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外伝 ヘルマン・エーペンシュタイン3

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 少年時代のヘルマンは山登りに夢中だった。
 近代登山が始まった頃であり、未踏峰がいくつか残っており、そのうちの一つに初登頂を成功させ、自分の名前を残したほどの腕を持っている。
 ロープ一つで断崖絶壁を上ったこともあり、クライミングの技術も優れている。
 このときヘルマンは、その技術を余すこと無く使った。
 脚の爪先を飛行機の梁に引っかけて、反対側に身を乗り出し上半身を着たいの横に突き出したヘルマンは、機体の真下に向かってカメラを構えて撮影した。

「良いぞ! そのまま続けてくれ!」

 ヘルマンはシャッターを押しながらレールツァーに言う。
 カメラも趣味で山を登る自分の雄姿を撮影するために、晩餐会で美人と共に写真に写るために習っており、曲芸をしながらでもヘルマンはカメラを安定させて撮影していた。
 ヘルマンの技術は素晴らしく砲兵陣地を真上から、まるで地図のように連合軍の重砲の位置を写真に収めることが出来た。

「良いぞ、完璧だ! これで連中の陣地は把握できた! 大戦果だ!」

 喜びの叫びを上げるヘルマンの脇を、砲兵陣地から放たれた機関銃弾がかすめた。
 対空砲も周囲に打ち上がり、二人の飛行機は大きく揺れる。

「このままだと危険だ! 退避するぞ!」
「ああ、下がってくれ」

 撮影を終えるとヘルマンは用事は済んだとばかりに、すぐさま後席に収まり座ってレールツァーに言う。
 退避行動に移り味方の帝国軍陣地へ向かう。

「後ろから何か来るぞ」

 しかし後方から空に二つの黒い点が近づいてきた。

「連合軍の戦闘機だ。俺たちを落としに来たんだ」

 せっかく偵察を成功させたのにここに来ての戦闘機登場でピンチに陥った。
 戦闘機は、後方から迫り銃撃してくる。

「腕は未熟そうだが陣地に入るまでまだ距離がある」
「そのまま真っ直ぐに飛べ!」

 ヘルマンはそう言うと、後席に置かれていた機関銃を取り出した。
 そして機体に取り付けると、照準をつけ、引き金を引いた。
 真後ろから迫っていた戦闘機に銃弾は吸い込まれるように命中し、黒い煙を吐いて落ちていった。
 残った一機は味方が落とされた事で恐怖を感じて逃げ帰っていった。

「よし、敵は追い払ったぞ! 偵察成功の上に一機撃墜。大戦果だ。このまま凱旋だ」
「ああ、凱旋だ、ヘルマン。全く凄い奴だよ、お前は」



 基地に着くとヘルマンは堂々とした態度で指揮所に向かい、偵察成功を報告した。
 しかし、そこへヘルマンを探していた軍司令部の捜査隊と出会ってしまう。

「ヘルマン・フォン・エーペンシュタイン少尉、敵前逃亡の現行犯で逮捕する」
「私は偵察飛行を成功させた英雄だぞ。どうして逮捕されるのだ」
「原隊復帰命令に従わなかったのだから逃亡兵だ。この臆病者め」
「なら貴様! 要塞の上空へ飛んでいってみろ」

 捜査隊の隊長とヘルマンは言い合いになる。

「エーペンシュタイン少尉! ベルケ隊長より命令です。直ちに軍司令部へ赴くようにとの事です」

 それを聞いた隊長は諧謔に満ちた笑みを浮かべた。

「年貢の納め時だなエーペンシュタイン少尉。君を裁くために命令が下ったようだ」
「違います」

 報告した伝令兵が捜査隊の隊長を否定した。

「……違うとはどういうことだ」
「エーペンシュタイン少尉の出頭命令は、報告のためです。要塞の砲兵陣地の位置を軍司令官に報告するため、偵察写真と共に直ちに赴けとの事です」

 それを聞いた捜査隊の隊長は絶句した。



 ヘルマンは命令通り、直ちに軍司令部へ出頭しそのまま司令部の中枢、軍司令官室へ案内される。
 軍司令官は皇太子殿下が務めており、その命令では捜査隊の隊長も手出しできなかった。

「軍司令官の前で報告しようと、貴様が原隊復帰命令を無視している事に変わりは無い。報告が終わったら必ず逮捕してやる」

 と捜査隊の隊長は捨て台詞を吐いて司令部の前で待ち構えていた。
 しかしヘルマンは気にせず、現像されたばかりの偵察写真を持って、軍司令官である皇太子殿下の前に出て行き写真を並べ、偵察報告を行った。
 勇気があり物怖じしない性格のヘルマンは皇太子殿下を前にしても堂々と、滑舌良く報告を行った。

「素晴らしい」

 ヘルマンの過不足のない報告、鮮明な写真で、不明だった敵砲兵陣地の全容が明らかになったことに軍司令官は感動した。

「君の功績は大勝利に匹敵する。君の昇進と叙勲を約束しよう」
「ありがとうございます。その前に一つ頼みがあるのですが」
「何だね。できる限りのことはするぞ」

 偵察報告がもたらされて上機嫌の皇太子は気前よく言った。

「実は転属願いが許可される前に航空隊に来てしまいましたので、逃亡兵の疑いを掛けられています。どうか正式に転属させて貰えませんか?」
「君ほどの勇者が臆病な逃亡兵とは思えない。それにこれほどの戦果を上げる才能を埋もれさせるのは惜しい。軍司令官の名において転属を認めよう」
「ありがとうございます」
「で、勇者の願いはそれだけか?」
「いいえ、現在は偵察員ですが、戦闘機のパイロットに志願したいのですが」
「構わないぞ、最終的にはベルケ隊長の許可が必要だが、君ほどの勇気と技量のある若者ならば、優れた戦闘機パイロットになるだろう。どうかね? ベルケ?」
「まさにうってつけの人材でしょう」

 ベルケは皇太子に同意した。

「彼は偵察員を終えた後正式に戦闘機パイロット養成課程へ進ませます」
「ありがとうございます!」

 こうしてヘルマンは正式に航空隊の一員として認められた。
 その結果を待ち構えていた捜査隊の隊長に、軍司令官のサインの入った正式な転属許可を提示して浮かべた驚愕の顔は見物であった。
 これ以降ヘルマン・フォン・エーペンシュタインは航空隊のパイロットとしての第一歩を踏み出し、その後の歴史の舞台へ躍り出ていく。
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