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ペアとは

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「副操縦士を辞めたい?」

 新大陸への出発を前にして突然の相原大尉の言葉に忠弥は戸惑った。

「どうしてだよ、いや、どうしてですか」

 危険というのは十分承知の上であるのは、相原大尉も理解しているはずだ。
 信頼できない機体に、不確実な天候。
 何が起きるか色々想定しているが、予測不能な緊急事態が発生して遭難する危険は高い。
 そして救助される確率は低い。
 それは始めに伝えているし、理解し覚悟した上で参加したはずだ。
 それなのに直前になって辞めたいと言ってきている。

「やはり皇国縦断飛行で怖くなったのかい?」

 忠弥は尋ねる。
 話を聞くのと実際に飛行するのとでは大きな違いがある。
 狭い機体に一日以上閉じ込められ、身動きは殆ど出来ない。
 そのくせ一瞬たりとも操縦から気を抜くことは出来ない。
 交代で休憩するとしても身体を伸ばすことは出来ないし、椅子を離れる事も出来ない。
 食事もすべて操縦席で行う。仮眠をとるにしても気流が乱れたりして揺れる機体ではまどろむ程度しか出来ないだろう。
 そのことは縦断飛行前の予行演習を行った時に相原大尉も分かっているはずだ。
 いや、その頃から徐々に元気が無くなってきた。

「僕が原因ですか?」

 忠弥は尋ねた。
 大尉には前のように忠弥を見る目に煌めきがなくなり、恐れに近いものを見るようになってきている。
 英雄ではない唯の少年としか見られなくなったのだろうか。
 十数才も年が上、重大になったばかりの少年の命令を聞かなくてはならないことに我慢できなくなったのだろうか。
 忠弥はそう推察した。
 正解だったようで大尉は少し躊躇ってから答え始めた。

「はい、確かに」

「至らない点があったのは謝ります。責めて何処が悪かったのか教えて貰えませんか」

 大尉は少し躊躇してから答えた。

「貴方が怖いのです」

「怖い?」

「はい」

 忠弥は飛行機に関してはシビアだが、怒鳴ったことなど無い。
 技術者の多くは忠弥の見識の高さに心酔し、アイディアや意見を素直に聞いてくれる。
 そして、無理難題と思えるものでも合理的で挑戦する価値はあると考えている。
 そのため忠弥の元から離れて行った人間はいない。
 そのため相原大尉が辞めたいと言われて忠弥の方が驚き、自分自身を怖がった。何かとんでもない失敗を知らず知らずの内に犯してしまったのではないかと不安になったからだ。

「何が怖いのでしょうか?」

「私が知らないうちに事を進めていくことです」

「……え?」

 忠弥は戸惑いながら尋ねた。

「勝手に進めましたか?」

「ええ、私が仮眠中に針路変更をしていたこともありました」

「悪天候で針路変更をしたんだ。変更後の飛行ルートは伝えたはずだ」

「ええ、ですがその原因を教えて貰えませんでした。そのため飛行コースの変更理由が分からず飛ぶことになり、凄い恐怖に陥りました」

 確かに言われてみると酷い話だった。
 車を二人で運転中に仮眠していたら、予定にないルートの途中で交代してくれと言われたようなものだ。ナビの設定をしてあるから従っていれば大丈夫だ、と言われても分からず進むのは怖い。
 まして、信頼できない飛行機の操縦ならば尚更だ。

「貴方は全てを一人で決めようとします。私は貴方と共に飛行するべく努力をしました。勿論技量が足りないのは、貴方ほど知識が無いのは承知しています。しかし、それでも埋めるための努力はしようとしました。しかし、目的も目標も伝えられず、努力するなど無理です」

 言われたことを疑問も持たずにやれば良い。
 日本の教育は先生に言われたことをやるだけで協調性を教えない。挙げ句は自己責任論で全てを個人に押し付けようとする。
 そのため忠弥も知らず知らずのうちに自分で全てを背負い込もうとした。
 地上にいるときは、考える余裕があるからまだ増しだった。
 だが、一秒たりとも無駄に出来ない飛行中は自分でやった方が早い。
 そのため忠弥は飛行中起きることは全て自分で解決しようとした。
 相原大尉を信じていないのではなく負担を掛けさせないため、全ての責任を背負うために自分で決めて実行した。
 極論すると相原大尉には自分が休憩中の間、操縦を代わってくれる存在であれば良かっただけだ。
 結果的に相原大尉はそれが自分が頼りにされていない、支えることが出来ないと追い込んでしまった。

「忠弥さん。私は確かに貴方の足下にも及ばないかも知れません。貴方の様な判断を下すことは出来ないかも知れません。しかし、自分で理解して飛行を成功させるために全力を尽くします。ですから私を頼って頂きたい。力量不足で信頼されておられないかもしれませんが、どうか私を頼って頂きたい。計画遂行の為に」

「……済みませんでした」

 相原大尉の言葉に忠弥は頭を下げた。

「自分勝手に決めて相原大尉に押し付けていました。これから命を預けるように、頼らせて頂きます」

「飛行機の上では一蓮托生です。私も命を預けます」

 二人は堅く手を握り合った。
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