新世界の空へ飛べ~take off to the new world~ アルファポリス版

葉山宗次郎

文字の大きさ
上 下
67 / 163

昴の声

しおりを挟む
「何をしているのです!」

 昴は右手に持ったマイクに向かって大声で叫んだ。
 因みに左手は、昴がいる部屋の主の顔を押さえつけ、左足は主の椅子に、右足は机に掛けられている。
 彼女が居るのはパリシイのケクラン塔だ。
 計画推進者のケクランが完成のあかつきには最上階に自分の私室を置く事を頼み込み市当局に認められてゲストハウスや居室として使っていた。
 現在は、反対運動に対抗するため電波塔として有用である事を証明するためにアマチュア無線放送の実験をしていた。
 アンテナは高いところにある方が、遠くへ電波が飛ぶためだ。
 それを聞いた昴が乗り込み、ケクランの無線機を奪い取って大声で叫んでいた。

「行方不明になっている暇はありませんよ」

 ケクランが「君! 失礼ではないのかね! 私はこの塔を設計したのだぞ! 君の国の帝にもこのように賞状を貰っているのだぞ!」と抗議の声を上げているが、昴は一切無視して片手で押さえつけ大声でマイクに向かって叫ぶ。

「貴方方は人類初の大洋横断を成功させるために飛んでいるのです。予想外の事態の一つや二つ握り潰すくらいの勢いで越えてきて下さい」

 思わず昴の左手に力が入り、ケクラン氏は顔面の激痛に悶える。

「因みに逃げ帰るのはなしですよ。突然発生した低気圧により新大陸は全域で前線が発達し着陸不能です。引き返しても下りる事は出来ませんよ。活路があるのは何時も前方です。兎に角、私は待っていますから飛んで来て下さい。沿岸部は霧のため着陸は出来ないとの予報です。到着するならパリシイへ。けど朝から昼まで霧が発生する予報なので夜までに着いて下さい」

 有無を言わせぬ口調で昴は言う。

「待っていますのでどんなことをしてでも私の元へ来て下さい!」

 それだけ言うと昴は満足してマイクを置いた。
 部屋の隅に逃げ込んで見ていたケクラン氏は怯えきっていた。


「……とんでもないですね」
「……全くだ」

 昴の声を聞いた忠弥と相原は最初絶句したが、やがて二人揃って大爆笑した。

「全く、とんでもない人だ。死ぬのを考えるのが馬鹿馬鹿しくなった」
「全くだ。本当に昴は名前の通りに昴だな。夜空に輝く我々を導く星だ」

 死を意識していた二人の思い空気は晴れた。

「お陰で、方角も分かった」

 昴が叫んでくれたお陰で、電波を受信し感度が良い方向、声がよく聞こえる方向へ向かっていった。

「どうもアンテナも氷が付いて受信状況が悪かったようだ。翼の熱で空中線の氷が溶けて聞きやすくなっているようだ」

 そのタイミングで昴の声が聞こえるとは、奇跡だが悪くなかった。

「さてと確認しますか。燃料の残量は?」
「節約していましたが迂回や上昇などで使って予定量より使っています。そうですねこのまま飛んでも明日の午前中でしょうか。翼の氷着を考えると、エンジンを余計に回す必要が出てきますので危ないでしょう」
「じゃあ、パリシイの晩餐会に間に合うように夜に着くようにしましょう」
「ええ」

 朗らかに笑いながら二人は機体を大陸に向かわせる。
 途中通信機からラジオ放送が入って来ている。昴がようやく引き下がったのか通常の番組を放送している。
 因みに先ほどの昴の行為は史上初の放送局乗っ取りとして歴史に名を残すことになる。
 飛んでいると遥か下方に雲海が広がっている。
 自分たちの高度からして地上まで続いているようだ。
 航法に間違いが無ければ現在は旧大陸沿岸上空だ。だが雲のために地上の様子は見えない。地上は霧だという予報だが、事実のようだ。

「やはり無理か。指示通りパリシイに向かいましょう」
「ええ」

 二人は士魂号をパリシイへ向ける。
 だが正面の空が徐々に闇の色を強くする。主翼を支える支柱とプロペラが夕日の残照を照らした後、黄昏を残して水平線の彼方へ太陽が消え去る。
 空の端が赤と黄と青のグラデーションを付けたと思ったら直ぐに暗くなってしまった。
 夜空に星が見え始めるが、地上は濃い霧に覆われて見えない。

「アレを! 十時方向下方」

 その時相原大尉が、左に何かを見つけた。
 すこし機体を傾け、覗き込む。

「地上の光だ」

 建物から漏れる家の明かりだ。一つだけではなく、二つ三つと増えている。
 建物だけでなく、走る自動車のヘッドライトとテールランプが流れるように動く姿も見えてきた。
 その流れは徐々に大きくなり、建物の数も増えてく。
 その先に浮かぶのは、光り輝く幻想的な光の城だ。

「パリシイです!」

 嬉しそうに相原大尉が言う。
 光の中心に高くそびえ立つ塔はケクラン塔だ。
 柱に沿って電飾が施されて一際目立つ。
 やがて士魂号はパリシイ上空に差し掛かり、都市の光で機体が照らされる。

「我が翼はパリシイの灯に浮かぶ」

 思わず忠弥が叫ぶ。本当なら「翼よあれがパリシイの灯だ」と叫ぶところだが先人のパクりを潔しとしなかった。
 自分の達成した冒険を自分の言葉で残したかった。

「さて、問題なのは着陸ですね」

 既に夜となり、地上は暗い。
 夜間だと滑走路を視認するのは無理だ。
 だが、翌朝には霧が発生する予報。燃料は昼間で持つかどうか怪しい。

「とりあえず、着陸地点まで移動しましょう」

 少なくとも、地上からの通信を受けられるし、夜が明けたら直ぐに着陸できるようにしたかった。
 士魂号は着陸予定地点上空に到達するが、予想通り暗いままだった。
 地上の様子が見えなければ着陸は不可能だ。

「あ、あれを」

 その時、相原大尉が地上で多数の光が灯り、一つの方向へ駆けだして行く姿が見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『聖女』の覚醒

いぬい たすく
ファンタジー
その国は聖女の結界に守られ、魔物の脅威とも戦火とも無縁だった。 安寧と繁栄の中で人々はそれを当然のことと思うようになる。 王太子ベルナルドは婚約者である聖女クロエを疎んじ、衆人環視の中で婚約破棄を宣言しようともくろんでいた。 ※序盤は主人公がほぼ不在。複数の人物の視点で物語が進行します。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

私、のんびり暮らしたいんです!

クロウ
ファンタジー
神様の手違いで死んだ少女は、異世界のとある村で転生した。 神様から貰ったスキルで今世はのんびりと過ごすんだ! しかし番を探しに訪れた第2王子に、番認定をされて……。

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~

K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。 次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。 生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。 …決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

処理中です...