いた部分を目印に、忠弥に続いて戦闘機が攻撃を仕掛ける。
 だが、彼らは意気込みが強すぎた。
 急接近しようと、エンジンスロットルを全開しにしてしまった。
 エンジンは夜空に吠え、プロペラを勢いよく回し、排気口から排気炎を出しながら急接近していった。
 飛行船は排気口から出てくる炎を見つけ、機銃が次々と狙いを定め、防御火力を浴びせる。

「スロットルを絞れ!」

 忠弥が叫ぶが、無線機が無いために伝わらない。
 たちまちの内に銃弾を受けて離脱していった。

「不時着してくれれば良いんだけど」

 夜間だと厳しいなと忠弥は思ったが生還を願う。だがそれも一瞬だった。
 飛行船を落とさなければ。
 忠弥は飛行船の上空へ行き、飛行船の影に隠れて接近する。
 左舷側に出て行き、左舷側のエンジンへ集中攻撃を浴びせていき、使用不能にする。
 推進力の片側を奪うことで真っ直ぐ飛べないようにする。
 航行が困難になれば諦めて引き返すはずだ。
 左舷側エンジンが全滅した飛行船はゆっくりと旋回を始めた。
 そして、爆弾を落として逃げようとする。

「逃がすか!」

 昴は叫ぶとともに機関銃を飛行船に撃ち込む。
 単独で侵入してきたために、比較的簡単に接近できる。
 夜間だけに見つからないようにすれば、接近は容易だ。
 これまでの戦闘で飛行船の防御機銃の位置や防御範囲は皆把握済みで迎撃も手に取るように分かる。
 しかも、爆弾を投下して起きた火災によって飛行船が浮かび上がっており、攻撃は容易だった。
 次々と銃撃を受けた飛行船は気嚢の穴を大きくされて、ガスが抜けて行き、高度を落としていく。
 バラストを放棄していく足りず、装備品まで落とすが、降下を止められず、王都郊外の丘陵へ落ちていった。

「やった」

 落ちる様子を見て昴は喜ぶ。
 巨大な船体が陸の斜面に激突し上空まで伝わる程大きな音が聞こえる。
 やがて火の手が上がり、残った水素ガスに引火して飛行船は炎上し始めた。
 撃墜できたことに昴は喜んだ。
 だが、それも束の間だった。
 王都の方で、光が、爆発の光が見えた。
しおりを挟む

処理中です...