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プロペラ装甲板

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「さあ、制空権を取るために出撃するぞ」

 ベルケを撃墜してから一週間、相原大尉は機関銃を上翼に搭載した愛機で連日出撃していった。
 上空へ飛び出すと、ハイデルベルク帝国軍の飛行機を撃墜するために周囲を哨戒する。
 そして敵機を見つけると銃撃を加えて、落としていった。
 その後も、連続して偵察機を落として行くやがてハイデルベルク帝国軍の飛行機は飛来しなくなった。
 出撃しても出てくる飛行機は居なくなり相原大尉の機体は空の支配者のような立場になった。
 だが、それは僅かな間だった。
 ベルケを撃墜してから一週間後、一機の牽引型の複葉機が向かって来た。

「ベルケか」

 相原は機体の動きからベルケだと推測した。
 接近して自分を撃墜しようとする。

「望む所だ!」

 相原は直ぐにベルケに向かって愛機を旋回させる。
 互いに旋回して背後を取ろうという動きをしたため、ドッグファイトが行われる。
 しかし、徐々に形勢はベルケの方へ傾いていった。

「むっ」

 ベルケの機体の方が速力が上で身軽なため徐々に相原の背後へ接近してきた。

「だが、銃撃は出来まい。翼の上に銃は無い」

 機体の他の場所にも銃は無く、銃撃は行われないと相原は判断した。
 だが次の瞬間、ベルケの機体から銃撃が、プロペラの回転域から機関銃の発砲炎が生まれた。

「なっ」

 一瞬驚いた相原大尉だったが、直ぐに機体を旋回させて逃げようとする。しかし、驚きのために一瞬遅れた。相原の機体は翼を失い、操縦が困難になった。

「くっ」

 相原は近くの平原に向かって機体を降下させ、不時着させた。
 不時着して無事である事を確認すると上空を旋回するベルケの機体を睨み付けた。



 ベルケが新しい機体を投入して相原が撃墜されたという報は航空部隊に再び驚きをもたらした。
 再び制空権がハイデルベルク帝国に握られたため、状況が不利になるのではと囁かれた。

「何としても制空権を奪回せよ」

 軍司令部からは命令が下ってきたが、忠弥は冷静に言い返した。

「現状では対抗できるだけの機体が有りません。無闇に航空機を出して稼働機を消耗していくのは、得策ではありません。無意味に突撃して大量の死者を出すのはいかがな物かと」

 強固に防御された陣地へ向けて白兵突撃するのは無謀である事は、先日の会戦で知っていた。そのため、航空隊を消耗させるのはどうかという話しとなり、命令は撤回され、制空権確保の為に可能な限り努力せよに変わった。

「しかし、どうして相原大尉の機は撃墜されたのでしょうか。それにプロペラの回転域で銃撃が出来たのが不思議です」
「それは簡単だよ」

 昴の疑問に忠弥は答えた。

「プロペラの根元、機銃の射線と交わる部分に装甲板を付けて機関銃を弾いてプロペラを守っているんだよ」
「……無茶苦茶ですね」
「でも有効な手だよ。お陰で機体性能が上がる」
「何か特別な改造をしているのでしょうか」
「いや、機銃をエンジンの上に持ってきているから、機体のバランスが良いんだ。バケツを持つとき腕を下げて持つのとと腕を伸ばして水平にして持つのとどっちが楽?」
「腕を下げた方です」
「そう。ベルケの機体は機銃がエンジンに近いので腕を下げた状態で楽に操縦できる。相原大尉の期待は上翼の上に付けたために腕を伸ばした状態なんだ。相原大尉の機体はバランスを取るために余計な力を使うから使える推力が低下していて、ベルケの機体に性能で負けたんだ」
「じゃあ、我々もプロペラに装甲板を付ければ何とかなるのですか」
「とりあえずの応急処置だね」
「直ちに整備班に命じて準備させます」
「念の為にお願い」
「念の為という事は、何か対策があるんですか?」
「何時やって来るか分からないけど」

 その時電話が鳴った。
 忠弥はそれを取り、報告を聞くとニヤリと笑った。

「相原大尉を呼んでくれ。あと曲芸飛行に優れた操縦士を集めてくれ。十数人位」
「何をするんですか。新しい中隊を作る。ベルケに対抗するための新型機を装備した精鋭の中隊だ」
「いよいよ反撃ですか。ですが、何故中隊を。完成した機体を与えてもらえれば、私が向かいますが」

 昴は頭は悪いが勘が良い。
 忠弥の教えたことをすぐに忘れるが、何をすれば良いのか身体が知っていた。
 特に飛行中は素晴らしく、飛行機の姿勢や状態を全身で感じるらしく簡単に難しい飛行、曲芸飛行さえこなせる。
 その腕は忠弥に次ぐ位であり、相原大尉さえ操縦の腕では一歩譲っていた。
 そのため少女ながら航空大隊では一目置かれていた。
 忠弥の事実上の連れ合い、婚約者という暗黙の了解は出来ていたが、それ以上に飛行士の技量で認められていた。

「いや、新型機は新しい部隊で使いたい。戦いの歴史を変えるのは機体ではなく、その機体をどう使うかだ」
「忠弥なら簡単に扱えるでしょう」
「うん、僕が上手く扱える自信はあるよ。でも集団として、部隊として使うのはまた別の話だ」
「? 飛行が上手い人を集めて飛べば良いのでは?」
「それだけだとただの喧嘩だ。軍隊として、制空権を握るにはそれだけじゃダメなんだ」
「それは?」

 昴は尋ねようとしたが、突然はいってきた人物に邪魔をされ中断した。
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